7.DUST DEVIL
「一体いつ止むのよ」
ローバーのフロントガラスにへばりつくようにして外の様子を見ていた私は、溜まりかねて叫ぶ。
外は砂塵嵐が荒れ狂っている。
「落ち着きなさい、アナ。
あなた、10分おきに同じことを叫んでるわよ」
少しうんざりしたようなハンナの声が聞こえてきたが私の怒りを静めることはない。
「10分おきでも5分おきでも構わないわ。
もう、2時間以上足止めされているのよ」
私はハンナに食って掛かった。
八つ当たりなのはわかっている。
しかし、不安なのだ。
不安で不安で感情を抑えることができない。
「嵐のピークはもうすぐだ。それを過ぎれば落ち着く。予測では、後2時間ぐらいだ」
ガーナードはローバーの運転席で様々な計器を見ながら言った。
「後2時間?!
もしも、2時間で止まなかったらどうするの?」
私の言葉にガーナードは振りかえった。
「どうもこうもない。
危険がなくなったと俺が判断するまで作業は中止だ」
にべもないガーナードの言葉を無視するように、私はローバーの外に目を向ける。
目の前にケンを助けることのできる手段がありながらなにもできないもどかしさに、体をギリギリと締め付けられる。
「うん?」
私は目を凝らす。
ローバーの窓の外は赤茶けた靄に包まれているため採掘機の姿は良く見えない。何となく黒い影のように見えるだけだったが、なにかその影が蠢いて見えた。
そんなはずはない、と思いながら良く見るがやはり動いている。
風が吹く度にガタガタと揺れている。
「ねえ、採掘機の様子おかしくない?」
私の言葉にガーナードたちが採掘機の方を見た。
「揺れてるな。固定用のハーネス外れたんじゃないか?」
ガーナードの言葉に、私はヘルメットを取るとエアロックに飛び込む。
「おい、アナ。何をするつもりだ」
ドアを閉めたとたん、インターカムからガーナードの声が聞こえてきた。
「ハーネスを直すのよ。このままだと採掘機が倒れるわ」
「馬鹿なことを。この状況で外に出るつもりか」
「そうよ。さっさと空気を抜いてここを開けて頂戴」
「……
駄目だ。許可できん。戻ってこい」
予想通りの答えに、私は一人頷く。
(ああ、そうですか!)
私は深呼吸をしながら外部ハッチへ歩いていく。
「おい、アナ。戻ってこい。何をするつもりだ!」
ガーナードの焦った声が響き渡る。
「あなたがその気なら、良いわ。
もう頼まない」
私は言い放つとハッチ横の強制開扉レバーを一気に引き下ろした。
ガコンとハッチが開くと同時にエアロックの空気が一気に外に吐き出される。
私は空気と一緒に吐き出されないように懸命にレバーにしがみつく。
すぐに空気の流れがおさまる。
私は外に出た。
カツン、カツンと気密服に風で飛ばされてきた小石が当たる。当たりどころ悪くて気密服が破れたら致命的なことになるのだろうが、今はそんなことにかまってはいられない。
私は右へ左へと風に翻弄されながらもヨタヨタと採掘機の方へと歩いて行った。
採掘機のところまで行くと、案の定、採掘機を固定していたハーネスの一本が外れてた。風に吹かれる度に採掘機はぐらぐらと今にも倒れそうに揺れている。
一刻も早く外れたハーネスを再び地面に固定しなくてはならないのだが、ハーネスは風に煽られ、不規則に暴れまわっていた。
「あうっ!」
ハーネスを掴もうとした私は、ものの見事にハーネスからのアッパーカットをくらい、無様に地面に倒れこんだ。
バイザーの下のところに白い傷がついた。
(危ない。でも割れなくて良かった)
私は立ち上がる。今度こそ掴もうと、不規則に跳ね回るハーネスをじっと見てタイミングを計る。
(今!)
体を投げ出すようにしてハーネスに手を伸ばす。手応えがあった。
ハーネスを握ったとたん、ぐいっと体が持っていかれる。腰を落として踏ん張る。
「う、ううう」
歯を食い縛り、ハーネスを地面に引っ張るが、風の力に何度も引っ張り上げられ、上手くいかない。
額から汗が吹き出し、徐々に力が入らなくなっていた。
一際、激しい風にハーネスが一気に引っ張られた。ズルズルとハーネスが私の手の中で滑る。
私はその動きを止めることができなかった。
(あお、駄目)
ハーネスが私の手からするりと抜けた。
私の手から希望がこぼれ落ちていく。それを止めることができない。世界がスローモーションになる。
次の瞬間。
一つの手がハーネスを掴んだ。
(えっ?)
振り向くとそこにはガーナードがいた。すぐ後ろにはサーシャ。
『全く、無茶をする。後で懲罰ものだぞ』
口調の割にはバイザー越しのガーナードの表情は優しげに微笑んでいた。いや、苦笑かな?
私は鼻の奥がじわりと熱くなるのを止められない。
『ガーナード、サーシャ……』
それ以上なにか言うと涙が出そうだったので止めた。
『話は後だ。さっさとこれを片付けるぞ。
良いか、力を合わせるぞ。
1、2、3! 引っ張れ!』
三人でハーネスを地面に引っ張り下ろす。
ハーネスはじりじりと引っ張り下ろされていく。そして、ついにハーネスの先に付いているアンカーが地面に触れた。
私はアンカーに飛びつくと、素早く地面に打ち込む。圧搾空気の力で瞬間的にアンカーは地面に固定された。
任務完了!
『『『ふぅ』』』
三人がほぼ同時に安堵のため息を漏らした。
『良し。ローバーの戻るぞ』
ローバーに戻ろうとした私たちの目の前にとんでもない光景が飛び込んできた。
地面から垂直に立ち上がった赤い柱。
その柱がクネクネと蠢きながら私たちの方へ近づいて来ていた。
『塵旋風』
サーシャの掠れた声が響いた。
塵旋風とは竜巻のことだ。
時に地球の竜巻よりも強力になることもある。まさに悪魔だ。
『ローバーへ!』
『駄目よ。間に合わない』
塵旋風は物凄い勢いで近づいてしていた。
進路は丁度ローバーと採掘機の間。ローバーに無理に戻ろうとすると逆に塵旋風の中に飛び込むことになりかねなかった。
それはガーナードにもすぐに分かったようだ。
『くっ、仕方ない。採掘機の方へ。
採掘機の影でやり過ごすしかない!』
私たちは採掘機に身を寄せ、飛ばされないようにハーネスをしっかり握る。
塵旋風に耐えられるかは分からないが運を天に任せるしかない。
風が激しさを増し、飛礫が舞い散り、絶え間なく気密服を打った。
僅か数m前を赤い悪魔が通りすぎていく。
ガツン!
頭のすぐ上で物凄い音がして、足元に人の頭ぐらいの石が落下する。塵旋風に巻き上げられた石だ。採掘機にぶつかったのだろう。こんなのに直撃されたら無事ではすまない。
塵旋風が通りすぎるのはほんの数分の出来事だったけれど、私たちには何時間ものが長い時間に感じられた。
『『『ふぅ』』』
悪魔が通りすぎた時に本日2度目のため息のハーモニーが出た。
『良し。ローバーに戻るぞ』
ガーナードがそう言った時、私たちの前に巨大ものが立ちふさがる。
理解が追い付かない。私はゆっくりとそれを見上げた。
高さ5mほどの巨石。
赤い悪魔の置き土産。
塵旋風に巻き上げられていたものが私たちの目の前に落ちてきたのだ。
呆然と立ち尽くす私たちの目の前で巨石はぐらりと傾く。
『やばいぞ。倒れてくる。離れろ』
ガーナードとサーシャが慌てて逃げていくのが視界の片隅に見えた。
しかし、私は逃げない。このままこの巨石が倒れると採掘機が押し潰される。そうなっては全てが終りだ。
(何とかしなくては。でも、どうする?)
巨石がぐらりと傾く。もう一刻の猶予もない。
私は急いで腕のコンソールにドローンのパスコードを入力した。
近くのドローンが起動する。
(アンカー解除! 起動!)
ドローンのローターが回転を始める。砂塵嵐の中でドローンを飛ばすなど正気ではない。だが、やらないわけにはいかない。
コンソールにはローターの過負荷やら姿勢不安定などありとあらゆる警告メッセージが出る。
(動け、動け!)
ドローンがフラフラと浮上するのとバランスを崩した巨石が私の方へ倒れてくるのはほとんど同時だった。私はドローンの出力をマックスにする。
(行け!)
私は倒れてくる巨石にドローンを叩きつけた!
紅蓮の炎が沸き起こり、周囲に轟音が轟く。爆風が私を地面に叩きつける。私は頭に衝撃を感じる。
視界が真っ白に染まった。
2018/09/22 初稿