08 ランクUP
病院の外に出て庭を歩くとシャルとイチローが居た。車椅子に座っているシャルを押しながらイチローが日本語を教えている。とにかくイチローは歩き回っているらしい、なんでシャルを車椅子に乗せてまで歩きたいのかしら? 不思議ね。体を鍛えたいのかしらね?
「あれは? あれは? あれは?」
「ベンチだね。左に座っているのがお爺さん、右に座っているのは判別が出来ないけど、お爺さんかお婆さんかうーん。ん? 髪型? 丸坊主というよりも髪の毛が生えない状態だからハゲだね。
でもハゲは言われた人が傷つく可能性があるからハゲって言わない方が良いね。ん? じゃあ何て言えば良いのかって? …何も触れないのが一番良いと思うよ」
日本語以外にも常識も教えてくれているようで助かるわ。イチローと一緒に居る時間が増えてからシャルは凄く機嫌が良くなっている。ああして二人でいるとまるでお父さんと娘のようにも見えるわね。イチローも日本人だしお父さんの面影を感じていたりして。あの子にも父親が必要なのかも、それに結婚したら慰謝料を支払う必要性が無くなるわね、なんてね。
シャルとイチローに合流すると、シャルがしきりにイチローを褒め続けている。いかにイチローが物知りなのか、マシンガンのように言葉が途切れない、小学生と比較したらそりゃー物知りだと思うけど。
「これは木だね。種類はこちらがイチョウで、あのへんが桜で、あれらはメタセコイアだね。ん? あのピンクの花? アカツメクサだね」
イチョウは葉っぱの形で分かるけど、他の木や花を見ただけで私は判別出来ないし知らない種類もあったわ。確かにシャルが褒めるのが分かる気がする。
「イチロー、植物の勉強は大学でしたの? それとも職業柄?」
「いえ、大学には行ってないですし、職業は情報システム系なので」
「え? 大学に行ってないのにドイツ語を喋れるの? どこでドイツ語を覚えたの?」
イチローの表情に若干の変化が見えた、そんな変な質問だったのかしら。
「あっその、独学です…」
独学でそこまで喋れるもんなの? ドイツで暮らした事がありますとか言われても納得しちゃうくらいなんですけど。
「凄いわね、でも覚えたきっかけって何なのかしら? そんなに上手になるまでドイツ語を覚えたかった理由は何だったの?」
実は好きな人がドイツ人でその人のために覚えたんです、とかだったりして。でもそれが理由ならちょっと妬けちゃうなー。しかし、そんなに答えたくない質問だったのかしら、意を決したような顔つきをして私を真正面から見つめる、あらやだそんなに真剣に見られたら恥ずかしいわ。ん? 恥ずかしい?
「不快に思うかも知れませんので、まず謝ります。ごめんなさい。あの、第二次世界大戦のドイツ軍の兵器が大好きで、戦争の理由とか結果をどうのこうの言うつもりは無くてですね。純粋に銃や戦車や戦闘機、それに有名なパイロットに憧れていまして…」
なるほど、第二次世界大戦の話をされることを気にするドイツ人も居るからね。過去の克服はドイツとしての取り組みだし、シャルにも理解させるべき内容でもある、ただシャルが健康に長く生きられるならなんだけど…。
「なるほどドイツ語を覚えた理由は分かったけど、植物はどうやって覚えたの? 見分けるコツとかあるのかしら?」
「コツはですね……植物は木の下を見て下さい、小さな板がさしてあるでしょ、そこに種類が書いてありますから、それを読んで下さい。あとお借りしているこれでWIKIを参照してます」
シャルの暇つぶしに持たせていたタブレットを軽く振っている。
「ちょっと! ぷっ、はははイチローは本当に面白いわね」
「ははは」
「でも治りが早くて良かったわ。後遺症も無いんですよね? 一時はどうなる事かと」
「あっはい」
「私知ってるんだからね。イチローのこと。なんで回復が早いのかって」
「え?」
シャルの発言にイチローが動揺している、イチローはポーカーとか駄目そうね。しかし何を知っているのかしら。
「イチローの怪我の治りが早いのは、ランクアップしたからよ」
イチローのオタオタ度がマシマシになっている。これ動画撮っていたら面白かったのに。でもランクアップって何かしら。
「イチローはミイラからゾンビにランクアップしたのよ。だから包帯が要らなくなったのよ」
「ふうー。ははは、ミイラよりゾンビの方が上位なんですね」
イチロー大きな安堵の溜め息をついたけど、何か隠し事でもあるのかしら?
「日本語の勉強も良いけどお話も聞かせてね。今度はゾンビが出るようなやつ」
「いや、日本昔話にゾンビが出るものは無かったと思うよ。なので悪役が出そうな話を探しておくよ」
それにしても最低でも一カ月以上かかると言われてた骨折が一週間で治るとか回復力が凄いわね。お医者様も不思議がってたし…でも早く回復してくれて良かったわ後遺症も無さそうだし。でもそんなイチローの奇跡的な回復力がシャルにもあれば良かったのに。
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危なかったわー、上手くごまかせたかな? 嘘をつくのは本意では無いんですけど。
「実は一度死んで神様に会って異世界で勇者になるように持ち掛けられたので承諾して、生き返った時に言語理解R2スキルを覚えていたので、どんな国の言葉でも分かるんですよ。
鑑定スキルを使うと知っている情報は暗記しなくても表示されるから、一度理解すれば次からWIKIを参照するより早いっす」
とか言ったら、絶対頭がおかしい人と思われるし、それが周りの人に知られたら、もう、もーーう、恥ずかしくて病院に居られなくなっちゃう。
骨折も三日で治ったけど、流石に変な目で見られちゃいそうだから一週間後に治ったことにしたけど、三週間位掛けた方が良かったかも知れないな。
「イチロー、あんまりお母さんとばかり喋ってたら秘密をしゃべっちゃうからね」
耳元でシャルがささやいてきた。しかし、シャルは私がスキルを持っている事を知らない筈、よくよく考えたら慌てる事なんてなかった、と思う。となると知っている秘密は……。
そうそう、一時帰宅しても良いとの事なので、明日一度家に帰ろうと思う。もしかしたら電車での移動中にLVが上がる事が確認できれば、新しいスキルを覚えるのに躊躇い無く選択できると思う、たぶん。楽しみだわー。
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久しぶりに家に入る、賃貸だけどやっぱり自分の家は落ち着くわー。PCの電源を入れ、薄い漫画本を棚に戻す、これでシャルが知っていると思われる秘密は病室には無くなったので一安心だ。
はあ、でも結局清子さんに見られちゃったな、まあ着替えとか取りに行って貰ったからね。それと残念ながら移動中にLVが上がる事は無かった。
部屋をパッと見まわしてから冷蔵庫を開ける。腐りそうなものは全て無くなっていた、清子さんが片付けてくれたのだろう本当に助かるわ、ストロングゼロ(コーラ)を取り出し蓋をあけながらPCの前に座る。
ふと視線の端に何かが映った気がした。慌てて周囲を見渡す、まっまさか、慌てて席を立ち、距離を取る。緊張で寒気を感じる、やばいやばいやばいやばい、手元に武器は? 有る訳が無い。少しずつ後退りしながら、洗面所に移動し収納棚を開ける。
殺虫スプレーを手に取り戻ると既に奴は居なくなっていた。チクショウ! Gが居る部屋など落ち着いて過ごす事は出来ない、あいつらは人類の敵だ!
しかし、私にはとっておきの手が残っている。そう、バ〇サンだ。利用しても問題ない事は賃貸契約するときに確認してある。火災報知機にカバーを掛け、PCのモニターやTVにもカバーを掛ける。
そして必要最低限の荷物を持ち、念のために玄関の戸には殺虫作業中ですよという事が分かるように張り紙をする。煙は外には出ないけど火事と間違われても嫌だからね。
とりあえず駅に向かうか、これからどうしようかな。家で過ごそうと思っていたんだけど、三時間は待ちたいから買い物でもするか。テテテッテッテテー、何か変な音が聞こえた気がした、まるでLVUPした時のような音が。
慌てて周囲を見回すが近くに人が居ないのでスマホゲームの音でもなさそうだ。もしかして、鑑定をするとLVが上がっていた。うぉおおーきたこれ、思わずガッツボーズをしてしまう。遠くに居る人から好奇の視線を感じたので、そそくさと移動する。
どうしようLVが上がっちゃったよ、うほほ。駅前の安い喫茶店でコーヒーを注文し、ステータスを落ち着いて眺める。
すみませんランクアップは詐欺です。読者の期待を裏切るのが好きなのです。でもLVはアップしました。大体タイトル見たら話しの内容分かっちゃうのが好きじゃ無いんですよね。タイトルってネタバレだからね。
バ〇サン(バル〇ン)の説明、ウィキペディアから部分的に抜粋
ゴキブリなどの害虫を退治する医薬品の燻蒸・燻煙式殺虫剤としては、『アースレ〇ド』と並んで一般的な商品であり、燻蒸・燻煙式殺虫剤を使うことを「バ〇サンする」と形容するほど定着している。
煙で虫を殺す殺虫剤みたいなものです。