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遥か先に視る想い  作者: 埋木花咲
第1章 先立つ者
4/38

Procyon

読み方:プロキオン

意味:先立つ者

 そうこうするうちに、第1会議室である『セントリーズ』の前へと彼女は辿り着いていた。ドアの前で一呼吸つき、右手にある顔認識システムへと笑いかける。

『……ニシオカヒカル……入室……許可シマス』

 もっとうまく作り笑いが出来るようにならなければ。モニターに写っている自分の顔を見てそんなことを思い『OPEN』のボタンを押した。

 静かに扉が開き、内部の喧騒が溢れ出す。今日も朝から元気な奴等だ。ヒカルは先程よりも上手く作り笑いを浮かべつつ、室内へと足を踏み入れた。

「よう、姫様。随分と悠長なお目覚めだな」

 アキラが皮肉たっぷりに笑いかけてくる。お前も笑顔の練習をした方がいいな、という本音を飲み込み「すまん」とだけ言った。

「ヒカルちゃん、遅いよー。みんな待ってたんだよ!」

 良いニュースがあるんだって、と言いながら走り寄ってきたのは、まだ20歳になりたてのチハルだ。彼女は10歳という幼さで船への搭乗権を得た。兄のアキラとは違って生粋の秀才である。飛び級に飛び級を重ね、片手には六法全書を抱える彼女。最近の興味は『ギャル』らしい。フランスに住んでいた彼女からすると、日本の文化は興味深いのだとか。アキラいわく「チハルはヒカルの糞」。日本の文化を知るためにヒカルにくっついているチハルの姿を「金魚の糞みたいだ」と常日頃言っている。そんなアキラも日本のマニアだ。妹には及ばぬが天才肌で、中学卒業後単身で日本に渡来し、18歳の若さでプログラマーとしての確固たる地位を築き上げた。今ではこの船内全てのプログラムは彼の手中にある。

「ヒカル嬢が寝坊とは珍しい。何かあったのかね」

 そう問いかけてきたのは、この船で最高の重鎮、パトリック。彼は元合衆国大統領兼このJOURNEYプロジェクトの最高責任者だ。自ら船に乗ることを宣言したときは「国民を捨てるのか」と賛否両論あったが、今となれば国1番の英雄である。4カ月前まで彼の中継は神の声として崇められていた。人間とは単純である。そして、同様にヒカルも彼を尊敬し慕っている。彼女もまた、単純な人間の1人にすぎなかった。

「特に理由はないが少し眠れなくてな……。悪い夢も見てしまったよ」

 ヒカルは薄笑いを浮かべ「アイリーンはまた眠っているんだね」と彼の横で熟睡する少女に目を向けた。

「さっきまで起きてたのよ。でも、また眠ってしまったの」

 後ろから話しかけられヒカルは驚いて振り返った。

「アンリ!いつからそこに?」

「だいたい45秒前からかしら?貴女が『悪い夢を見た』と言っていた辺りからよ」

 挨拶のハグをしながらアンリが言う。彼女はヒカルと同じ歳だ。若干23歳で乗船したエリート看護師だ。主に医療分野におけるサポートは船に欠かせないものだった。

「他人の気配に気づけないようじゃ危ないぜ。俺が守ってやんよ」

 そう言って肩へと手を伸ばして来たのはミキトだ。彼は警察官として勤務経験があり、人一倍正義感が強い。そして人一倍、好色漢なのだ。「泣かせた女は数知れず。守った女も数知れず」が彼の口癖だ。

 ヒカルは「自分の身は自分で守る」と言ってから、悲しそうな顔をする彼に「……でもいざとなったら、頼りにしているよ」と声をかけた。

「そうやって甘やかすのはいけないことだぞ、ヒカル」

「そうよ?調子にのって自滅しちゃうわ」

 ヨシキとロイがミキトを小突きながら言った。

 ヨシキは生粋のお坊っちゃまだ。お前も甘やかされただろう、という言葉を飲み込む。父親が外務大臣で親の七光りで乗船したといっても過言ではない。その父親は船尾室で息子の活躍を夢に見ながら眠りについていることだろう。実際は1日中ゲームばかりしているが。もちろん、そのゲームはアキラ製作である。

 反対にロイはイタリアの田舎にある小さな料理店に産まれ、今ではミラノ随一の料理人である。今じゃ彼の店を知らない観光客はいない筈である。まさに、鳶が鷹を産む、という言葉にぴったりな人物かもしれない。そんな彼も今ではピンクのフリルエプロンに身を包む、みんなのお母さんだ。

「そう言えば、ハルとミヤビは?」

「彼女達はシャワーだよ。最近の女の子はお風呂しか楽しみがないのかい?」

 雑誌を見ながらルークが呟く。その声はギリギリヒカルに届くくらいの小ささだ。これがかの有名な態度も声も大きいが何故か憎めないサッカー選手、ルーク・キャベリンだと言われても、簡単には頷けまい。

「女の子は自分を磨きあげることに労力を使うことを厭わないんだよ、僕みたいにね。……ヒカルもその跳ねてる髪を直して少し女の子らしくしたら可愛いのにね」

 そう言ってユウキが髪を触ってくる。悪寒に襲われ、側にいたレオの背後に隠れようとしゃがんだ。

「ヒカル、ユウキ、嫌い。だから、レオ、ユウキ、嫌い」

 ぼそぼそとレオが呟く。両腕で抱えたライオンのぬいぐるみが苦しそうに宙を仰いでいる。怒っている証拠だ。無表情な彼の感情を読み取るには、ぬいぐるみを見るのが1番だった。この船で産まれ育った彼は外の世界を知らない。感情の欠落は仕方のないことなのかもしれないが、それでもヒカルは少し悲しかった。

「レオ、怒っちゃダメよ。ユウキにも優しく」

 キャシーがレオを抱き上げ「ね?ヒカル」と囁いた。

 パトリックの正妻である彼女は、彼と同じくらい人望が厚い。ヒカルもまた、そんな彼女を母親の様に慕っていた。

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