6.HARD LUCK DAY
私は赤茶けた夕暮れのような火星の空を見つめている。南の空で何かがキラリと太陽の光を反射させた。
採掘機材を搭載した探査ドローンだ。
「来た!」
私は歓喜の声を上げる。
時は3時間ほど前に戻る。
「なんだって?」
驚くガーナードに私はもう一度説明した。
「垂直に掘り下げるのよ。
何も馬鹿正直に洞窟を横に掘り進める必要はないの。
例えばここよ」
私は地下の地図の一点を指差す。
「入り口から75mの地点。ここなら、地表から3m掘り下げれば洞窟に届くわ。3mなら30分で掘れる。しかも、垂直に掘るから崩落の危険も少ない」
「埋まっているのは入り口から50mの地点だから、そこを飛び越して75mのところに新しい穴を掘って元の洞窟に接続させらということか。
なるほど、これなら9時間もあれば洞窟に接続できるな」
頷くガーナードに私は首を横に振る。
「駄目よ。9時間じゃかかりすぎよ。最悪を考えたら、5時間で洞窟と接続しなきゃ駄目」
「5時間!
言いたいことは分かるが、ベースキャンプからここまで来るだけで5時間かかるんだぞ。
そんなことは不可能だ」
「できるわよ。ドローンに運ばせるの」
「ドローン?!
無理だ。採掘機を空輸できるようなドローンはない。空気の濃い地球とは訳が違う。
火星では十分な揚力を得ることができないのは君も知ってるだろう」
「丸ごと運ばなければ良いのよ。分割して複数のドローンに運ばせるの。
運ばれてきたパーツをここで組み立てれば良いのよ」
「いや、それにしてもドローンで運べる重量に分割していったら何十ものパーツに別れるぞ」
「そんなに細かく分ける必要はないわ。
探査ドローンの重量のほとんどは探査機材と燃料電池だから、それを外せば採掘機を運ぶ余力が出るわ」
「簡単に言うな。
探査機材はともかく燃料電池を外したら飛べないだろ」
「全部外すなんて言ってないわよ。
半分、いいえ、燃料電池は1/3もあれば十分よ」
「1/3!
そんな量じゃベースキャンプに戻れない」
「だから戻る必要なんてないの。
ここまで機材を運んでくれさえすれば良いのよ。
帰るための燃料電池なんて後でゆっくりローバーででも運ばせればいいわ。
良い? 計算したの。
分割などのドローン空輸の準備に3時間。
移動に30分。組立に1時間。採掘に30分。
これできっちり5時間よ」
「う、う~ん。確かにうまくいけば5時間で終わるが……」
「うまくいけば、じゃなくてうまくやるのよ。
さあ、これで準備をして!」
そんな風に半ば押しきる形で準備させたドローンが、今ようやく到着したのだ。
私は腕のパネルに暗証番号を打ち込み、接近してくるドローンのコントロール権をベースキャンプから継承する。これで自在にドローンを動かせる。
私は予め選んでおいた採掘ポイントに待機中のサーシャの近くにドローンを次々と下ろしていく。
ドローンは全部で5機。その全てを素早く着地させるとすぐにサーシャの手伝いにまわった。
黙々と採掘機の組立を始めていたサーシャだがふと顔を上げ、じっと空を見上げた。
《どうしたの、サーシャ?》
《雲行きが怪しい。砂塵嵐が来るかもしれない》
砂塵嵐とは砂嵐のことだ。
薄くても大気を持つ火星では地球のように時に嵐が発生する。
星全体が砂漠のような火星では火星全体が砂嵐に包まれることもあった。
《砂塵嵐ですって?
止めてよ。今、そんなのが来たらケンを救助できないじゃない》
《……》
サーシャは何も言わずに作業に戻った。無言の圧力が半端ない。俺のせいではないと背中が語っている。
《そ、そうね。急ぎましょう。嵐が来る前に作業を完了させないとね》
私はいそいそと組立作業を手伝い始めた。
サーシャのいやな予言は的中した。
組立作業に追いすがるように大気の様子が不安定になっていった。
そして、後少しで組立完了という頃には火星の大地特有の赤い微粒子が舞い踊り、採掘機周辺は血飛沫のような不吉な霧に包まれていた。
《アナ、サーシャ。作業中断だ》
ガーナードの声が響く。恐れていた中止命令だ。
《なにいってるの!
後は、このコードを接続すれば作業は完了するのよ》
私は猛然と抗議する。
《採掘機の準備が終わるだけだろ。
この嵐の中で採掘をするつもりか?》
《時間が無いのよ。残り1時間を切ってるのよ》
《……
嵐に飛ばされないように採掘機を固定しろ。
嵐がやむまで作業は中止だ》
《駄目よ。作業を続行して》
《気持ちは分かるがな、駄目だ。
サーシャ、固定作業に入ってくれ。
俺も今からそっちにいく。
アナ、諦めろ。現場の責任書として作業続行の許可は出せない。
ケンも同じ立場ならそう決断する。
信じろ、ケンを。
奴なら予備タンクを確保しているはずだ。
俺たちの持ち時間は10時間だ。
大丈夫。まだ残り5時間あると思え。
ここは辛抱して嵐が止むのを待つんだ。
無理して機材を壊したらそれこそ元も子もないぞ》
《だけど……》
《これ以上、議論をするつもりはない。
命令だ。直ちに固定作業に入れ。
以上だ》
ガーナードは一方的に話を打ち切った。
《もう!》
私は怒りのやり場を失い、足元の地面を蹴った。もわっと舞い上がった微粒子が渦を巻きながら私の横を足早に通りすぎていった。
2018/09/21 初稿