Canopus
読み方:カノープス
意味:案内人
「久々にお花見でもしましょうよ」
唐突に彼女は言った。いつもよりも豪華なお弁当を作っていると思ったら……。あまりにも唐突な言葉に私は微笑む。
「いい場所を知ってるのよ!」
そう言って本棚へと駆け寄る。そこには彼女のコレクションが並んでいた。その中の『びゅーすぽっと』と書かれた冊子を持ってくる。他にも『でりしゃす』やら『あめいじんぐびゅー』やら書いてあるが、全て平仮名なのは彼女が英語が苦手なせいだろうか。
「……えっと……95……93、94、95っと!これこれ、ここ。ね?近いし綺麗だし出店もあるし!歩いていけるから飲み放題だよ!」
確かにいいかもしれない。花見なんていつぶりだろうか?たぶん小学6年の春以来かもしれない。こんな初老になるまで日本の嗜みをしていなかったのか、と嘆きたくなった。彼女を見るとせっせとお弁当を鞄に積めている。その姿をボーッと見ていると怒られた。
「早く行かないと、場所埋まっちゃうよ!ヒカルも急いで!」
しぶしぶ飲み掛けの珈琲を起き、着替え始める。春だというのにまだ肌寒い。長袖の上にパーカーを羽織り、頭にはニット帽。そして、春には欠かせない白いあいつを口元に装備する。そう、マスクだ。
「準備いい?いくよ?カメラ持った?……デジカメもだけど、ビデオカメラ!」
彼女は部屋の中をまるで追い詰められたゴキブリの様に右往左往している。その姿が面白くて笑った。行こう、そう言って車を運転し始める彼女。楽しそうな顔。それが一気に歪んだ。
胸元には刃物。そして「どうして?」の問いかけ。
私は必死で「私じゃない」と繰り返す。
「私たぶんその場にいられないよ」
そう、チハルが呟く。やめて、と私は叫ぶ。そんな私を真っ直ぐに見つめてミキトが言った。
「だけど、受け止めたくない現実が、時に真実だったりするんだよ」