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神代の刻をくぐりて君に誓わん  作者: 如月 一
4/9

4.激震

 マッピッグドローンは4つの回転翼(ローター)をフル回転させて浮上する。空気が希薄な火星では回転翼(ローター)で浮力を得るのが難しい。そのため重力が小さくても空を飛ぶ行為は地球より遥かに大変な作業なのだ。

 マッピングドローンは赤いレーザを洞窟の壁に照射しながらゆっくりと進んでいく。

 時速4km程度。人が歩くぐらいの速さだ。

《200m経過。

ドローンは丁度、私たちの真下辺りを通過しているわ。

円柱に沿ってきれいな楕円を描いているわね。

こうまで綺麗だと人工的な作為を感じるわ》

《まだ断定するには早い。時に自然は大胆な芸術家(アーチスト)になる、と言う言葉がある》

《それ、誰の言葉?》

《俺のさ》

 微かに生暖かいため息が複数聞こえた気がしたが気にしないでおく。


《なんか、気圧が上がっている?》

 ドローンを飛ばしてほどなく、アナが呟いた。

《うん?ドローンの気圧計に変化はないぞ》

回転翼(ローター)の回転数が低下してるのよ。ほんの僅かだけどね》

 ドローンは高度を一定に保つ自律運転をしている。回転数が下がると言うことは回転数が少なくても浮力を維持できると言うこと、即ち空気が濃くなっていることを意味していた。

《今、どのくらい?》

《入り口から300mといったところかしら》

《様子を見よう。ドローンを進めてくれ》

 と、俺は言った。

 ドローンは進んでいく。

 400m。

 500m。

 俺は内心唸る。ドローンの気圧計は30hPa(ヘクトパスカル)を指していた。火星の地表の平均大気圧は6hPaだから、5倍の気圧だ。

《気圧、上がってるわよね》

《ああ》

 確かに上がっていた。しかも、洞窟を降下するにつれ気圧はさらに上昇を続けた。

 600m 65hPa。

 700m 125hPa。

《すごいな、どんどん上がっていく》

《一周して下の層にいくたびに大体倍になってるわね。どういうことかしら》

《分からん……

洞窟内で何らかのガスが噴出しているのか。

火山活動?

いや、いや。そんな火山性振動は検出されていない。

大気の成分が分かればいいんだが……》

 あいにくマッピングドローンには大気分析の機能はなかった。

《分析ドローンを飛ばしてみる?》

《いや、とりあえずマッピングを完成させよう》

 謎の電磁波に始まり、円柱の奇妙なズレ。さらに上昇する大気圧。

 不可解なことばかりだ。本当にこれは自然現象なのか、それとも何か人以外の力が介在しているのか?

《1000hPa! すごい。地球の大気圧とほぼ同じよ》 

 アナの叫び声が俺を現実に引き戻した。

《ドローンの位置は?》

《入り口から1000m。地下40m。

あら、ちょっと待って。通路が……》

 アナの息をのむ声が聞こえた。マッピングドローンのモニタを見ていたのでアナが何に驚いたのかは、俺にも分かった。

 通路が突然終わりを告げたのだ。

 行き止まりではない。1mちょいだった洞窟の横巾がいきなり20m近くに広がった。天井も同様だ。

奥行きに至っては測定不能。少なくとも30m先までなにもない。

 ドローンは巨大な空洞に到達したのだ。

《アナ。ドローンのカメラを起動してくれ》

 モニタに、ドローンの白色ライトに照らされた巨大な空間が映し出される。

 土色の半球上の空間だった。

 むき出しの岩盤がライトに照らされてきらきらと光っていた。まるで地底のプラネタリウムに迷い混んだようだ。

《何が光を反射しているんだ》

《分からない。何かの鉱石かしら》

《あれは!カメラを正面に!》

 画面に黒い壁が映し出された。

 土のプラネタリウムの天頂を貫き地面に黒いものが突き刺さっていた。

《地上の円柱よね。地表を貫いてこんなところにまで到達してるんだ》

 アナの驚きの声。俺も全く同じ思いだった。そして、妙なことに気づく。

《地面がおかしい。円柱が突き刺さってるところ地面じゃないぞ。まさか、あれは……

ドローンを円柱に近づけてくれ》

 俺の言葉にアナはドローンを円柱に移動させる。

 その瞬間、ブツンと画面がブラックアウトした。

《な、なんだ、どうなった?》

 コントロールパネルには"Connection Lost"の赤い文字が点滅していた。

《分からない。コントロール不能よ》

 アナも途方に暮れたように首を振る。

 不気味な沈黙。次の手を考えていると、パラパラと天井から砂が落ちてきた。

 俺は無意識に天井を見上げる。


 カタカタカタカタ


 足元に微かな揺れを感じた。微かな揺れは次第に大きくなる。


 ガタガタガタ


《地震?》

 思う間もなく立っていられなくなるほど震動が大きくなった。

《ケン、前!》

 アナの声に前を見ると洞窟の奥から真っ赤な砂塵が物凄い勢いで迫ってくるのが見えた。

《伏せろ》

 俺はアナを庇うように覆い被さり地面に伏せる。気密服を通して熱い風が体の上を通りすぎるのを感じる。

《どうした、なにがあった?》

 ヘルメット内にガーナードの緊迫した声が聞こえてきた。

《アナの気密服内温度上昇 38℃。39℃。

アナ 冷却装置を作動させて!

ケン あなたもよ。冷却装置を作動させなさい》

 ハンナの声がヘルメットで響き渡る。

 火星で冷却装置が必要になるとは、と思いつつ俺は冷却装置を入れる。

 気密服過熱の原因は洞窟内を吹き抜けているこの突風だ。80℃近くあるだろう。

 気密服を来ていなかったら大火傷を負っているところだ。

 幸いなことに風と震動はすぐにおさまった。

《アナ、大丈夫か?》

《大丈夫よ》

 俺はアナを助け起こす。

《一体何が起こったんだ。

ケン、アナ無事か?状況を教えてくれ》

 ガーナードが心配そうに聞いてくる。

《分からん。突然の震動と突風が起きた。ドローンとのコンタクトもロストした。

こっちが何かあったか聞きたいぐらい……》

 俺は言葉を切った。

 天井からの砂の落下が収まらない。いや、徐々に酷くなる。

 洞窟が崩れようとしている!

《ヤバイ、洞窟が崩れる。

アナ、走れ。入口に向かって走れ!》

 俺はアナの背中を押して入口に向かって走らせる。それが合図のように洞窟が大きく揺れ、崩れ始めた。


 バラバラ


 ガラガラ


 俺たちの前後の天井から細かな砂や石が落ちてくる。

 俺たちは懸命に入口に向かって走る。

《くっ、危ない!》

 天井が大きく崩れ、巨大な岩がアナの頭に落ちて来るのが見えた。とっさに俺はアナを突き飛ばす。

 間一髪。

 アナは岩の下敷きにならずにすんだ。

《ケン!》

 アナが振り返り、叫ぶ。

 俺とアナの間には落下した岩が立ちはだかっていた。

 岩はほぼ、洞窟の塞いでいる。隙間から僅かに顔を覗かせるのが精一杯だった。

 俺はもう入口に行くことはできない。

《ケン!》

 アナが悲痛な声をあげた。

《行け、早く逃げろ。俺にかまうな》

《でも》

《行け。ガーナードたちと合流しろ》

《待ってて、必ず助けるから。

だから、待ってて》

《ああ、待ってる。だから、逃げろ》

 俺は、アナを安心させるためにニヤリと笑って見せる。天井の岩がもうひとつ落ちてきた。

 俺は洞窟の奥へと逃げ、岩を避ける。

 洞窟はもうもうと砂煙を上げ、完全に塞がった。

 

2018/09/17 初稿


[用語集]

《パスカル》

圧力のSI単位。Paと表記する。

1平方メートル(一辺が1メートルの正方形)の面積に

1Kgの重りをのせた時を1Paと定義している。


《ヘクトパスカル》

hPaと書く。

100Pa=1hPa。

ほぼ、hPaが昔の気圧を表すmbr(ミリバール)に等しいので

気象の世界では使われている。

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