拷問の日々
「...此処は...」
理沙は、しばらくすると意識を取り戻した。視界が悪い。周りが白くぼやけて見える。何も聞こえない。どうやら理沙は、壁によたれかかっているようだった。
試しに右腕を動かしてみた。すると、徐々に戻って来た聴力でカシャンカシャンという音を聞き取る事が出来た。何かを付けられているーー。
少し立つと、視力が戻って来た。白いぼやけはなくなり、周りの様子が把握出来るようになった。コンクリートの壁に囲まれた部屋だった。高い天井の黒い鉄の、ロウソクが何本か刺さっているシャンデリアのおかげで、ようやく辺りが少し見えるくらいの暗さだった。理沙の座り込んでいる5mくらい離れた所に、重い鉄で出来たドアがある。
「あれ...?」
ーー私は、セントラルパークに居たはずじゃ...いや、何時の間にか意識が飛んでて...それで...あぁ、思い出せない...!!
胴体が動かない。足は麻酔を打たれたように痺れている。両手両足には頑丈な手錠と足枷。それからは鎖が伸びていて、壁の中に入って行っている。
左腕が痛い。よく見ると、何か深く大きく抉られたような傷があり、今再生されている途中だった。骨がギシギシと痛む。
「セシル...犬飼さん...みんな...無事、かな...?」
ーー無事だと良いな。みんな、私の事逃がそうと一生懸命に...頑張ってくれてたから...。
「まずは人の心配より、自分の心配をした方が良いんじゃないですか?」
「え...?」
理沙は俯いていた顔を上げた。ドアに蘇我さんその人が、寄りかかっていた。彼の持つ小奇麗なトレイには、ナイフやフォークや皿やコップが乗せてあった。
「蘇我...さん?」
「フフ...腕の加減はどうですか?」
蘇我さんは笑顔で理沙に近づいて来る。
「な、何があったんですか? セシル達は...」
「おや? 貴女は今の状況を分かっていないようですね...まぁ良いでしょう」
蘇我さんは笑顔を消し去り、理沙のすぐ横にしゃがみ込んだ。何だか寒気がした。妙な興奮が、蘇我さんの中でフツフツと煮えたぎっているような気がする。
「あ、あの...」
「怪我が良くなって幸いでした」
蘇我さんは冷たい邪悪な笑みを浮かべ、歯切れの悪そうなナイフを手中に収めた。
「これで、思う存分に遊べる」
「あっ...!!」
急に腕が痺れた。もう首も動かせなくなってしまい、理沙の目の裏には恐ろしい光景が刻まれ続ける事になった。
ナイフが強く歯切りを立てて右腕の肌に食い込んで行く。蘇我さんはそれを楽しむようにニヤニヤ笑いながらナイフを動かし続ける。
「あ゛ぁ!! う゛ぅ...」
理沙の目からは大粒の涙が滝のように流れ落ちた。15センチほど皮を切ったかと思えば、今度はその皮をゆっくりと徐々に徐々に剥がし始めた。
腕は麻痺しているが、腕に与えられる痛みは麻痺していなかった。捲れた皮の内側には、真っ赤な血がドッと付いており、捲れた部分からは骨や血や筋肉などが目に見えて来る。蘇我さんはその抉れた理沙の腕を舐めた。
「良い味だ...血独特の鉄の味と、君の恐怖に満ちたその顔がたまらないよ...あぁ...」
目の前に居る人間は、あの聡明な蘇我忠之ではなかった。狂気ーー否、狂喜に満ちた表情を浮かべた悪魔だった。
理沙は恐怖と痛みで声が全く出なかった。
「ねぇ、貴女なら良い声で泣いてくれると思ってるんですよ? 私の期待に答えてください...」
泣きたいーーでも、泣けなかった。目の前に居る悪魔が恐ろしくて、怖くて、痛くて...。
「お腹空いたでしょう? ほら...」
蘇我さんは、理沙の親指を根元から切り取った。そして、丁寧に骨を抜くと、理沙の口の中に無理矢理押し込んだ。
「美味しいでしょう? 人間の味って...格別なんですよ? フフフフフ...」
自分の指だったものが口の中に入っている。中々噛みも飲み込みもしない理沙に痺れを切らしたのか、今度は蘇我さんは理沙の口の中に手を入れて、無理矢理喉の奥に指を入れ始めた。
「っーー!! っっーー!!!」
「食べなさい。ほら...」
「っっ!!」
切り取られた指から滴る血が舌を舐める。蘇我さんの手は遂に、切り取られた指を喉の奥深くまで押し込んでしまった。
「ケホ! ゲホ! ゲホ!!」
理沙は咽せた。自分の指を飲み込んでしまった恐怖と、吐き気が酷く共鳴していた。蘇我さんは呆れたような顔で理沙を見た。
「駄目な子ですねぇ、早く飲み込んでおけばそうはならなかったのに。まぁ良いでしょう。どうでしたか? 指のお味は」
理沙は蘇我さんを睨んだ。徐々に再生してきたはいるが、腕も指も地獄のような苦痛。いっそ、右腕ごと切断してしまった方が楽だった。
「そんな目で睨まないでください。そうだ、ご褒美に美味しい飲み物を上げましょうね...」
彼は次はフォークを手に取り、理沙の左耳に突き刺した。
「あ゛...あ゛ぁ...」
「ほぅら、美味しそうじゃないですか...」
フォークをキリキリを強い力で突き立て、耳からは大量の血が流れた。それを彼は一滴もこぼさずにコップいっぱいに収めた。
「さぁ、飲ませて上げますよ...耳から滴り落ちた極上のカクテル...」
抵抗不可能ーーその恐怖は、得体の知れないものだろう。口に無理矢理入れられる鮮血。口から垂れる血。生気のない顔。全てが絶妙に積み重なり、理沙の心を絶望へと溶かして行った。
こんな日が毎日続いた。
おかげで理沙の精神体はボロボロだった。身体は健康で正常なのだが、心はもう砕け散っていた。毎日のように繰り返される拷問。首を半分だけ切られたり、四肢を切断されたり、体中に釘を打たれたり、麻酔なしで臓器を取り出す手術をされたりーー。
そして、これもまた毎日朝昼夕と三回ある地獄。普通の食事は食べさせてもらえず、食べ物は蘇我さんの切った自分の肉。飲み物は血。通常なら栄養不調を起こす所だったが、やはり理沙の体は正常だった。
蘇我さんは何時も理沙の横に居た。拷問器具を取りに行ったりだとか以外は、食事だってこの牢獄で食べていた。一体どういう神経をしているのか分からない。
ただ、一つ言えるのは、蘇我さんが別組織に通じる裏切り者で、あのゲームの勝者という事だろう。
怖いーーー蘇我さんの狂喜に満ちた顔
恐いーーーセシルにもう会えないという事
痛いーーー毎日のように体に刻まれる傷 そして目に焼き付けられる拷問絵図
怖いーーーこんな事をされても生きている自分
恐いーーーこんな事をされても壊れない身体
痛いーーー傷だらけ 治る事のないこの心
誰も助けになんて来てくれない。誰もーー。
逃げる機会もないこの牢屋。だが、監禁されて一年間がたとうとしたある日、理沙に幸とも不幸とも言えない出来事が起こったのだった。