2-25 シャルロッテ3
2019年3月7日、公開分、三話目。
2-23 バズった から公開しています。
一年生の時は普通だった。体育の授業も遠足も運動会だって参加した。二年生になってそれは起こった。突然胸が苦しく痛くなった。病院に行ったけど原因は分からなかった。しばらくしてまた苦しくなった、これは発作と言うらしい。
運動すると発作になった。だから体育には出れなくなった。遠足にも行けなくなった。運動会は見学だった。発作が出る間隔が短くなった。運動しなくても出るようになった、そして学校に居れなくなった。
病院は退屈だった。何も出来ず、テレビは何を言っているか分からない。日本語が話せないから日本人と話すのも怖かった。
退屈を紛らわせるのは本だけだった。簡単な本は直ぐに読み飽きた。難しい本は読むのが面倒で読む気にならなかった。大好きだった本も読んでもつまらなくなった。私は何で一人なんだろう? 病室の白さ、いや灰色さが私の世界を灰色に染めて行く様に思えた。
「元気でねロッテ」「シャルロッテまたくるわ」「きっと良くなるよ、そしたら一緒に学校行こう。じゃあねロッテ」「えー勉強なんてつまらないだけだよー、一日中何にもしないなんて良いなロッテは」「またね」「元気になったら、また遊ぼうねロッテ」
友達がお見舞いに来てくれた、ともて嬉しかった。友達が来てくれる日は楽しかったけど、居なくなると寂しくなった。段々と来てくれる友達が減って来た。そして…誰も来なくなった、私は一人になった。
また退屈になった。誰とも関わりがない、私は何のためにここに居るんだろうか? 私は居るのだろうか? 居ても居なくても変わらないのでは? 他の物や人に代わりがきく存在なんだろうか? だから私は他の人から忘れられるのか? 私は誰なんだろう?
神様は居ないと思った。私はそんなに悪い子だったのだろうか? ママの言いつけを守らなかったから? わがまま言ったから? 好き嫌いしてニンジンを食べなかったから? だったら直すから、また学校に行きたい。友達と遊びたい。かけっこをしたり遠足に行きたい。どんなに祈っても治らなかった。そんな中、お父さんが死んだ。神様は居ないと確信した。
退屈の代わりに悲しさがやって来た。これなら退屈の方が良かった。どうしてこんなに酷い事ばかりおきるのだろうか? もう全てが嫌になった。
季節が変わった、そして悲しさが収まって来た。自分は冷たい人間だと思った。だから病気なのかも知れない。悲しさは薄れて退屈が戻って来た。しばらくは何も考えず、まるで死んでいるようだった。
ママから退屈を紛らわす道具を貰った。タブレットだった。タブレットでインターネットを見たり、オンラインゲームをした。ドイツのオンラインゲームをしてドイツ語で話すのが楽しかった。でも同世代の子供は居なかった。時差があったから。だから大人の人と遊んだ。子供だと分かると相手にしてもらえないと思って言えなかった。
ドイツ語で会話をするんだけど国語の勉強が足りなくて、単語が分からなかったり、文法が分からなかった。私は文字を打つ速度も遅いし、あるとき上手く出来なくて他の人をイライラさせて怒らせてしまった。それからオンラインゲームをしなくなった。
それからは一人用のゲームで遊んだ。仲間と一緒に悪い奴を倒しながら世界を冒険するゲームだ。楽しかった。自分も世界中を旅したり、世界を救ってみたかった。でもそんな事は出来なかった。体が悪かったから。
世界中は歩けないけど病院なら歩ける。病院の中を歩いた。勇気を出してゲームのように会う人、会う人、全てに挨拶をした、簡単な挨拶くらいなら私にも出来た。そしたら色々な人が挨拶を返してくれるようになった。良く挨拶するおばさん達が私の名前を聞いて来た。
「私はシャルロッテよ」
「シャルローテちゃんかしら?」「シャルロットちゃん、こんにちは」「シャルちゃん今日も可愛いね」「その呼び方良いわねシャルちゃん。私もシャルちゃんと呼びましょ」
私が私として認められているような、私がここに居ると思えた。私は誰でもいい存在ではなく、唯一の存在になりたい、オリジナルで居たい、他のどんなものでも私の代わりにならないような存在で居たい。私はシャルだ。
ある日、病室からゴンゴンと音がするので覗いてみたら全身包帯だらけのミイラがいた。ミイラにも挨拶をしたらミイラは言葉が通じた。会話が出来て楽しかった。ミイラが名前を尋ねて来たから答えた。
「シャルロッテよ。シャルと呼んで」
「へえー美味しそうな? 名前だね」
ミイラは私を美味しそうだと言った。多分ミイラは人を襲うのが仕事だから、きっとミイラなりの誉め言葉だと思った。最初は少し怖かった。でも食べられても良いと思った。食べられたミイラになるのだろうか? そしたら元気に外を歩けるんじゃないか? でもそんな事にはならなかった。ミイラはイチローだった。
イチローはいつでも優しかった。私を喜ばせようと色々な話をしてくれた。友達になった。今友達はイチローだけだった。イチローは物知りだった。何でも知ってた。イチローは凄かった。言葉を知らないから上手く言えないけど。私はイチローと関りを持つことで、より一層私がここに居ると思えた。
本当はずっとイチローの病室に居たかったけど、長くいると迷惑になると思った。それに発作になったら怖がられて嫌わちゃうかも。イチローから嫌われたくなかった。だから毎日少しだけにした。だから明日は何を話すのか、会ってない時間に一生懸命考えた。それが楽しかった。
あるときイチローの病室に行ったらイチローは寝ていた。棚を見たら漫画が沢山あった。読んだらとんでもなかった。イチローはこんな事をしたいのだろうか? 裸の女性や男性が何をしているのかはよく分からなかったけど、キスは分かった。ちょっとだけドキドキした。
イチローともっと仲良くなりたいと思った。だから日本語を勉強した。でも単語を少し覚えるのがやっとだった。でもイチローが教えてくれるから嬉しかった、イチローと話すのが楽しかった。
そんなイチローが病院から居なくなると聞いた退院だった。世界が終わったと思った。また私が居なくなると思った。私は誰とも関わらず、気に留める人も無くなる…。そしたらイチローが連絡をくれると言った。物凄く嬉しかった。
一日に数回だけのやり取り、それでも嬉しかった。私を覚えている人が居ると分かった。自分を認識出来た。
だけどイチローからの返信が遅く成ったり、翌日になる事があった。忘れられると思って怖かった。でもイチローは忘れてなかった。イチローが来た時には怖かった時を思い出して物凄く怒ったけど、でも物凄く甘えた。私は私だ。私はシャルだ。
イチローは歌が上手かった。まるで楽器のような音を口から出してびっくりした。本当にイチローは凄い、何でも知っている、何でも出来る、まるで人間じゃないみたいだ。何か分からないけど人間以上だ。
起きたらイチローが寝てた。起こすのは気が引けたけど、話す時間が減ってしまうので起こした。話したいことが沢山あったけど、今度は私が眠くなった。眠りたくなかった。イチローが子守歌を歌ったら寝てしまった。今度から子守歌は禁止にする。
年末久しぶりに家に帰った。ハンスは大きくなってた。まだちっこいけど。ハンスはソファーの陰に隠れてたけど、手招きして呼んだらトコトコと駆け寄って来た。頭を撫でたら凄く笑った。
ハンスと一緒にクリスマスツリーの飾り付けをした。本当ならクリスマスイブに飾り付けをするんだけど、待っていてくれた。祝う気なんて無かったけど、始めたらとても楽しかった。最後にママに抱いて貰って一番上に星を飾った。とても綺麗だった。イチローにも見せたかった。
最近発作の間隔が短くなった。飲む薬の量が増えた。種類も変わった。多分病気が悪化しているのだと思う。私はいつまで私で居られるんだろう?
日本にはバレンタインというイベントがあった。好きな人にチョコレートをあげる日だ。まだ少し早いけどイチローが来ると分かって、ナースさんに売店でチョコレートを買って来て貰った。棚にしまってあったお見舞いについてたリボンをチョコレートに付けた。本当はもっと何かをしたかったけど、私は病院の中にしか居られなかった。
イチローは歌手になるって。夢があるって凄い。イチローは何でも出来るからきっと歌手になれると思った。私の夢は元気になる事。私が私として存在している事だ。最近は…あとお嫁さんになる事…イチローの。
イチローは私に優しい、小さい子も好きだと思う。以前見た漫画の女の子も小さかったし、私が好きだから来てくれるし、連絡を取ってくれるんだと思う。それに結婚したら死ぬまで一緒にいられるらしい。だったらイチローと結婚して私が死ぬまでの間、一緒に居て欲しい。
イチローにチョコをあげた。イチローは凄く喜んでくれた。やっぱり私が好きなんだと思う。バレンタインのチョコを一緒に食べた、いつも以上に甘くて本当に美味しかった。
勇気を振り絞って結婚したいと言ったら、大きく成らないと駄目だと言われた。私の事は好きだと言ってくれた。凄く嬉しかった、でもそれ以上に悲しかった。私は多分大きく成れない、あとどれくらい生きていられるか分からない。泣いちゃ駄目なのに泣くことを止められなかった。一生懸命我慢したかったのに、全然体が、気持ちが、言う事を聞いてくれなかった。
イチローが謝ってくるけどイチローが悪いんじゃない、悲しいのは大きく成れない自分、いや良く分からない、とにかくイチローが悪いんじゃない。イチローは優しいから私が死ぬと分かったら結婚しなくても頻繁に来てくれると思った。
でもイチローの夢を応援したいと思った。私はもうそれほど長くない、そして居なくなる。イチローはきっと凄い歌手になると思った。イチローもおじさんだし、私にかまっていたら時間を失ってしまうかも知れない、だから連絡を取るのを止めた。
イチローからの連絡に嘘を返したり、無視をするのは心が痛かった。凄く悲しくてわんわんと泣いた。また退屈になると思った。私が私自身が居なくなると思った。でも居なくならなかった。
イチローが毎日動画をあげている。それを観たり聞いたりするのが楽しかった。頑張っているイチローは素敵だった。何を歌っているのかは分からないけど、それを繰り返し見てた。そしてイチローの事を考えたり思っていると時間が凄く早く過ぎた。でもどんなに話したいことがあっても話せなくて、やっぱり泣いた。会いたい、会いたいよイチロー。
前までは世界は灰色だった。イチローと知り合ってから世界に色が付いた。赤だったり青だったり黄色だった桃色だったり。世界は色に溢れていた。イチローと会えなくなっても世界は色が付いたままだった。
発作が多くなった。小学校の友達が久しぶりに会いに来た。嬉しかった。皆とても元気そうで大きくなってた。そして思ったもう長く無いのかも知れない。
イチローの動画を観た。信じられないほど素敵だった。もし天使が居たらこんな感じだと思った。イチローは凄い歌手になった。思った通りだった、イチロー凄い、何でも出来る、何でも知ってる、自分は何にも出来ないけど、イチローが凄くなるのが嬉しかった。
死ぬのはそれほど怖くなかった。それよりもママやイチローに忘れられるのが怖かった。だから少しでも覚えていて貰えるように長く生きようと頑張った、忘れられたくなかった。私はシャルで居たかった。
イチローが来ると寝ていても分かった。なぜかイチローが来ると体がホワホワとして苦しさが和らいだような気がした。きっとイチローは魔法が使えるんだと思った。
寝るともう起きれないんじゃないか、そう思う日が続いた。そしてイチローがお見舞いに来た。今日お別れしたらもう会えなくなると思った。どうせ死ぬなら、今死にたいと思った。目の前で死んだらイチローにいつまでも覚えて貰えるんじゃないかと思った。
私の短い人生は何にも無かった。無かったけど最後はイチローで一杯になった。イチローありがとう。神様ありがとうイチローと会わせてくれて。私を私と認識させてくれて。最後までシャルでいれた。
眠くなったので、みんなに挨拶をして眠る。多分、これが最後のお休みだと思えた。だからお別れもしおく。
「さようなら」
これが最後だと思うと凄く悲しかった。涙が零れた。でも眠くなって来た…。
病室を見下ろすと私が寝ていた。イチローとママと清子が私を見てた。心が少しだけ温かくなった。そして空に上がって行く、遠くの夕焼けは夜空に侵食され、星空も広がって来た。星と一体になったような宇宙に溶け込んだような気がした。
とてもきれいだった。




