誘拐
「ん〜! 空気が美味しい〜!」
「美味しい?」
理沙達はセントラルパークに来ていた。緑が多く、リラックス出来る空間が広がっていた。流石に、少女1人に男6人は目立ったが、理沙はあまり気にせず自然を堪能した。
「まぁ、一応都会だけどね此処」
「でも、空気が美味しいってのは分からなくもないな。自然に囲まれた所に居るのも悪くない」
犬飼さんも自然と綻んだ。だが、大半は自然ではなく理沙の笑顔によって癒されていた。セシルは正直、このままホテルに連れて帰って一生自分だけのものにしたいと思う。
すると、蘇我さんが言った。
「では、動物園にでも行ってみますか?」
「はい!」
セントラルパーク内に位置するセントラルパーク動物園は、理沙はずっと行きたいと思っていた。孤児院では、映画の「マダガ◯カル」やそのペンギン達の話も、よくテレビでみんなと見ていたのだ。
ただ、秘密組織とか喋るペンギンとかは期待していない。ただ単に日々のストレスを忘れて、動物が見たいだけだった。
「それにしても犬飼さん、どうして外出の許可をしてくれたんですか?」
「ん、不満か?」
「いえ...でも、私を監禁したがってた人が、どうしてかなーって」
「それは...」
犬飼さんの口から言葉は出なかった。部下の不穏を買わないように? 「SR細胞」の効果を上げるため? 犬飼さんは真心を言うべきか迷ったが、結局言わなかった。
「そうですか、秘密ですか、ふーん」
「...」
「あ、ペンギンだー♪」
トコトコと歩くペンギンの姿を見て、理沙はすぐに居住区に駆け寄った。
「可愛い〜」
「うん、可愛いね...」
セシルはそんな理沙を見て微笑むと、優しく頭を撫でた。理沙は恥ずかしそうにえへへと笑った。一見すると兄妹のような、恋人のような2人だが、気持ちは前者で間違いない。
愛情を持っているのは確かだが、それは異性としての愛情でなく家族としての愛情だった。
「リア充なんスか? この2人」
徳永さんがつぶやいた。「爆発しろ」と言うべきか迷っているようだった。
「リア充...か。違うな。あくまでも護衛と対象だが、兄と妹のような感情を持っている」
「じゃあ、爆発はしないで良いっス」
リア充だったら爆発しても良かったのかーーとツッコミたい神だったが、此処は我慢我慢。
理沙とセシルの様子を見て、周りに居る人達は微笑ましい感覚を覚えた。クスクスと笑って立ち去る人や、写真に収める人など様々だったが、いずれも理沙に魅了されたのは間違いない。
「ナイト、僕的にはあの2人デキてるんじゃないかなーと」
「馬鹿言うなブレイ。あいつ等家族みたいなものだぞ? そんなわけねぇだろ」
「ま、彼の人の優しさは素直に凄いと思うね。人間不信になってた女の子を、優しさで此処まで明るくしたんですから♪」
ブレイは笑顔で言う。確かに、セシルの忍耐力は凄い。普通、途中で諦めるものなのだがセシルはそうしなかった。理沙を笑顔にしたくって、元気にさせたくって、毎日毎日努力をした。
その結果がこれだ。セシルは、あの時諦めないで良かったとつくづく思っていた。
「さて、リサ、次行こうか」
「うん!」
理沙とセシルが腕組みをした時、ダーンと大きな音が聞こえ、何かがセシルの頬をかすった。目の前には、硝煙の立ち上る銃を構えた男が居た。
「チッ、外れたか...」
「確保しろ!」
「「「ハッ!」」」
護衛達は急いで男を取り押さえた。セシルは急いで理沙を自分の後ろに隠すと、小声でこう告げた。
「リサ、嫌な予感がする。もし僕らに何かあったら、気にせずに逃げるんだ。良いね?」
「え...うん...」
嫌な予感とは何だろうか。エリートの勘? あまり信憑性のないものだったが、理沙はセシルだから信じた。
それは当たった。またもや銃声が聞こえて来た。それも7発。それらは全て、護衛達やセシル、犬飼さんの近くの地面に食い込んだ。
「ひっ...!」
「大丈夫...落ち着いて...」
こんな状況で落ち着いていろと言う方が無茶なのだが、またもや、銃を構える人間がーー5人も見えたのでこう言うしかなかった。1人はブロンドの女だ。何れも黒ずくめ格好をしている。
「あぁら、至近距離なのに外しちゃった。やっぱりこういうのは向いてないわねぇ...」
女がわざとらしくため息をついた。そして、5人を捕らえようと動くナイトの足を撃った。
「っ!」
「貴様ッ!」
セシルはおもむろに銃を取り出すと、女の眉間に一瞬で撃ち込んだ。その時、セシルの腹にも複数の銃弾が食い込んだ。
「せ、セシル!!」
「リサ、逃げろ!! 必ず迎えに行くから...今は逃げるんだ!!」
「でも...!!」
「僕の言う事が聞けない? リサ、逃げろ!」
苦しみながらも大声を出すセシルに背中を押され、理沙は走り出した。銃声が追いかけて来る。逃げ惑う人ごみをかき分ける。セシルが必ず来てくれるからーー今私に出来る事は...。
理沙は走った。何時の間にか、動物園を出て、園内のトイレのすぐ側に来ていた。人がいない。
「ハァ...ハァ...ハァ...」
息を切らし、理沙は座り込んだ。こんなに走ったのは久しぶりだった。
「セシル...犬飼さん...みんな...無事でいて...」
途端、後ろから何かから押さえ込まれたかと思うと、口を何かで塞がれ、何時の間にか気を失っていた。