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8 積み木の家族

 大切で大好きな人たちに言えない秘密がどんどん増えていく。

 押入れの奥に仕舞ってあるプレゼントの箱を眺めながら希は胸が苦しくなる。ひとつ嘘を吐けば嘘を隠すためにまた嘘を吐く。そうして嘘が上塗りされてやがて本当の事が見えなくなっていく。迷路は森の奥深くまで延々と続いている。

 引き返すことも出来ずにただひとりで出口を探して当てもなく彷徨っている。


 小さい頃は何でも敬に相談出来た。

 悪い事も良い事も、母親に内緒の秘密をふたりで共有していた。


「アイスは一日ひとつだけよ」

 そんな無体な母親のルールを聞き分けるほどふたりとも良い子じゃなかった。暑い夏、我慢できなくなるとふたりでトイレに篭って一緒にアイスを頬張った。


「絶対ママには内緒だよ」


「うん。ないしょ」

 いけないことだと知りながら、身を寄せ合って汗だくになりアイスを食べた。母親に内緒のアイスは口の中で甘くとろけて特別な味がした。それでもやることは子どもだからか、アイスのバーを便器に捨てて流すのを忘れる間抜けさで、必ず母親に発見されてしまう。当然怒った母親は問い詰めてくる。


「敬がやったの?」


「……ごめんなさい」

 便器にはバーがふたつある。ひとりで食べたと言うのには無理がある。それでも敬は絶対に希の名前を出さなかった。


「敬ちゃん、ごめんね」


「ママには内緒って約束したでしょ。また一緒に食べようね」 

 敬と一緒なら怖いことなんて何もなかった。

 ふたりで過ごした日々は希の記憶の引き出しに溢れんばかりに仕舞われている。それが偽物のしあわせだったなんてあの男が現れるまで希は全く気付かなかった。


 家族全員、お互いに本性を隠して平気な振りをして過ごしている。

 

 それでも十数年の間希はこの家で愛された。例えあの子の身代わりだとしても希は愛情を受け取って幸せだった。許されるならずっと家族でいたかった。

 お母さん、お父さんと呼べる人が側に居て当たり前に甘えて、我がままを聞いて欲しかった。けれど、希は偽者でしかない。あの子の全てを代弁出来るはずもない。

 それにいち早く気付いたのは敬だったのかも知れない。


 希のことを避けるようになった頃敬の部屋から聞こえた自慰の声。

 最後に耳にしたのは「希」と刹那気に呟く声だった。

 その時希は妹でいられないと強く感じた。

 それと同時に失うものの大きさに怯えた。

 

 妹でなければ駄目なのだ。

 佐藤家の長女でない自分はここにいてはいけないのだ。敬の妹の希でなければここにいる意味がなくなってしまう。

 けれど敬は最初から妹の希を望んではいなかったのだろう。

 それが悲しいことなのか、当然のことなのか、希には判断出来ない。


 家に誰もいない時、希は時々夫婦の寝室に飾ってある家族写真を見る。

 敬が袴を履いて千歳飴を手に持っている。敬が七五三のお祝いで記念に撮った写真だろう。母の膝に乗るあの小さな赤ちゃんは、おそらく希ではない。希の写真は怪我をした以前のものはひとりで写る写真しかないからだ。希の手前飾ることも出来ない恵の唯一の写真は、今も夫婦の目に止まるこの部屋で大事に飾られている。

 佐藤家に生まれて大切に育まれた命。

 生まれながらの病気を抱えながらそれでも必死に生きた敬の本当のかわいい妹。

 希はその身代わりでしかない。

 

 あの時助かるべきは佐藤家の幼いあの子だったのかもしれない。

 事故の直前咄嗟に危険を察知した実母はシートベルトを外しチャイルドシートに覆い被さったという。実母は自らの命を投げ出し希を庇い、この世からいなくなってしまった。その後の希の人生など考えもしないで、命だけを助けた。

 運び込まれた病院で心肺が停止していたら、希の臓器は取り出され、恵の命は助かったのかも知れない。考えれば考えるほどその方が良かったんだと思える。

 佐藤の両親の悲しみは今も消えてはいないだろう。

 敬は希を妹と認められず苦しんでいる。

 事故に合った全ての者が死んでいたら、あの男は許しを乞うことも許されず、一生後悔して生きることになっただろう。

 今のままではあの男の罪を償わせる為に希は生き延びたのと同じだ。

 希の生きる価値なんてそんなものだ。


「どうして私だけ助かったの」

 写真の中の恵に問いかける。

 このまま誰にも真実を知ったことを悟られず、佐藤家の長女として死んでしまいたい。苦しみから開放されて別の人生を歩みたい。

 そうすればあの男は一生苦しむだろうか。

 敬は泣いてくれるだろうか。


 ---なんて身勝手で残酷なことを考えるんだろう。

 これではあの男と同じだ。

 希まで失ったとしたら残された父や母はどうやってその悲しみから抜け出せばいいのだろう。神様を恨んで絶望の底を彷徨っても終わりの日まで生きねばならないのだ。大切な両親にそんな思いをさせることは絶対に出来ない。希には生き続けて、両親の最後を看取る義務がある。それが希に出来る唯一の、育ててくれた両親への恩返しだ。

 でも、苦しい。

 悲しい。

 せつない。

 今の思いを全部、吐き出したくなる。


「希、何してるんだよ」


「敬ちゃ……」

 神様はいったい誰の味方なんだろう。


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