5.LIMITED GAME
私は埋まってしまった洞窟の入口に呆然と立ちすくむ。
《ハンナ。ケンのバイタルはどうなってる?》
《分からないわ》
ガーナードとハンナの会話が耳に入ってくるがどこか遠くの現実離れした声に聞こえる。
《分からないとはどういうことだ?》
《信号が来ないのよ。
洞窟が埋まって電波が届かなくなったのか、それとも……》
《止めて!ケンは生きている。生きてるんだから!
ああ、どうしよう。すぐに助けないと》
私は大声で叫ぶ。全身の震えが止まらなかった。
「すぐに必要な機材を用意して」
私はヘルメットを放り投げると言った。
「ベースキャンプにはさっき状況を伝えたよ。
採掘用機材の準備をしてもらっている。
だが……」
ガーナードの表情は険しかった。何か言いたいことがあるようだ。
「しているけど、何よ?」
警戒心丸出しで私は言う。もしも、私が針ネズミなら、全身の針が逆立っているだろう。
「ケンの救助は非常に困難だ。俺たちも覚悟を決めておく必要がある」
「覚悟?覚悟ってなんのよ!
あなたは何もしてないのにもう諦めてるの?」
前言撤回。もしも私が針ネズミなら今ごろガーナードを針で刺し殺している。
「アナ。落ち着いて聞いてくれ。
俺たちだってケンを助けたい気持ちは同じだ。
ケンは大事な仲間だ。
だからこそ、まず、冷静に状況を分析する必要がある。分かるだろ」
「私は……私は冷静よ」
「そうだな。冷静だ。
そこで、最初にケンの安否について考えよう」
「ケンは無事だと言ってるでしょ!」
私はローバーの床を踏み鳴らし抗議する。
「だから、落ち着いて。
ガーナードの話を聞きなさいって」
ハンナが私をイスに座らせ、コーヒーカップを握らせた。中身はコーヒーではなくカモミールだった。
私は深呼吸するとカモミールを一口飲む。それで初めて喉がカラカラに乾いていたことに気づいた。
「ケンのバイタルは消失している。
だが、単に洞窟が埋まって電波が遮断されただけなのかもしれない。
故に、我々はケンが生きているという前提で行動する。
それでいいな、アナ?」
「いいわ」
「そこで今、考えなくてはならないのは時間だ」
「時間?」
「そう。時間だ。
ケンの気密服の酸素は5時間で切れる。
サイドワインダーに積んでおいた予備タンクが回収できていたとしても10時間しかもたない」
「10時間って」
言葉を失う私に構わずガーナードは話を続ける。
「採掘装備の準備ができるのに2時間。
ベースキャンプからローバーで装備を運んでくるのに5時間。
採掘装備の組立等の準備にさらに1時間。
それらを合計すると採掘開始までに最短で8時間かかる計算だ」
何か絶望的な数字を突きつけられたような感じだった。最悪5時間でケンの酸素が切れるというのに8時間かかってようやく救出活動が始まるとは。
火星で酸素が無くなるということはすなわち死ぬということだ。
「もっと、もっと早くならないの?」
「1、2時間は早めることはできるかもしれない。だが、問題なのは採掘時間だ。これは洞窟の崩落状態に左右される。
サーシャが今、超音波で地下の状況の探査をしてくれている。もうすぐ結果が出る」
それでケンの運命が決まる。
ガーナードの顔がそう言っていた。
5分ほどで地下探査の結果が出た。
それは最悪の結果だった。
「入り口から30mところから50mのところまでが完全に埋もれている。
採掘機の採掘能力は1分で最大10cm程度だ。
つまり、単純計算で20mを掘るのに3時間以上かかる。
実際は、洞窟が崩れないように補強しながら掘る必要があるから、その倍はかかる。
つまり洞窟を開通させるには14時間以上必要だ」
「14時間以上って……そんなこと……
だって、私はケンと約束したのよ」
私の声は自分でも信じられないほど震えていた。
「アナ。気持ちは分かるがこれが真実だよ」
ガーナードの声が私の頭の中でぐるぐると木霊する。
真実?
真実ってなに?
救出に14時間 ケンの酸素はもって10時間
ケンは助からない ケンは助からない
私はケンを助けることができない
そんなことが、そんなことが……
必ず助けるって約束したのよ
大丈夫だって、ケンは笑って
ケンは助からない
私は助けられない
時間、時間、時間、時間、時間
私はまた間に合わない
誰も助けられない
本当に大切な人を
私はいつも助けられない
違う 違う 違う 違う
絶対に諦めない 諦める訳にはいかない!
「いいえ!そんなことはない!」
私は立ち上がると大声で叫ぶ。そして、ガーナード、それからハンナの顔を睨み付けた。
「私は絶対に諦めない。
考えるのよ!何か、何か方法があるはずよ!!」
私はブツブツ言いながら狭いローバーの中を歩き回っていた。はたから見れば頭がおかしい女と見られかねない。実際、私は半分頭がおかしくなっていた。
ガーナードもハンナも食ってかかられるのを恐れてなにも言わなかった。
威勢良く啖呵を切ったものの、私に良いアイディアがあるわけではなかった。
立ち止まり、考えをもう一度整理する。
(爆薬を使う?
いや、いや。逆に洞窟の崩落を助長する可能性もあるわ。
そうなれば、洞窟内のケンをさらに危険に曝すことになる。
……
なら、採掘機を増やすのはどう?
複数でやれば……
ダメだわ。あんな狭いところに何台も並べるなんてできないし、本当に手間がかかるのは洞窟の補強。増やしたことが効率を落とすかもしれない。ああ、なんかいろんなことがダメダメだわ)
考えがまとまらず、私はローバー内を再びぐるぐると歩き回る。
ふと、窓の外の円柱に目が行った。
そびえ立つ円柱はまるで高層ビルのようだった。
私はマッピングドローンの最後の映像を思い出した。大洞窟を貫いた円柱の映像。
私はため息をついて愚痴る。
「あの円柱が本当に高層ビルなら地下まで続くエレベータかあるんでしょうね。
そしたら、それに乗って一気に地下まで降りて……」
頭に稲妻が閃く。
私は急いでサーシャが測定した超音波探査の結果を確認する。
「やっぱり、そうだ。この手があった!」
2018/09/19 初稿
2018/09/25 誤字訂正
2018/10/03 誤字訂正