Canopus
読み方:カノープス
意味:案内人
トントンとリズムの良い音が響く。
目の前では女がエプロン姿で何かを刻んでいた。嗅覚と食欲をくすぐるようなこの匂い。何だか懐かしい匂いだった。
「今日は何を食べる?」
振り返りながら笑いかける女。その右手には血にまみれた刃物が握られていた。
「……って聞いても、もうメニューは決まってるんだけど!」
じゃーんとありきたりな効果音を発しながら台の上に無造作におかれていた冊子を見せてくる。そこには『豚の角煮』の文字。私が大好きな料理だ。
「大好きでしょ?心込めて作っちゃうんだから!」
笑顔で言う彼女の顔が歪んだ。
エプロンを突き破るように刺さった刃物。先程まで彼女の右手に握られていた筈の刃物だった。
「……どうして?」
私の方を見つめながら呟く。
やめてくれ、私じゃないんだ。そう呟こうにも声がでない。代わりに喉の奥からつっかえるような笑いが込み上げてきた。笑い声が部屋を包み込む。そんな私を食い入るような目で女性が見つめていた。
「……忘れるものか」
不意にそんな声がした。見ると、彼女を抱えるようにしてパトリックが立っていた。女の顔もキャシーに変わっている。私の笑い声が泣き叫ぶ声に変わる。
「僕が守る」
肩を抱き寄せられた。この声はミキトだ。
どうしてみんながここにいるんだ。そう呟いた声は混沌とする記憶の中に吸い込まれていった。