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死にたがり風情(短編集)

僕が死のうと思う理由

作者: ヤブ

 これから僕は、死のうと思います。特にこれといった理由はありませんが、それを目的で、この場所へやって来ました。


 正直に言うと、僕は人生は、一つ幸せがあると二つ不幸がある、二つ幸せがあると四つ不幸がある、という風なものでした。取り敢えず何が言いたいかというと、不幸が多かったのです。不吉なものが憑いているのではと考え、霊媒師の元へ行ったことがありました。ですが、その霊媒師はどうってことない、と言いました。住んでいる場所が悪いのかと思い、高校卒業と同時に引っ越しもしました。ですが、何も変わりませんでした。そうして僕は、その地で最期を迎えようと決めたのです。もうこの事実は、誰にも止められません。止める気もありません。


 ふと僕は、彼のことを思い出しました。僕の周りには、変わった人たちで溢れ返っていました。僕には信じられませんでした。僕が死を決意したのも、彼らに影響されたからだと思います、いや、きっとそうです。彼ら以外に、原因は見当たりません。僕は元は、京都府北部にある、木に囲まれた自然豊かな場所に住んでいました。そこには自然以外ほとんど何もなく、コンビニに行こうにも自転車で一時間かかり、車に乗れない子供だけで行こうとは思いませんでした。国道から外れた道を一キロ進んだところにあるので、学校の友達を呼ぼうだなんて特に考えたりはしませんでした。(むし)ろ、その集落に住んでいる幼馴染みと遊ぶことが多かったです。高校を卒業して、上京した僕は、その場所を見て感激しました。空を突き抜けるような高層ビル群に、元住んでいた場所の何倍もの人口数に、僕は声をあげずにはいられませんでした。出来れば、村の皆に見せてやりたかった。それくらい、驚きました。朝の東京は、退いてしまうほどのものでした。歩道の幅が分からないほど人があるき、電車は座れないのがほぼ当然でした。人工や建物が多い分、やはり空気は悪いです。どこから臭っているのか分からない(どぶ)の臭いが鼻につきます。都会に住んでいる人が田舎に来て、「空気が美味しい」と言う意味がようやく分かりました。そこへ来て間もなく、僕はまず彼――御手洗(みたらい)沖也(おきや)と出逢いました。


 御手洗さんとの出逢いは一般的なもので、困っていた僕を助けてくれたのです。その時、どうやら御手洗さんも困っていたようなので、僕に手伝えることなら助けますよ、と言いました。その時のことは、きっと僕にしか体験できないことでしょう。彼と出逢わないと、こんな経験は出来ませんから。その時に御手洗さんは、

「じゃあ、殺しても良いかなぁ?」

と、妙に目を輝かせて言ったのでした。僕は最初、彼は麻薬でもやっているのだろうか、と思いました。それならば、いち早く逃げてしまった方がよろしいでしょう。僕は即答で断ると、直ぐ彼から離れようとしました。ですが、それを御手洗さんが許しませんでした。逃げようとする僕の腕を掴んで、

「おっと、何処へ行こうとしているんだよ。冗談だよ、冗談。そう言って何だけど、これから一緒に事務所行かない?」

「嫌です遠慮します。怪しすぎます」

「いいからいいから。心配すんなって。それでは、レッツラゴー」

「ちょっと待ってください。僕はいいですよ、とは言っていないですよね? していない契約を守ろうとなんて、誰もしませんよ」

「まあまあ、気にせず気にせず」

「気にしますって」

 そんなことがあり、僕は御手洗さんに無理矢理、事務所――彼の職場に連れていかれたのです。僕は途中で、彼に何を言っても聞き入れてくれない、僕の頭では彼の言い分に勝つことは出来ない、とわかったのです。


 彼に連れていかれるがまま、僕はとある建物にやって来ました。その建物は他のものよりも古く、場所も陰気臭いところにありました。見るからに危険なにおいがしました。僕は抵抗しようと思いましたが、見た目以上にある御手洗さんの握力に、その気を無くしました。

 御手洗さんの見た目に反して、どうやら彼はその職場で一二位を争う成績だそうです。その仕事の内容は、教えてもらえませんでした。


 彼は、言ったのです。長い友人が死んでしまった時、

「君は面白い奴だ。まるで死んだように眠っているね。人を(あや)める仕事よりも、役者の方が向いているんじゃないのかい?」

と。その時の彼の表情は、一目では友人の死を悼んでいるという風には見えませんでした。友人は眠っているだけだと、そう錯覚してしまうほどの自信でした。


 彼を始め、この街に来て出逢った人たちは、変わっていました。そんな彼らに、僕はもう会えません。ここは、僕が御手洗さんに連れていかれた、彼の職場。そこで飛び降り自殺があったとなると、彼は何を思うでしょうか。「俺に殺されるのがそんなに嫌だったのかぁ。でも大丈夫、私は君を楽に殺せる。だからそんな下手芝居、しなくても良い」と、あの友人が死んだときのように言うのでしょうか。それとも、「所詮、君はそんな人間なのか」と、僕を冷酷な目で見下ろすのでしょうか。それでも良い、彼に何を言われようが、その時には僕は死んでいます。心はきっと、痛まないでしょう。


 この建物は陰気臭い所にありますが、屋上からの眺めは悪くはありません。街を離れたところから眺めることが出来、建物で人が見えないので、まるでこの世界にいるのは僕だけだと思えます。ここが静かであることも、そう思える一因でしょう。


 御手洗さんは今、何をしているでしょうか。僕は数日前、姿を眩ましました。もしかしたら彼は、職場の仲間の手を借りて、僕を捜しているかもしれません。それとも、僕のことなどもう忘れてしまっているかもしれません。御手洗さんは何を考えているかなんて、僕には全く分かりません。


「こんなところで何してるんだ、タケちゃん?」


 不意に聞こえたその声は、僕の妄想ではありませんでした。振り返らずとも、それが誰かは直ぐに分かりました。

 僕の考えは、当たったようです。彼なら、きっと来てくれる。心のどこかで、そう思ったのです。

「来てくれると思いました、御手洗さん」

 すると御手洗さんは、笑いました。大声で、どこまでも届くのではないか、と思えるほどのものでした。これまで、御手洗さんがこれまで笑ったところを見たことはありませんでした。

 何故笑っているのか問おうとしたとき、先に御手洗さんが言いました。


「君は、本当に面白くて、可愛らしい奴だなぁ。俺に会いたいが為に、こんなことをするだなんて。君が死んだら、俺、許さないよ」


 僕には全く分からない、御手洗さんが何を考えているだなんて。ただ、一つだけ分かることがある。彼は、僕の期待を裏切らない。

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