表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神代の刻をくぐりて君に誓わん  作者: 如月 一
9/9

エピローグ 紅の秋

《オーケー、これから洞窟に入る》

 ローバー内にガーナードの声が響くのをアナは助手席に座ったまま静かに聞いていた。

《ハンナ、ケンのバイタル信号は掴まえられるか?》

《掴まえられないわ。洞窟にアンテナを入れてもらえる?》

《……了解》

《あ、来た、来た。

えっと?えっ、なんで

ケンのバイタル オール グリーン。

嘘っ。ケンが、ケンは生きてるわよ!》

 ハンナの声にアナはゆっくりと顔をあげる。

《……こちらケン。

やぁ、開通したな。計算より早かった》

 ローバーに響くその声は紛れもなくケンのものだった。




「あの時は本当にびっくりしたわ」

 アナは横を歩くケンに言う。

「ああ、俺も洞窟に閉じ込められた直後は観念した。ガーナードと同じような計算を俺もしたんだ。

そうしたら、どうしたって間に合わない。

こりゃ、死ぬなって思った」

 ケンは笑いながら答えた。そして、前の方を見る。そこには、天井を貫いて垂直に落ちる黒楕円柱があった。

 今、ケンとアナは楕円柱の地下にある大洞窟にいた。あの事故から既に1カ月が過ぎていた。

「そこで賭けに出た。

マッピングドローンの映像に映っていたものが俺の考えていたものなら、と思ったんだな」

「水ね」

「そう、水だ。火星の地下で水が発見された事例は既にあったからね。

その時の映像に壁に氷がついてキラキラ光っていたのを見たことがある。

それからドローンの最後の映像。

楕円柱の根本が水面で隠れているように見えた。だから大洞窟には水があると思ったんだ」

 ケンはしゃがむと足元に広がる地底湖の水を手ですくってみた。

「まさかこんなに大量の水があるとは思わなかったけどな」

「地層調査の結果、この辺の地層は30億年ほど前のものらしいわ。まだ、火星に水が沢山あった時代ね」

「ああ、まさに神代の時代だ。

あの楕円柱はその頃、火星に落下してきた隕石だと推測している。

地面に大穴を開けた後、地表の水が地下に流れ込んで巨大な貯水湖を作った」

「あの螺旋の坑道も水の通り抜けた跡なのかしら?」

「さあ、どうだろう。

その辺は地質調査チームに任せているからそのうち結果が出るだろう。

ま、とにかく水があれば酸素が作れると思ったから俺は大洞窟に向かった。

予測通り水があった時は小躍りしたね。

後はサイドワインダーの燃料電池を使って酸素を作ってしのいだ。ついでに水素は危なかったんで燃料電池のセルに吸着させた。リサイクルも兼ねてね」

「お水様々ね」

「まあね。

もっとも水が無ければ1カ月前の崩落事件も起きなかったんだがね」

 アナは少し不思議そうな顔をする。

「地下の大爆発の原因のこと?

あれ原因が分かったの?」

「ああ。大体分かった。

突き詰めると、あれも水の電気分解なんだ。

あの時、大洞窟には水が電気分解された気体で充満していた。

地下に降りるほど気圧が上がっていったのもそのせいさ」

「水が電気分解された気体って……」

「酸素33%、水素66%の爆鳴気体さ。

知らないと言うのは怖いねぇ。

そんな気体の中にドローンを突っ込ませたら大爆発するに決まっている」

「でも、なんでそんなに大量の水が電気分解されたわけ?」

「ピエゾ効果って知ってるかい?」

「結晶構造の物体に圧力をかけると電圧が発生する現象でしょ。それが?」

「そのピエゾ効果で地底湖の水が電気分解されていたんだ」

「ピエゾ効果を発生させる結晶ってどこに……あるって……まさか?!」

 アナは楕円柱を見上げる。

「そう。そのまさか、さ。

この楕円柱は非常に特殊な構造をした一個の結晶体なんだ。そして、こいつは7時間39分という超長周期で揺れているんだ」

 ケンは自分の人差し指を立て、指の先を左右に揺らして見せた。

「こんな風にね。

そして、ピエゾ効果の電圧変動が謎の電磁波の正体だ」

「待って、待って。

この楕円柱が結晶体で、結晶体が揺れて(ひず)めばピエゾ効果で電圧が発生するのは分かる。

電圧が発生すれば電磁波が出たり、水の電気分解もするでしょう。そこも理解できるわ。

でも、なんで?

なんでこんなに大きな物がケンの指みたいにユラユラ揺れるわけ?

一体、誰が揺らしているの?」

「それが今回の最大の謎だった。

聞いたら驚くぞ。多分、信じない」

 ケンはニヤニヤ笑いながら言う。

「焦らすのは良いから、さっさと教えてよ」

「フォボスだよ」

「フォボス?

フォボスって火星の衛星のフォボスのこと?」

「そう、そのフォボスだ。

丁度、フォボスはこの楕円柱の真上を通過しているんだ。

そのフォボスに引っ張られて楕円柱は振動している」

 ケンは右手の人差し指の上に左手の握り拳を持ってくると、ゆっくりと右から左に動かしていく。握り拳でフォボスを表現しているつもりだ。

「フォボスが西から登った時、楕円柱は丁度西側に最大限傾いている。そこからフォボスの重力に引っ張られて東側に傾いていく。そして、フォボスが東に沈む時は東側に目一杯傾く。

この楕円柱の固有振動がフォボスの周回周期にぴったり合致していたんだ。その為、フォボスみたいな小さな衛星の重力でこの楕円柱は振動をすることになった」

「嘘っ」

「あはは。やはり、信じないな。

取り合えず、俺はこの現象を重力共振現象と命名したよ。

実は、この重力共振現象はこの楕円柱の特殊な結晶構造も関係しているらしい」

「どう言うこと?」

「この楕円柱は重力に特異な振る舞いをすることが分かってきた。

これは宇宙からのとんでもない贈り物(ギフト)かもしれない。

人類は初めて重力を制御するための素材を手に入れかもしれない」

 そこでケンは興奮する気持ちをクールダウンさせるためにふうと息を吐いた。

「今回のことは我々、人類に二つの啓示(サジェション)を示してくれた。

一つは火星の開拓プロジェクトの新しいアプローチの仕方。

つまり、今のこの大洞窟だ」

 ケンは両手を広げて大洞窟全体を示す。

 今、ケンもアナも気密服を着用していなかった。大洞窟には酸素があり、気圧もあった。地球のように普通に呼吸ができるのだ。

「地下に眠る水脈から酸素を取りだす。そして、地表の硝酸塩の鉱床から窒素を分離して混合させて人工的に空気を作る。

地下ならその空気を閉じ込めるのも容易だ。

いずれこの洞窟で植物を育てることができるようになるかもしれない。

さっきの会議で、この地下都市開発プロジェクトが正式に認められたよ」

「本当?」

 アナは満面の笑みを浮かべた。

「そうなると忙しくなるわね。

一緒に頑張りましょう!」

 張り切るアナに対してケンの表情が少し曇った。

「いや、俺は地球に戻る」

 ケンの言葉にアナは一瞬ぎくりとする。そして、少しぎくしゃくした口調で言った。

「そ、そうね。ケンは地球に戻るんだったわね」

 二人の間に気まずい沈黙が訪れた。

 少ししてからケンが沈黙を破る。

「その件なんだが、アナ。もう一度考え直してくれないか?」

 ケンの言葉にアナは苦しそうな顔をした。

「考え直す……

前にも言ったけど私は地球で暮らしたいとは思わない。今回のことであなたの存在の大きさを再認識したけど、だけど、」

「聞いてくれ。

俺は地球に行くが、帰るわけじゃない。

この楕円柱の研究をしに戻るんだ。

この楕円柱の可能性は計り知れない。きっと火星の開拓に役立つ発見があるはずだ。

だが、今の火星の設備では十分な調査ができない。だから一旦、地球にこれを持って帰って調べる。

そして、必ず火星に帰ってくる。だから、アナにもその研究の手助けをしてほしいんだ。

駄目かな?」

 アナは一旦、ケンから視線を外すと大洞窟に目を泳がす。

 最後に目の前の楕円柱をしばらくじっと見つめた。

 ケンは何も言わず、黙ってアナの答えを辛抱強く待っていた。

 アナは微かに息を吐くとケンに向き直る。

「二つのことを約束して。

一つは必ずここに戻ってくること。

そして、もう一つは。

火星の『紅の春』ではない、あなたの故郷(ふるさと)の『紅の秋』を見せて欲しい。

約束できる?」

「ああ、勿論だ。

神代の時に誓って約束する」

 ケンはそう答えるとアナを抱きしめ、そっと口づけをした。

2018/09/23 初稿

2018/09/24 用語集追加

2018/09/25 誤字訂正


[用語集]


《水の電気分解》

ご存じの通り水は水素と酸素の混合物です。

電気により水を酸素と水素に分解するとこができます。

ケンは洞窟内の水から酸素を取りだし生き延びました。


《燃料電池》

水の電気分解の丁度逆の現象で水素と酸素が化合して水になる時、

電気が流れる。この現象を利用した電池を燃料電池と言う。


《爆鳴気》

今回の場合は、水素:酸素=2:1の水素爆鳴気のことを指す。

水が電気分解されるとおのずとこの比率になる。

火花放電などで簡単に爆発する非常に危険な気体。

大洞窟は何億年もかけてこの爆鳴気を溜め込んでいた。


《ピエゾ効果》

圧電効果とも言う。物に圧力を加えると分子構造がゆがみ、

電気分極をして電圧が発生する現象。

電子ライターやガスコンロの着火装置に応用されている

以外と身近な現象



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ