06 経験値
部屋に入ると鈴木さんはまだ寝ていた。ご飯なので起こさないと……ん? ノートが床に落ちているわ。テーブルの上にご飯を置き、落ちていたノートを拾う。色々と書いてあるページが開いていたので自然と目に入ってしまった。
攻撃系:剣、弓、槍、鈍器……数多くの武器の種類が並び、魔法や、生産、耐性というカテゴライズもある、ラッキースケベには✖が付いてるわね、でも何かしらこれ? ゲームの情報? まさか中二病って事は無いわよね三十代後半なのだし。とりあえずそっとベットの上にノートを置いてから起こす。
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夕ご飯を食べて、一息ついていると、食器を下げに中村さんが入って来た。ちょっと昼寝しちゃったから、今日の夜は暇そうだな。そんな事が感じ取れたのか中村さんから声が掛かった。
「棚から本でも取り出しましょうか? どれにしますか?」
流石、良く分かるもんだな。はい、お願いします。
「えーと、義妹が狸寝入りしていたのでイタズラしたら本気になっちゃった。新米サキュバスを指導してたらHスキルが上がってたンゴ。脅迫したら……」
「スットーーップ!! 止めて! もう勘弁してください!!」
何でそんな本が置いてあるんだよ! というかタイトル一冊目でもうどんな本か分かるよね、というかそれ漫画だから表紙絵見ただけでいかがわしいって分かるじゃん。なんでそんなに恥ずかしそうにしながらタイトル読み上げるの?
恥ずかしかったら読まなければいいのに、怖いわー中村さん怖いわー、油断できない。もう病院居られないです早く退院させてください。
ふう、酷い目にあった。女性に恥ずかしい事を言わせるとかどんなプレイだっつうの、まったく、これはこれでありだったけれども。さて、しきり直すか、清子さんにノートとペンを買って来てもらったので、分かったスキルを書き留めてある。
ただ見られたら凄く恥ずかしいから、本当はスマホか何かに記録して人から見られないようにしたいところなんだけど、事故でぶっ壊れちゃって今手元にありません、退院したら買いに行こうっと。それまでは誰にも見られないようにしないとな。
今分かっているスキルは五十五個だ。当初決めた閾値を超えたけど、いざスキルを覚えるとなるとためらってしまう。経験値を稼ぐ手段も分からないのに、外れスキルだったらポイントが無駄になるのが怖い。
ちくしょう、なんでモンスターが居ないんだよ! まったく、あーあー、歩いているだけで経験値が入ったらいいのに、某ゲームのアイテムを思い出して愚痴が出る。移動距離に応じて経験値取得スキルとか欲しいよなー。
「6ポイントを消費し、移動距離に応じて経験値取得スキルを習得しますか? “はい”、“いいえ”」
「あんのかよ!」
思わず驚きのツッコミがさく裂した。周りに人が居なくて良かった。しかしこれはラッキーだぞ、敵を倒さなくても経験値が取得出来るなら普段の生活の中でLVアップ出来るかも知れない。
でもまてよ、今は体中ギブスで凄く歩き難いし、そもそも歩行の許可は貰っていない。体は治っているんだからまずは許可を貰って、あるいは車椅子でも良いから……良いのか? 自分の足で歩いた分しか経験値が入らないかも、乗り物無効とか、馬車は良いけど電車は駄目とか制限があったら、うむむ。
でも今はこれしかLVを上げる方法が思いつかないんだから取得するしかない。あとは効果を確認して、良い感じになるように工夫しよう。
「移動距離に応じて経験値取得スキルを習得しました。特別スキル枠に該当します。パッシブスキルなので常時発動します」
おお、特別スキル枠らしい。何それ? 言語理解と同じ扱いらしいけど他のパッシブスキルとの区別がよくわかんない。とりあえず分からない事は気にしても仕方ないから、後で一生懸命考えよう。
翌日歩行の許可を貰った。最初は治ったことを信じて貰えなかったけど、どうにか説得してレントゲンを撮って、骨が正常である事は証明出来た。でも内臓のダメージは抜けて無いかも知れないという事で、まだ退院には至らない。
今までは病室だけだったけど、歩けるって素晴らしい。ふんふん、ふんふん、……飽きた。歩いているだけだと正直つまらない。ハイキングでもしていれば楽しいかも知れないけど、病院の廊下歩いたってつまらない。庭だって別に大したことないし全然楽しくない。
でも経験値の為なので、ご飯や薬の時を除いて歩きまくる。階段を登っているとシャルが走って降りて来た、おや泣いているのか? そのまま下に向かって走っていってしまった。気を取られているとドンという強い衝撃が加わって、階段から下に倒れそうになる。
体を起こしたくてもぶつかって来た人の体重が私に寄りかかっており、どうやっても復帰できそうもない、オワタ。つい、ぶつかって来た人を抱きしめてしまい、そのまま階段を転げ落ちる。生きているのが不思議なくらいヤバい落ち方をしたけど、なんとか生きている様だ。
幸いにもぶつかって来た人は私が守るように抱きかかえたので、大したダメージが無かったようです。私は生きてさえいれば回復出来るみたいだし、相手に怪我が無くて良かったな。
よく見ると綺麗な外人のお姉さんだな。胸もなかなかのボリューム、抱きしめている間柔らかい感触を感じたんだけどあのお胸さんだったのね、役得役得。
「イタタタ、ごめんなさい。大丈夫ですかお怪我はありませんか?」
お姉さんが痛がりながらも、こちらを気にしてくれている。
「はい、全然大丈夫ですよ」
と立ち上がろうとして、体制が崩れて立てない。あー右足に関節が一つ増えている感じがする、大丈夫という意味を込めて振った右手も関節が増えている感じ。こわっ、本当に痛み耐性スキルがあって良かったわー。
「きゃあーー全然大丈夫じゃないーーー。ナースさん!!」
で、さっきのお姉さんがシャルのお母さんのエマさんでした。私は右手と右足にギブス再装着となりました、経験値稼ぎが……しくしく。
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「本当に申し訳ございませんでした」
イチローさんは、気にしないで良いよとの事ですが、それをそのまま信じて良いのでしょうか? さっき転げ落ちる際、私をかばうような体勢で落ちたから、より大きな怪我をしてしまったのでしょうし。
でも普通あんな状況なら自分の身を優先するのに、見ず知らずの私をかばうように…。咄嗟の事だからシャルの言う通り普段から優しい人なのかも知れないわね。
「治療費の方は別途お支払いさせていただきます」
「治療費ですか……」
イチローさんは、なんかまずい事でもあったのか、変な顔つきをし始めた。
「あの、非常に、あの何て言っていいか分からないんですけど」
治療費だけじゃ納得できないわよね、やっぱり慰謝料も請求するわよね、私でもそうするかも。入院したら仕事に影響が出るし、入院費位なら支払えるけど、保険なども入っているから大丈夫だと思うけど、慰謝料となると金額がどこまで請求されるか分からないわね。
「実は先日トラックに跳ねられて、死にそうになって、というか一旦ちょっと死んじゃったんですけど何とか生き返ったんですが」
「はぁ」
何が言いたいのかしら? そんなに大変な目にあったばかりなのに、折角治りかけたのに再度こんな目にあったんだから金で済むと思うのか、とでも言うのかしら? そういえば先ほどから視線がチラチラと私の胸に行っているみたいだし、もしかして体で支払えとか……。
「今治療費は、怪我をさせた相手の会社が支払ってくれているのですけれども、今回怪我をした個所と前回怪我をした個所、どっちがどっちで、というその線引きというのかが難しくなるのでは、なんて」
はい? どういう事?
「最終的には治療費をどちらが払ってもらえれば私としては全然有難いのですが、その治療費の支払いの割合について、エマさんと会社で線引きの調整とか面倒な手間をかけてしまうのではと」
「はぁ、あの、その慰謝料というかご迷惑代みたいな話では無くて?」
「いや、そのお金って結構大事じゃないですか。その、あれだから、上手く言えないんですけど余計な負荷を掛けてしまって申し訳ないなと」
なるほど、物凄いお人好しですね。これならシャルと一緒に居て貰っても全然問題無いかも。