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神代の刻をくぐりて君に誓わん  作者: 如月 一
1/9

1.接近

遥彼方様主催「紅の秋」企画参加作品です

「ちはやぶる 神代もきかず 

 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは」


 俺の言葉に、アナは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。

「なにそれ?

ああ、HIKU(俳句)って奴?

日本の伝統的詩歌ジャパニーズトラディショナルポエムだったかしら?」

「惜しいな。これは短歌だ。

俳句の元になった詩の一形態だよ。

日本の伝統的詩歌ジャパニーズトラディショナルポエムだが、歴史は俳句より古い」

「あらそう。さすが日本文化。奥が深いわね」

 彼女はお茶目に目をぐるりと回してみせる。

 本名をアナクスファナと言う。

 なんだかエジプトの王妃のような名前だが、実際にお祖父さんはエジプトの方の出らしい。

 褐色の肌に漆黒の瞳、ぷっくりした赤い唇は、見る者にクレオパトラとはこういう感じの女性だったのだろうと思わせる美人だ。

 『世が世なら包帯にくるまってピラミッドに寝かされていた』とは彼女のお気に入りの冗談(ジョーク)だが、なるほど冗談(ジョーク)冗談(ジョーク)にならない説得力があった。

 まあ、包帯にくるまっちまうのはどうかとは、内心思うが……

「えーっと、ところでなんでこんな話になったのかしら?」

「それはだな、火星は今が春だと言うところからだ」

 と、言いながら俺はランドローバーの窓に目を向ける。

 窓の外には赤茶けた大地が広がっていた。

「春だか冬だか知らないが、火星は年がら年中真っ赤で風情がない。

日本では赤は秋の色なんだよ。

昔の日本人はその秋の赤を今のような歌に詠んだんだ、ってところからさ」

「了解、了解。

つまりケンは故郷が恋しいのね」

「どうしてそう言う結論になるんだ」

「恋しくはないの?」

「恋しくない訳ではないが……」

 答えた瞬間、ローバーが大きく跳ね、危うく舌を噛みそうになった。

「生まれ故郷は最接近しても遥か8000万キロの彼方。遠くにありて思うにしてもあまりに遠い。

そして、ここに来て、住んでみて、本当に地球が豊かで優しいことに気づかされた」

「この火星を生まれ故郷とする人もやがて現れるわ」

 アナも窓の外には目をやりながら答えた。

「本当にそんな日が来るのかねぇ」

「来るわよ。そのために私たちが頑張ってるんじゃないの」

 彼女は柔らかく微笑んでみせた。

 火星移住に懐疑的な俺に対してアナは常に希望を持っているようだった。

 元々豊かな自然に囲まれた民族と常に砂漠の地を緑に変えて生きてきた民族のDNAの違いだろうか。それともアナのもって生まれた資質なのか。彼女のなにもかも飲み込みそうな、それでいて希望の光を放つ神秘的な瞳は、火星に降り立って直ぐに絶望した俺に希望をもたらす唯一の存在だった。

「だと良いな」

 俺は曖昧に答えたが、それが不満だったのか彼女の瞳が少し険しくなった。

 その時、絶妙のタイミングで声がかかった。ローバーを運転するガーナードからだ。

「おい、ケン。

そろそろ目的地だぞ」

 アナとの間がこれ以上妙なムードにならないように俺はいそいそと運転席へ移動する。

 助手席に体を滑り込ませるとコンソールのデジタルマップに目を落とす。マップの上方ギリギリにオレンジ色の三角形がある。そこが目的地だ。俺たちのランドローバーはマップの真ん中の青い丸で示されている。距離は10㎞ほどだ。単純計算なら後30分ほどで到着する。

「宇宙人がいるんでしょ?」

 背後からの声に振り返るとハンナが頬を膨らませていた。普段から赤い頬が興奮で更に赤く染まっていた。

 屈託のないハンナの言葉に俺は苦笑するしかなかった。

「宇宙人かどうかは分からんよ。

俺たちのミッションは最近発見された電磁波発生源の調査だ」

「電磁波なんて自然現象で発生しないでしょ!」

「そうでもない。

電磁波を出す自然現象なんてごまんとあるさ。それこそ地盤が壊れるだけで発生する」

「でも、すごく周期的なものなんでしょう?」

 ハンナは不満そうに口を尖らせて言った。

「それについては否定しない。

7時間と39分という超長周期で繰返し発信されている。

これを説明できる自然現象は今のところ思い付かない。

三点測距により場所はすぐに特定できた。

基地からおよそ南に100㎞。

探査ドローンで空撮した結果、高さ100mの黒い円筒形の物体が見つかった」

「ほら、やっぱり!

きっと墜落した葉巻型UFOよ」

 ハンナが大声で叫んだ。

「残念だが、解析の結果、金属ではないのは分かっている。

とは言え、火星の通常の風景とも違っている。

と言うことで現地調査をするために俺たちのチームが編成された」

 ローバーが丘を越えたところで、ガーナードがひゅーと口笛を吹いた。

「皆の衆、目的地が見えたぞ」

 俺は前を向く。

 ガーナードが言う通り、黒光りする物体が姿を現していた。

 それはまるで赤い大地に突き刺さった槍のように見えた。


2018/09/14 初稿

2018/09/15 用語集追加しました

2019/06/1 誤字修正


[用語集]


《火星》

太陽系 第四惑星。

地球の外を回る地球にもっとも近い惑星。

直径は地球の半分。

質量は1/10。

重力は地球を1とすると0.38

(地球では10kgの物が3.8kg程度に感じられる)。

自転周期は24時間37分。

気温は-140~30℃。

気圧 6ヘクトパスカル(地球は1000ヘクトパスカルぐらい)


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