国際連合の頭脳
ある日、犬飼さんから手紙が送られて来た。この間、親友の薫と透が今どうしているかを聞いたのだ。
『SRへ
お前の友人の件だが、この間行方知らずになったそうだ。薫も透もどちらもらしい。日本警察が今かなり調べているらしいが、見つからないとさ。まぁ、今のお前には関係のない事だ。』
無駄に達筆だからイラつく。だが、今理沙はそれ所ではなかった。
「薫と…透くんが…行方不明?!」
元気に暮らしているという返事を期待していた。まさか、「行方不明」になっているとは思っても見なかった。肩を落とす理沙を見て、セシルは励まそうとせめてもの笑顔を浮かべた。
「まぁ…日本警察は優秀だから、すぐに見つかるよ」
あ、もしかしたら…駆け落ちしたのかも…という考えも浮かんだが、小六で流石にそれはないという結論に至った。
『犬飼さんへ
教えてくださってありがとうございました。もし二人が見つかったら、ご連絡ください。』
「これ、犬飼さんに」
短い文だったが、とりあえずセシルに渡した。
「どうかした?」
「…ううん。大丈夫」
理沙はそう言うと、溢れ出しそうだった涙を拭った。セシルは心配そうな顔をした。
「だと、良いんだけど…」
「…ねぇセシル。研究者さん達は、私の血で…どういう研究をしているの?」
「えっとね…まず、君の細胞を『薬』化する実験だね。輸送中に血が盗まれたりしたら、大変な事になるからね」
「どうして大変な事になるの? ただ治すだけなのに」
「あー…それはちょっと、教えられないな」
「何で?」
「機密情報だから。ごめんね」
ーー私にも教えられない機密情報。大変な事になるという事は、私の血には危険性もあるのかな? それとも、他の組織とかに渡ったら、悪用されるかもしれないからかな?
**
「ライ。これを『実験動物』に投与してくれ」
「了解しました。Mr.サイトウ」
国際連合の研究所。それは、ニューヨークの地下深くに位置していた。「国際連合本部」の地下から入るのだ。
そこには、ウイルスや細菌を調べる施設も整っている。現在研究所では、「SR細胞」の実験や研究が数多く進められている。というより、研究者達は皆「SR細胞」の為駆り出されているのだ
その多くの研究者達の中に、ケンジ・サイトウと名乗る天才が居た。通称「Mr.サイトウ」。
彼は、名前の通り日本人で、薬学や医学やウイルスなどに精通している。それだけではない。IQは500を大きく上回り、ハッキングなんて趣味感覚で毎日行っている。「国際連合の頭脳」とも言われている。
「犬飼さん、私はいつ『SR』とやらに会わせて頂けるのですか?」
Mr.サイトウは、自分の後ろで仕事ぶりを眺めている犬飼さんに、挑発的に言った。
「駄目だ。『SR』はまず、人自体を拒絶しているからな。『論文発表会』の時も、王子を撥ね付けやがった」
「王子を…撥ね付けた?」
「あぁ、『こんなホテル抜け出して、私のものになってください』という”愛の告白”を見事に跳ね返した」
「…どうせ、その王子も『細胞』が目当てでしょう?」
「当たり前だ。誰が好き好んであの生意気な小娘を欲しがるかよ。俺的には、監禁しちまった方が良いと思うんだが、世の中そう甘くないな」
「12歳の少女を監禁なんてしたら、精神的に保ちませんよ」
「だから監禁出来ないんだよな…」
犬飼さんはため息をついた。この人の性格は相変わらずだとMr.サイトウは思っていたが、文句は言えない。この人に楯突いたら終わりだからだ。
「犬飼さん、日本に居る私の妹は元気ですか?」
「え、妹?」
Mr.サイトウには、一人の妹が居る。遅ない時、二人は両親を失い孤児院に行ったが、Mr.サイトウだけ他人に引き取られた。
それ以来、もうずっと会っていない妹の事が気になっている。
「あぁ…まぁ元気だ」
「良かった…」
「そいつも、里親に引き取られたと言っても過言ではないな」
「そうなんですか?!」
Mr.サイトウが叫んだ。すると、研究者達は彼をキッと睨んだ。
「あ、悪いな…」
「嬉しいだろ?」
「里親はどんな人ですか? 妹は、不自由なく暮らせるでしょうか?」
「もちろんだ。だが、少々自由が制限されているな」
「そうですか…でも良かった…」
「これで、安心して研究に取り組めるだろ?」
犬飼さんがニヤリと笑うと、Mr.サイトウは微笑んだ。
「はい。教えてくださり、ありがとうございます」