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遥か先に視る想い  作者: 埋木花咲
第1章 先立つ者
9/38

Procyon

読み方:プロキオン

意味:先立つ者

 その日、地球上では晴れているのに雨が降っていた。所謂『狐の嫁入り』というやつだ。人々はSSTO・JOURNEYからの中継を待ちつつ、きっとこれは良いニュースの前触れに違いない、と心を踊らせていた。

 そして始まった中継。

 写し出されたパトリックの蒼白な顔に、民衆は一抹の不安を覚える。

「諸君。今日は大切なニュースがある」

 そう告げる声はいつもにも増して力が溢れており、少なくとも悪い知らせの様には思えなかった。

「1本のビデオがある。……まずは、それを観て頂きたい」

 砂嵐に溢れる画面。民衆は思い思いの格好で映像が流れるのも心待ちにした。ある者はビールを片手に。ある者は小説を読みながら。また、ある者は電車に揺られ転た寝をしながら。

「ハーイ、皆さん。お元気?リン・シャオよ」

 笑顔で画面に登場する女性。しかしその顔は少し前までの彼女の顔とは違い、痩せ細り衰えていた。

「今日は皆さんに報告があるの。……私ね、今、自分のこの身を懸けて、ある実験をしてるのよ」

 そう語りだした彼女の話は想像を絶するものだった。

「アメーバ性髄膜炎って知ってるかしら?致死率97%とも言われる病気よ。悪性のアメーバが嗅覚器官から脳に移動して炎症を起こしてしまう病気。

 私は今、それに感染しているの。……何が原因かは判らないわ。ここにはアメーバは住めない筈だし、そもそも温泉のような彼らの生息地が無いものね。だけども、どうしてだか成ってしまったの。

 今、発症してから、たぶん1週間くらいだわ。どうやら宇宙では生き永らえられるみたい。だけどね、見ての通り、こんな姿になってしまった。……醜いでしょう?ぼろぼろで、まるで日本の昔話の……なんだったかしら……ああ、羅生門。羅生門に出てくる、お婆さんみたい。

 そこでね、皆さんには後からの報告になってしまうけれど……私は宇宙へと旅立つわ。

 この研究を続けられないのはとても悔しい。だけど、自分でできることも少なくなってきてしまっているのが現状なの。……乗組員の皆にも迷惑をかけてしまっているわ。

 ……だけど、安心して。私の研究はここで幕を閉じたりしない。

 この何日かでわかったことがあるの。それを私の親愛なる助手であり弟子であり相棒である、アンリに託したわ。彼女がこれから先、きっとこの病の解決方法を見つけてくれる筈」

 そこまで一思いに喋ると、リンは項垂れた。沈黙が世界を包む。

 いつの間にか民衆は皆、身を乗り出して彼女の話に聞き入っていた。

「……許してね」

 彼女は絞り出すように、そう呟き、画面越しに笑いかける。

「ここに1つの言葉を残すわ。よく聞きなさい。

 魂はいつか消えてしまうもの。その使い方は誰にも決められない。例え、自分の命でもね。全ては手中にあるのよ、偉大なる存在の。

 ……だけど、諦めてはいけない。奪い返しなさい。その、偉大なる存在から」

 そして「私はできなかったけれど」と自嘲気味に笑い、彼女のビデオメッセージは終わった。

 世界中が静寂に包まれた。うっすらと聞こえるのは、誰かのすすり泣きと祈りの声だった。

「以上が本日の中継内容だ」

 パトリックの声が響き渡る。中継画面が切れる。

 誰も何も言えなかった。

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