Procyon
読み方:プロキオン
意味:先立つ者
身体中を駆け巡るような騒音と振動で目が覚める。また夢を見ていたようだ。夕暮れの街中を走り回っては力尽き、倒れる夢。走っているのが自分なのか誰なのか。はっきりとは判らないが、やけにリアルだと言うことだけは判る。雨上がりのアスファルトの匂い。寂れた公園の土と埃の入り交じったような空気。そして、彼女の声。
一体あれが誰なのか。
もうこの夢を見て1年程になるが、何の進展もなく、何度も何度もあの街のあの道を走り回るのだ。あの街を探して行けば、全ての真実が判るのかもしれない。そうは思うが、きっと行くことはないだろう。否。2度と行くことは叶わないのだ。この封鎖された空間の中では、後戻りこそが罪と枷になる。
夢中で走り回ったせいか重い身体を持ち上げ、頭上のボタンを押す。空気を押し出すような音と共に、頭上の窓が開いた。その隙間から身を乗り出すようにして外に出る。身体中を冷たく心地よい空気が包む。もう何年もこのベッドを使っているが、安心して寝られたことは1度もない。いつか窒息してしまうのではないか、という疑念が浮かんでは消える。あんな夢を見るのも、このベッドのせいかもしれないな、とヒカルは誰にともなく呟いた。
辺りは暗闇に包まれている。時計を見ると午前10時を少し過ぎたところだった。約15分の寝坊だ。地上では許される範囲内だったかもしれない。しかし彼女が置かれている現状では、1分1秒が命取りとなる。ヒカルは身体にぴったりと張り付くように作られたボディースーツに身を包み、廊下へと出た。