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The girl  作者: 羽毛羽
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3話 お化け屋敷探検後

 天窓から差し込む月明かりは無念の顔を鮮明に照らしており、まるでその顔だけが宙に浮いているようにも見えた。何も置かれていない空虚な一室にぶら下がる”彼”はどんな気持ちで縄を首にかけたのか。


 天井から吊るされた縄、足元に倒れた真っ黒な椅子は暗闇に溶けていた。


「うへー、ひでえなこりゃ.........」

応援に駆け付けた刑事達はマスクをしているが、それは気休めにしかならなかったようだ。


 ピーターと少女が遺体を見つけてから15分後。少女の姿は既にそこには無く、第一発見者はピーター”という事になっている”。慌ただしく現場検証を重ねる彼らは、その重たい瞼を必死に凝らしていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ふむ......ふむふむ........」

少女は遺体の周りをクルクル回り、遺体の首に掛かっている縄と天井までの距離を指で図るような仕草を見せたかと思えば、遺体の足元に倒れた椅子をまじまじと見つめ、ライトで幾つかの場所を照らすよう、ピーターに指示を出した。


彼女のしている行為の意味は分からなかったが、彼はそれに従うのが懸命だと知っていた。


(明日の朝アジトに来てね)

 幾つかの検証を重ねた後、彼女は遺体を見つめて、顎に手を当て考える素振りを見せると、短い言葉を言い残してすぐに身を消した。

 釈然としない思いを抱えたままこの場に取り残された彼だったが、彼女がこのままこの現場に残るのは色々と都合が悪い事も重々承知していたので、敢えて何も言わずにその背中を見送ったのだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 検証も進み、遺体が崩れないよう慎重に下ろしていく様をピーターがじっと見ていたその時、開けっ放しの唯一の入り口から足音が近づいて来る。彼には振り返らずともその足音の主が誰なのか分かっていた。他にも扉があったならば彼はすぐにでもこの場を離れていただろう。

「.........こんばんわ、キューブリック警部」

振り向いて精一杯の笑顔を作ったつもりだったが、やはり引き攣ってしまったようだ。


「..........発見した時の状況は?」

 ピーターの会釈にそう切り返した彼女の名前は”エラ・キューブリック”。短く切り揃えた茶髪、皺一つ無いコート。綺麗に磨き上げられた靴は埃が一つ付着するだけで目立ちそうだ。そんな彼女の鋭い切れ長の瞳は彼に質問こそしているが、目すら合わせようとしない。


 彼女こそ、ピーターがこの世で最も苦手にしている人物であり、彼の直属の上司である。

「今日は珍しいですね。こんな現場に出て来るなんて」


「そういうのいいから。さっさと状況を報告して」


.......相変わらず嫌われてんな。てかそれなら報告書読めよ。

「このアパートに子供が入って行くのが見えたんですよ。この建物は有名な心霊スポットってやつでしてね。そんで追いかけたら、この部屋に辿り着いて遺体を発見。そのガキは怖くなったのか逃げちまいましたー」


「へえ。”追いかけた”にしては随分とのんびりしてたみたいだね。2階の部屋にあった足跡とか」


「.........この場所は治安が良いとは言えないですから、用心してたんですよ」


「用心してたんだ?」


「ええ、一応刑事ですから」


「一応、じゃ困るな。私達はお金貰って仕事してるんだから」

 先程までは談笑や愚痴を零しながら作業していた刑事達も、無言でテキパキと、それでいてしっかりと耳だけは二人の言い争いに傾けていた。そんな視線と空気をものともせずに彼女は続けていく。しかし、彼女もまたこれ以上の会話を続けたくないようだった。

「ピーター君にはさ、自覚が足りないよね」


「はい......そうですね。アハハ.....気を付けます」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「これが、資料.........これと......これも」


「ありがと! というか......貴方酷い顔をしてるわ。少し休んだら?」


「ああ.......そうさせてもらう」

夜通し報告書の制作に取り掛かっていた彼は、ソファーに座り込むと倒れるように横になった。だが、すぐには寝付けそうにも無い。


 遺体発見の翌日。朝日は遮光カーテンによって遮られていたが漏れ出す光が少し眩しい。一人で暮らすには少し大きすぎる部屋。可愛らしい黄色の壁紙とは反対に、部屋には無数のモニター、そして何に使うかも分からない機器、発明品の数々。そしてそれらを作り上げる機械。ホワイトボードに張り出された紙は設計図だろうか、数字の羅列と展開図が書いてあるが凡人には全く理解出来るものでは無い。

 これらは彼女の”魔法”だ。ここはそのラボである。そこかしこに置かれた数々の作品はついつい手を触れたくもなりそうだが、数週間前に右腕を吹き飛ばしかけて以来、触ろうと思った事は無い。


 作品達に埋もれながら、彼女は鼻歌混じりで報告書を読み上げている。その姿をぼんやりと眺めていると、ピーターはそのまま瞼を重さに預けた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 再び彼が目覚めた時、目の前には大きな瞳が眼鏡越しにこちらを見ていた。

「うおっ.........な、何してんだよ」

 驚いて起きると、彼女は悪戯に笑ってペットボトルを差し出して来た。受け取ろうと手を伸ばすとブランケットがひらりと落ちる。それを拾い上げて時計を見ると時刻はお昼過ぎ。仮眠のつもりが長い事寝てしまったらしい。


「よく眠れたみたいね。おはよう」


「.......ああ。......不思議と」


「さて事件の話をしたいところだけど、まずはお顔を洗った方が良いわね」


「.........そうさせてもらう」


 洗顔を済ませて、淹れたてのコーヒーを一口啜る間に、自分も資料に目を通しておく事にした。一度読んだモノだったが記憶の整理の為だ。

 被害者の身元はあのマンションの所有者ジョン・ビル、31歳男性。独身。IT企業の重役だったが、1月前に退職し、それから消息不明となっていたが昨晩遺体となって発見された。家族とは絶縁状態にあるようで遺体の引き取り手がおらず、死因は自殺と思われるが壁に書かれたモノ以外は遺書なども見つかっていない為、現在自殺、他殺両面で捜査中となっている。


「ピーターはこの事件、どう思う?」

彼女はコーラの瓶にストローを差して飲む。それは何故かと聞くと、机に置いたまま飲めるからと答えた。ならば何故、机に置いたまま飲みたいのかというと、今彼女がやっているように両手が開くので作業を途絶えさせなくて済むからだと言った。行儀悪く見えるので度々注意しているが治る気配はない。


「2階の足跡も本人のモノだったし、玄関と3階の扉にも鍵が掛かっていた。自殺、だと思うが」


「思うが?」


 状況を見れば自殺。しかし、ピーターはあの空間を直に体験している。あの言葉の数々も、それが彼の思考に一抹の疑念を過らせた。

「.......今は何とも言えないな」

遺書は無くとも、彼はあれだけの呪いの言葉を残したのだ。


「じゃあ、私の意見を言うわね」

そんな彼の疑念を振り払わせるように、彼女は立ち上がると自身満々で宣言した。あのマンションで見せたように、いつものように笑顔を浮かべて。


「これは殺人事件よ。ピーター」

 



 


 

 

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