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神代の刻をくぐりて君に誓わん  作者: 如月 一
8/9

8.GAME OVER

 暖かい春の陽射しの街角を私は足早に歩いていた。

 通りを行き交う人々やオープンテラスで談笑するカップルを横目に私は待ち合わせの場所に急ぐ。

 ふと、私の頭の中に疑問が湧く。

 私は誰に会おうとしているのだろう。

 思い出せない。

 なんでこんなに急いでいるのだろう?

 思い出せなかった。

 ただ、急がなくては行けないと言う気持ちだけが強くあった。

 あの先のブロック、あの角を曲がった先に会わなくてはならない人がいる。私を待っている人がいるのだ。

 一刻も早く、早く。

 気だけが焦り、動悸が早くなる。

 角を曲がると強い日差しが私の瞳を射る。

 瞬間、視界が真っ白になる。

 視界が戻ると風景が一変していた。

 優しげな地球の風景は荒れ果てた火星の風景にとって変わる。

 荒涼とした赤い大地には、ゴツゴツした石が転がっているばかりだった。

 急変に私は戸惑う。

 目の前に人がいた。背中を向けているが誰かは直ぐに分かる。

 それでようやく私は目的を思い出す。

「ごめんなさい、ケン。待たせてしまって」

 私はケンに謝る。しかし、ケンはちらりと振り向いただけでなにも言わずに歩き出す。

「待って、ケン。何処へいくの?」

 慌てて踏み出した私は、足元の感触に驚き、下を見る。水面にくるぶしまで沈んでいた。

 いつの間にか川に足を突っ込んでいた。

 去って行くケンを追いかけて、私は川の中を追いかける。

 ぬるぬるした川床に足をとられてなかなか思うように進めない。気ばかり焦るが、ケンとの距離は離れていくばかりだった。

「ケン、待って。遅れてごめん。怒ってるの?

ごめんなさい。私、急いだんだけど、色んなことが上手くいかなくて……」

 ケンは振り向きもせず、どんどん離れていく。

 一歩踏み出すごとに水深は深くなる。とうに膝を越え、既に腰のところまで水に浸かりながらも私は必死にケンを追いかける。

 いつの間にか薄赤色の霧に周囲を包まれ、ケンの後ろ姿は黒い影になっていた。

「待ってよ。行かないで」

 叫ぶ私の腰にコツンと何かが当たる。

 私は見下ろし、ぎょっとなる。いつの間にか川の水は血を流したように真っ赤に染まり、人が浮いていた。

 損傷の激しい肉塊が3つ。

 私はそれらに見覚えがあった。

 押し潰されそうな悲しみと不安の中で連れていかれた地下の死体置き場。そこに安置されていた両親と妹の死体だ。

 余りの変わりようにいくら見ても本人たちと認識できなかった。

 記憶の奥底にしまい込み、封印してはずの記憶。その忌まわしい記憶たちが、今私を取り囲んでいる。

「嫌、嫌、嫌、嫌ぁーーー」

 私は悲鳴をあげる。


 気がつくと、私は簡易ベッドの上だった。

 ゆっくりと辺りを見回す。様子からローバーの中だと見当がつく。

 すぐにハンナがそばにやって来た。

「気がついた?」

 ハンナが優しく声をかけてきた。


「あなたがドローンを岩にぶつけた時、その破片があなたのバイザーに当たったのね。

もう少し当たりが強くて、完全にバイザーを粉砕していたら、あなたは死んでたわ。

とにかくバイザーはひび割れ程度ですんだのは幸運ね。まあ、それでも気密服の気圧も温度も急低下したから、大分危なかったんだけどね。

あなたがローバーに担ぎ込まれた時には心停止してたから」

 大変だったのよ。といいながら高笑いするハンナ。私は、恐縮するしかなかった。

「それでハンナ……」

 私は言いよどむ。

 ローバー内には私とハンナの姿しかなかった。

 目を覚ましてからずっと気になっていながら聞けないことだ。

 正直、聞きたくはなかったが永遠に聞かないわけにはいかない。

「私が意識を失ってからどのくらい経つの?

ケンは救出されたの?」

ハンナの表情は暗くなる。

「それね、アナ。

落ち着いて聞いてね。

まず、あなたは5時間意識を失っていた。

そして、救出はまだ完了していない」

「そんな、だって、そんなことって……

なんでそんなことになってるの」

 私は口を押さえて、呻く。体がブルブルと震える出す。

 ハーネスを固定するために私が飛び出したのが救出開始から6時間経過した頃、それから直ぐに自分が意識を失っていた5時間を足せば11時間。タイムリミットの10時間をオーバーしていた。それなのにまだケンが救出できてないということは、それは……

「嵐はあの後3時間しておさまったわ。

それから直ぐにガーナードたちが作業にかかったんだけど、採掘機が動かなかったのよ。

何とかして動かそうと努力したけど結局動くようになるのに2時間かかったわ」

 ハンナが私の手を取り、言う。 

「ガーナードたちを責めないでね。

彼らもケンを助けるために必死だったのよ」

 私は何も言えなかった。

 言われなくても分ける。彼らは最善を尽くしてくれたのだ。責めるつもりない。誰も悪くはない。

 だからこそ、辛い。誰も悪くなくても、結果は変わらない。

 不覚にも涙があふれでる。

 ハンナが私を抱き締めてきた。

「あなたは頑張った。ケンも分かってくれる。

だから、自分も責めちゃ駄目よ。

もうじきガーナードたちの作業が終るわ。

そしたら、胸をはってケンに会いに行きましょう」

「うわぁぁ、ケン、ケン、ケン」

 私は大声で泣きじゃくった。止めたくても止めれなかった。





 それから1時間後、洞窟が開通したとガーナードから連絡が入った。

 結局、ケンの救出に要した時間は、およそ13時間。ガーナードの予測よりは早かったけれど、間に合うことはなかった。3時間も前にケンの酸素は尽きている。

《オーケー、これから洞窟に入る》

 ローバー内にガーナードの声が響くのを私は静かに聞いていた。力が抜け、なにもする気力も出てこなかった。

2018/09/23 初稿



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