Procyon
読み方:プロキオン
意味:先立つ者
後に『リンの涙が降り注いだ日』と呼ばれた日を思い出し、ヒカルは目を伏せた。あの時のアンリの憔悴しきった顔を彼女は一生忘れないだろう。常に笑顔でリンとの研究の日々を語り、楽しそうに笑っていた彼女の面影は、今は感じることができない。やっと2年が経ち、笑顔を取り戻したというのに。パトリックは何故、今それを思い出させたのだろうか。
「ヒカル」
不意に名前を呼ばれて顔をあげる。目の前にはミキトが立っていた。
「パトリックを責めないで欲しい……今それを思い出すことは、仕方のないことだったんだ」
ヒカルは「わけがわからない」と呟いた。
「皆もそう思ってるでしょ?」
アンリが口を開く。
「だけどね、師匠が……リンが残した冊子の解読がやっと終わったのよ」
その言葉に場の空気が変わった。
「本当なの?!」
ハルがミヤビの手を強く握りながら言う。ミヤビが顔をしかめていた。
「本当だよ、ハルくん」
パトリックが言う。そして冊子を開いた。白紙を埋め尽くすように並べられた漢字の数々と奇妙な数式。
リンは船内唯一の中国人だった。中国語を堪能に理解できる人間は1人も船内にはいない。だから、中継が途絶えた後の解読が進まなかったのだ。
「リンによると、やはり感染源はわからないらしい。だが、空気感染も何もないことが判った。そして彼女の体内から接種されたアメーバが、船内では生きてはいけないことも」
淡々とパトリックは続ける。
「そして、誰かが彼女にアメーバを接種させた可能性があることもだ」