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神代の刻をくぐりて君に誓わん  作者: 如月 一
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2.探索

 ローバーのフロントウィンド一杯に、真っ黒な物体が圧倒的な存在感でそびえ立っていた。

 黒曜石を思わせるその色は赤を基調とする火星において一際異彩を放っている。

「全高103m。

長径43m、短径23mの楕円の円柱。

表面温度は-10℃。外気温度と同じ。特に熱を発しているような部位は見られないわ」

 ローバー内でアナの声が静かに響く。

「見た目は明らかに火星のものには見えないな」

「しかし、人工的なものにも見えない」

 俺の言葉にガーナードが反論する。確かに全体的に円柱形をしてはいるが表面は凸凹して、どこかいびつで、人工物特有のシャープさに欠けていた。

「モノリスかな。

地面の下にもかなりの分が埋まっていそうだ」

「後は直に触って見るしかないかな」

 俺は助手席から立ち上がり、宣言した。

「ガーナードとハンナはローバーに待機。

俺とアナ、それからサーシャで直に調査しよう」


「オーケー、抜いてくれ」

 エアロックが完全に閉められたの確認するとインターカム越しにガーナードに伝える。

 俺の命令に答えるようにしゅーという空気が抜ける音が微かに聞こえてくる。音は暫く続いていたが徐々に小さくなりやがて聞こえなくなった。外気と同じ気圧になった証拠だ。

 外へ繋がるハッチの警告灯が赤から緑に替わる。

 俺は大袈裟に頭を振り、サーシャに合図を送る。気密服を着ていると身振り手振りを大袈裟にしないとなかなか相手に伝わらなくて面倒くさい。

 サーシャもオーバーアクション気味に頷くとハッチを開け、ゆっくりと外へ出る。

 アナがそれに続き、最後は自分だ。

《ケン バイタル オールグリーン》

《アナ バイタル オールグリーン》

《サーシャ バイタル オールグリーン》

 ヘルメット内にハンナの声が響く。気圧が地球の1%に満たない火星では気密服の髪の毛一本程度の綻びでも命取りになる。そのため気密服の状態はローバーでも常に監視しているのだ。

《サーシャ、サイドワインダーの準備を手伝ってくれ》

 俺の言葉にサーシャは頷き、ローバーの後ろに回る。

 後部ハッチを開け、サイドワインダーの格納ラックを降ろす。起動スイッチをいれると直方体のラックの下からシュルシュルと音を立てながら直径50cmの円盤形の物体が吐き出される。

 円盤は一つではない。同じ円盤型の物が次々にラックから出てきた。

 全部で20個。

 その20個の円盤はしばらく、てんでバラバラに動き回っていたが徐々に隊列を整え、合体を始める。そして、最終的には数珠つなぎになり、長さ10mの蛇のような形になった。

 この形が、この(All)地形(Terrain)輸送機(Transport)の名前の由来だ。

 侮ることなかれ。蛇の動きを模したこのATTは砂丘でも沼地(火星にはないが)でもお構い無く移動できる抜群の走破能力を持っているのだ。

 サーシャはハッチから測定用機材や予備バッテリーのパック、酸素タンクを運び出しては、慣れた手つきでサイドワインダーに積み込んでいく。積み込むと言ってもパックを円盤の中心にある窪みにセットするだけで簡単に固定できる。

 機材パックは20kgを越える物もあるのだが火星の重力は地球の38%しかないので、8kg以下にしかならない。ロシア出身、身長190cmの大男のサーシャなら片手で持てる。

 実際、サーシャは両手に測定機材のパックと予備バッテリーを持って軽々と歩いていた。

 俺もコントロールパネルとシートをハッチから運び、サイドワインダーのセットする。

 10分ほどで準備は完了した。

 俺はサイドワインダーの先頭に座り、すぐ後ろにアナ、サイドワインダーの最後尾にサーシャが陣取った。

《では、行こうか》

 俺はサイドワインダーを動かそうとした、その時。

《……ザ……》

《あっ》

 微かな雑音がヘルメット内に響き、続いてアナの微かな驚く声がした。

 振り向くと、アナは西の空に顔を向けていた。西の地平から金色に輝く点がゆっくりと昇ってくるのが見えた。

(フォボスか)

 俺は心のなかで呟いた。

 フォボスは火星を7時間39分で一周する、二つの衛星の一つだ。

 30kmに満たないラグビーボールのようなこの小さな衛星は4時間を少し切る時間で火星の赤い空を西から東に横断して、大急ぎで東の地平に消えていく。そうして、やはり4時間後に再び西の空から姿を現すのだ。

 フォボスは何かとても奇異な存在だった。火星で暮らすようになって5年になるが、まだ慣れない。恐らく、アナも同じく感覚なのだろう。

《アナ。準備はいいか?》

《あ、御免なさい。いつでもどうぞ》

 俺がジョイスティクをゆっくりと前に倒すと、サイドワインダーはゆっくりと体をくねらせながら前に進み始めた。


 俺は円柱に手を添えてみたが気密服越しでは何も分からない。

《これが何か分かるか?》

 すぐ横に立つアナに聞く。

《テクタイトに似てるけど……

こんな大きな物ができるとは考えにくいし。

硬度も8で、かなり硬い。う~ん、なんだろう》

 アナは頭を抱えた。

《サンプルを採ってベースキャンプで分析するか。

サーシャ、ドローンを使って円柱全体の形状をキャプチャーしてくれ》

 サイドワインダーに搭載していたドローンが飛び立ち、円柱をぐるぐると回り始める。

 回りながらドローンは赤いレーザを円柱に照射する。

 コントロールパネルに円柱の3Dデータがmm単位で転送されてくる。

《ケン。私、少しこの辺りを調べるわ》

《ああ、良いけど。余り離れないでくれ。

後、慎重に!》

《りょーかい》

 アナはちょこんと片手で敬礼をするとゆっくりと歩いていく。

 その後ろ姿をしばらく見つめた。

 ずっと見ていたい衝動にもかられたが、俺は首を振り強引に意識をモニタへと戻した。

(うん?)

 俺はモニタの3Dデータに眉をひそめる。

 送られてくるデータに俺は違和感を覚えた。

 ドローンは円柱をぐるぐると回りながらゆっくりと上昇して円柱の形状を測定していた。

 つまり、円柱を中心に円(正しくは楕円)を描いている。だから、一周すると最初の点に戻るはずなのだが、何故かドローンの軌道は閉じることなく僅かにズレた。

 いや、ズレるのは仕方ない。気流の乱れ等で誤差が出るのは仕方がない。

 問題なのは必ずマイナス側にズレる事だった。気流の乱れのようなものが原因ならランダムにプラスやマイナスにズレるはずだ。だが、データは必ずマイナス側に数mmズレている。更にズレ値はドローンが上昇するにつれ大きくなるようだった。

 (まるで円柱が少しずつ傾いていっているようだ。

しかし、本当に傾いていっているなら当の昔に倒れてしまうはずだが……)

 俺は円柱を見上げる。と、

《きゃあ!》

 ヘルメット内に甲高い悲鳴が響いた。

 アナの悲鳴だ。

 俺は、はっとなって周囲を見回した。しかし、アナの姿はどこにもなかった。

《アナ!アナ、どうした?返事をしろ!》

 俺は大声でアナを呼んだ。

2018/09/15 初稿

2018/09/15 用語集にモノリス追加


サーシャは男です。

決して金髪で切れ長瞳の美人ではありません。

念のために。


[用語集]

《モノリス》

一枚岩のこと。

硬い変成岩等が風雨の侵食で地表に現れたもの。

ウルル(エアーズロック)等が有名。

作中ではケン、ガーナードは上記の意味で使っているが、

ハンナは2001年宇宙の旅シリーズ(@アーサー・C・クラーク先生)

に出てくるモノリスを秘かに連想している。


《サイドワインダー》

架空の乗り物。

あらゆる地形で物を輸送するために作られた全地形輸送機

(All Terrain Transport 通称 ATT)。

円盤型(ルンバを想像してもらえば良いです)の物が基本パーツで、基本パーツが複数個ジョイントして構成される。

ジョイントする数で輸送できる量が変わる。

長蛇にして大量の物資を運んでも良し、小さくして小型輸送機を増やしても良しと、状況に応じてフレキシブルに対応できる。

また、蛇の動きを参考にしているので砂丘でも湿地帯でも苦もなく移動可能。

狭く、曲がりくねった場所でも通行できる。


《フォボス》

火星の衛星の一つ。

大きさは28×22×18km。

ラグビーボールのようないびつな形をしている。

火星の地表から6000kmの所を7時間半強で回っている。

火星の一日は、ほぼ24時間なのでフォボスは一日に3回、

火星の空を横断する。

100年に約2mの割合で火星に降下しており、5000万年後には

火星に激突するか、その前に砕け散ると予想されている。


《テクタイト》

隕石が衝突した時の熱で地表の石などが気化蒸発した後、

急冷されてできた鉱物の総称。

色は黒や緑。

硬度は6ぐらい。



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