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The girl  作者: 羽毛羽
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2話 お化け屋敷探検

「それで、何か用があって来たんだろ?」

先頭を歩く彼女の背中に語り掛ける。冷たい風が彼女のコートを靡かせ、後に自分の頬に突き刺さった。


 日も落ちた閑静な住宅街。多くのマンションが立ち並んで、窓から見える数多くの明かりに反して通りを歩く人は少ない。通りに面してあった筈の店も売り上げに悩んだのか、それとも単に経営が出来なくなったのか、鉄製の柵に付いた無数の錆が日中も営業していない事を知らせていた。そしてそれは恐らく、先程から歩いている二人を訝し気に睨む若者達も原因の一端を担っているのだろう。


切れかかった街灯の明かりを見上げると、彼女は立ち止まって振り返った。

「そうよ。だから今向かっているところなの」


再び歩き出す彼女の背を追ったピーターが目を細めたのは、街灯の明かりのせいだけでは無い。肩に掛けたホルダーに収納された銃に左手で少し触れる。

「........まーた何か企んでる訳か」


「もしかして貴方を誘拐させた事、まだ怒ってるの?」


「同僚に小馬鹿にされた挙句、上司には大目玉喰らっただけだ。別に怒っちゃいない」


「あら、てっきり私は怒ってるものと思ってたわ。ピーターってとっても優しいのね」

速度を抑えた彼女は小さく微笑むとピーターと並ぶ。二人の影には頭一つ分程の差があった。

「こうして歩いていると私達って親子みたいね」


「.........まだそんな歳じゃない。ぶん殴るぞ」


「じゃあ、兄妹って事にしましょう!」


「なら少しは兄の言う事に従えよな」


「それなら妹の言い分にだって耳を貸すべきよ、ね?」


 高く昇った月を見上げ、視線を下げると遠くの方に見える歓楽街のネオンがやたらと眩しい。それを遮るように咥えた煙草の煙を吐いた。

 

 5、6分程歩いただろうか。未だに住宅街の終わりが見えず同じような景色がずっと続いていた。そろそろ目的地を問おうと口を開きかけた時、少女が一つの建物の前で立ち止まる。表札が剥がされた跡、そして入りきらない程詰め込まれた郵便物が玄関先に散らばっていた。上を見上げると均等に並べられた幾つかの窓にはどれも明かりもカーテンも見えなかった。傍に置かれていた植木鉢には枯れた枝が数本刺さっているだけ。以前誰かが住んでいたが、その住民はどこかへ引っ越してしまったようだ。売りに出している旨の看板が無い所を見ると、所有は続けているらしい。


「不法占拠でも取り締まるつもりか?」


「いいえ違うわ。行きましょ」

彼女はドアノブに触れると、躊躇い無くそれを回し中へと入って行く。


彼女が開けた扉を見ると鍵の部分を固定していた木枠が壊れ、金属部分は歪んで捻じ切れていた。どうやら鍵は掛かっていたらしい。

「...........不法侵入の現行犯は見つけたな」


 ポケットからライトを取り出して辺りを照らす。空中に浮かぶ無数の埃が光によって照らされ、ピーターは少し咳き込んだ。電気のスイッチは見つけたが案の定機能していない。

 玄関を進むと先には長い廊下とすぐ左手前に部屋が一つ見えた。窓から差し込む月明かりで照らされたシンク。恐らくキッチンだろう。右には上に続く階段。


 一歩踏む毎に床の木材が軋む音を立て、建物内に響いた。普通の少女なら腰が引けるものだろうが、目の前の彼女は躊躇なくキッチンへと歩みを進めた。後に続くピーターの首筋に冷たい風が吹く。隙間風だ。古い建物だから。

「なあ、どうしてこの建物に来たんだ?...........ってこりゃあ.....」


 目に付いたのはシンクに残されたままの洗い物。鍋の中には料理だった何かが残されており蠅や蛆が集っていた。幾つかのメモが貼られた冷蔵庫の上には蜘蛛の巣が張り巡っている。

 そんな中でも妙な点が一つあった。

「予想通りね! とても怪しいわ!」


 テーブルの上に置かれた料理だ。こんな環境の中に置かれていたものなので勿論食べる事は出来ないのだろうが、少なくとも腐って変色している様子は無かった。ライトで照らすと色鮮やかな野菜と、肉の油が反射する。

「........まあな」

冷蔵庫を開けると、中には幾つかの食材と調味料が入っていた。腐らないように近くに置かれた保冷材は溶けていたが誰かがこの場所に居た事は確からしい。


少女はシンクの残りモノに鼻を近づけると、手で煽って嗅ぐ。結果は予想通りだ。

「メモには何て書いてあるの?........酷い臭いね。アハハ」


「お前、よくそういう事が出来るな」


 冷蔵庫を閉じ、メモをライトで照らして読んでいく。開ける時も少し目に入ったがどれも夕飯の献立など普通の内容のモノばかりでこの部屋の異常性に合致するようなものは無かった。

「...........ん..........これは」

足元に一つメモが落ちている事に気が付いた。開ける時に落ちたのだろうか、それとも最初から落ちていたのかは分からないが、ピーターはそれを拾い上げ内容を知ると首を傾げる。


「 ”お前のせいだ” どういうことかしら?」

少女が脇から覗いて読み上げた。だが、彼女もピーターと同じように顎に指を当てると首を傾げた。


「痴話喧嘩中のカップルかなんかかもな」


「.......うん。ここにはこれ以上何も無さそうね。上に行きましょう!」


 彼女の提案通り、二人は上の階を目指す為に階段へと向かう。

 窓のあったキッチンとは違い月明りの差さない階段は暗く、ピーターの持つライトのみが足元の頼りだ。だというのに彼女の足取りには迷いが無く、軋む階段を次々と上がって行く。後ろを歩くピーターの方が踏み外しそうになっていた。

「どうしたの? 早く行きましょう!」


「お前な......」


 段差の急な階段を上がって行くと、階段は廊下を経由して上にもう一段続いている。建物の窓の数を思い返すと恐らく次の3階が最上階だろう。

 廊下を照らすと、ネームプレートが掛かったものと、何も無いものとで二つの扉が確認出来る。これ以上探索するのは先程のキッチンの光景を想像すると少し嫌気が差していたが、何か異様な雰囲気がある事も理解していた。


 少女はまず手前の扉を開けて中を確認する。窓があった事に胸を撫で下ろした。そのおかげで廊下にも光が差し込んだのだから。

「あら、何も無いわ。すっからかんね」


 生活感のあったキッチンとは違い、彼女の言う通り部屋の中には何も無かった。所々黒ずんだ白い壁紙が見えるだけ、絨毯も引かれていない木の床は足で擦ると積もった埃が舞う。人の出入りが無かった証拠である。

「ふぅ.......」


 彼の口から零れた溜息は安堵からだった。対して不服そうな表情を浮かべた少女だったが、ピーターに背を向けていたおかげでその顔は見られずに済んだ。

「さ、次の部屋に行きましょ」

その声色は少し沈んでいた事にも、彼は気が付かなかった。


 入った順番とは逆に先頭になったピーターが先に部屋を出ると、再度暗い廊下を照らしながら進む。徐々に慣れて来た目が足取りを軽くさせる。隣部屋のドアノブを回す手も、慣れて来たせいか彼女と同じように躊躇が無くなっていた。

 

 しかし、彼は同じように部屋に踏み込む事は出来なかったのだ。先程とは違い部屋にはベッドや机が置かれ如何にも誰か生活していたような様子のある普通の部屋だ。彼は決して怖がりなタイプでは無い。刑事である彼はこういった廃墟に踏み入る事も経験が無かった訳でも無い。彼の足を止めたのは、”壁にあったもの”だ。

「...........お前のせい、」


「どうしたの? 何か見つけた.............みたいね」


 ”お前のせいだ”と、壁に大きく書かれた文字は月明りを受け、真っ白な壁にその赤黒さは異常に際立っていた。

 少女は放心するピーターの脇を通り抜けると、壁の文字を指で擦り目を近づけた。

「ペンキでは無いわ。間違いなく血液で書かれたものね」

 

「..........そうか」


 少女は部屋を隈なく見渡していく。ある事に気が付いた彼女は未だ放心しているピーターに声を掛けた。

「ピーター。床を照らしてくれない?」


「あ、ああ.............これは......」


 一直線に壁に向かった少女のもの、それとは別に幾つかの埃が踏みしめられた跡が残されていた。それは他にも何者かがこの場所に居た事の証明だった。

「貴方はそこから動いていない、かなり大きいわね。男性かしら」


 他にも違和感は無いかと少女が探していると、彼女は天井を見つめた後小さく声を零してすぐに目を逸らした。

「んー........あ、っと.......」


 ピーターはその様子に眉を顰める。そんな彼に少女は首を横に振った。

「一体なん.......だっ......」


 天井一面にも”それ”は書かれていた。同じように赤く黒く。覆い隠せる程の数の恨みの言葉を目にしたピーターは再び硬直する。しかし、脳裏に過ったある疑問が彼の意識を鮮明にした。


 彼女は何故自分をこの場所へ連れて来たのか。この異常な空間に。ここに来るまでの間彼女は何も告げなかった。知っていたのか、これを。

「どうして、俺をここへ連れて来た?」


「........ピーター。貴方とっても怖い顔をしてるわ」

 

「答えろッ!!!」


 突然の怒声に少女は体を強張らせ、口を噤ませ少しだけ視線を落としたが、またすぐにいつもの彼女に戻る。腰に手を当てて、自信たっぷりに笑って彼女は言った。

「ここはね、この辺じゃ有名な幽霊スポットらしいわ。だから探検したかったの。それだけよ?」


 つい、声を荒げてしまった。何故だろうか自分にも分からなかった。

「..........もういい」


 少女に背を向けると、彼は三階へと向かう。

 一人部屋に残された彼女は壁に残された文字を横目で見る。小さく何か呟くと彼の後を追って行った。


彼は階段を昇りながら先程の事を考えていた。

「.........」

 何故あの時自分は声を荒げてしまったのか。彼女の意図が理解出来なかったからか、それとも単に苛立ったからなのか。それならば何故苛立ったのか。


 少女が少しだけ見せた歳相応の表情。その表情がどうしても頭から離れなかった。

 

 階段の先にはまた扉。しかし、今度は階段を昇ったすぐ先にあった。3階は恐らくこの一部屋だけなのだろう。すぐにでもこの場所から離れたい、そんな焦った気持ちを乗せて彼はノブを回したが、ガチャガチャと音を立てるばかりで開く気配が無い。

「クソッ.......」


「私に任せて」


 追い付いてきた少女は、ピーターの横に立つと手を伸ばす。それを見た彼はノブから手を引いて、自身も一歩下がる。

「.........な、なあ」

謝罪の言葉を口にしようとした時、扉が開いた先に”あったもの”がそれを止めた。それは天井から吊るされ、こう言っているように見えた。


 お前のせいだ、と。






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