誰が何と言おうとも
◆作者処女作につき誤字脱字等ありましたらご一報ください。
私の親友は悪女だ。
男の扱いがうまくて、嘘が得意で、金持ちで、傲慢で、気に入らない奴は貶め、辱め、捨てる。切り捨てる。
王道の悪女とでもいおうか。覇道の悪女とでもいおうか。
彼女は、ひたすらに甘やかされてきて、ひたすらに鼻持ちならない嫌な奴。
人のものは欲しがって、人であろうが物であろうが、親の権力で巻き上げる。
自分が世界で一番のお姫様だなんて、痛い妄想をただただ純粋に信じてる。
人を見下すのが当然で。自分がちやほやされるのが当たり前で。
見た目はよくともそれだけで、頭がいいわけじゃない。
家柄がよくともそれだけで、彼女自身に力があるわけじゃない。
ただただ、人に嫌われる要素しかない可哀想なバカな子。
親友たる私とて例外ではなく、彼女にすべて奪われてきた。
彼氏だったり、友達だったり、大切なアクセサリーだったり。
元々彼女の親の圧力に屈して、友達に任命されてしまっただけ。
でも、それでもね。
違うんだよ。
◇
半年前にやってきた転校生。
淡い栗毛に光の加減で琥珀色にも見える瞳。可愛らしい、愛らしいと、学園の人気者なイケメンたちに愛され始めた。優しくて、甘くて、まるで聖女のような、我が親友とは真逆な子。
正道に王道で、作り物みたいに天使のような子。
「いじめはダメよ!」
そんな陳腐なセリフで、初めて我が親友を戒めた子。
そして、彼女を断罪する者。
「百合香さん! 皆に謝って!」
謝れコールが鳴り響く。
全校生徒の声が合わさって。
ああ、確かに彼女にいじめられたやつも、貶められたやつも、はめられたやつもその中に何割かは存在するのだろうけど。
地響きのように低く、強く。彼女を責める。「あーやまれ! あーやまれ!」と。
顔面蒼白で、冷や汗もかいて、御自慢の長い黒髪はぐしゃぐしゃで。
項垂れて、かすかに震えさえして。
彼女が―――百合香が、こっちを見る。
「たすけて」と、震える唇がつげる。
この瞬間湧き上がるそれを、しいて言うなら。控えめに抑えて、抑えて、抑えて言うのなら。
――――興奮、というのだろう。
全身を巡る血が沸き上がったようで、浮かび上がる笑みを、抑えることなんてできなかったのだから。
「黙れ」
と。私の口から洩れたのは、意識したのをはるかに上回る低い声。
すたすたと、百合香を守るように、転校生とイケメン生徒会諸君の前に歩み出て。
「真純、さん?」
戸惑ったような顔の転校生、警戒して彼女をかばうように立つのは、生徒会長だったか? たしか、百合香の婚約者だったはずだ。ああ、そういえば、百合香が「盗られた」って喚いてたかな。少し前に。
転校生と彼女をかばう忠犬と化したイケメン諸君に微かに微笑を向けて、百合香を振り返る。座り込んでしまって、白い肌をさらに青白くして、怯えるように震える瞳と目があった。
かがみこんで、ふっくらとした頬に手を当てて、怯えから戸惑いに変わるのを確認してから抱きしめた。
「だぁいじょうぶよ。そんな顔しなくても。私はいつだって百合香の味方。ゆりの味方なんだから。大丈夫。私はあなたの味方だからね。世界中のすべてがゆりの敵にまわろうと、私だけはゆりの味方。だって、ねぇ、ゆりぃ? ずっと、ずぅっと、そうだったでしょぉ? 生まれる前からそうだったでしょう?」
「ま、すみ?」
「ん? なぁに? ゆり」
強張っていた、力が抜けていく。
いいよ。何も考えなくていいんだよ。全部、全部。
私が終わらせてあげるからね。
百合香が悪い事なんか知ってる。わかってる。
転校生が正論だ。彼らが正義で、百合香はどうしようもなく悪役だ。
「真純さん? 何で百合香さんをかばうの? 真純さんだって、百合香さんに、いろいろ奪われたりとか。無理やり友達にされて、こき使われたりとか。友達になったのだって、百合香さんのお父さんの命令なんでしょう!?」
「……転校生、貴女が何でそこまで知ってるのかとか、めんどくさいから聞かないよ。貴女の言葉は真実で、正論で、正義だよ」
腕の中の妙に小さく感じる体が微かに震える。
それをなだめるように背中を撫でて、百合香の首元に顔をうずめる。
いい匂い。花の匂いだ。
「百合香はさぁ、最低だよ。人間としておかしくて、馬鹿な大人に甘やかされたせいで、わがままだしさ。私だって、確かにいろいろ盗られたよ。人を馬鹿にするのがスタンダードだし。気に入らないものがあれば全部削除。後始末は私に押し付けるしねぇ。めんどくさいったらないお姫様だよ」
「じゃあ」
「でも、それがどうした」
背を向けて百合香を抱きしめたままでもわかる。
騒然とした周囲。唖然としている転校生。あっけにとられた逆ハー要員。
そして、何を言っているのかと、身じろぎする百合香。
「ゆり、目を閉じて、耳をふさいで。絶対に聞こえないように」
耳元で小さくそういえば「え」と、戸惑ったように声をあげる。
「いいから」
促すように言えば、言うとおりにする。どこまでも追いつめられた親友を抱き上げる。
文字通り、世の女の子が憧れるというお姫様だっこというやつで。
「な!?」
「ゆり」
驚いて目を開け、耳をふさいでいた手をはずす百合香をたしなめるように名前を呼べば慌ててまた視界を閉じ、世界から閉じこもる。
うん。それで、いいんだよ。
百合香を姫抱きにしたまま振り返れば、本気であっけにとられ、ポカンと口を開けた、間抜け面した転校生。
しょうがないね。
「こんなイベント、なかったんだからビックリだろう?」
普通の声量で、場をはばかることなく問いかければ、一瞬の間抜け面の後、ハッとしたように顔を赤くする。
「あ、あなっ」
「確かにね。この子はバカで、最低で、最悪で。この子に傷つけられたやつらには御愁傷様と言わざるを得ないね。でも、だから? 私はゆりを愛してるし、ゆりはわたしのすべてなんだよ。汚れ仕事を負わされようと、大事なものを盗られ、壊されようと、馬鹿にされようと、脅されようと。やっと見つけたんだ。ずっと探してたんだ。この子は私だけのもので、この子は私のすべてなんだよ。今度こそ守るんだ。今度こそこの子を幸せにするんだ。私の手で、私だけの手で。盲目的に、私しか頼れないように。私にはゆりしかいないように、ゆりにもわたしだけでいいんだ。ありがとう、転校生。ありがとう、主人公。メインヒーロー生徒会長璃条久遠クリア後の全校生徒による悪役ライバル西條院百合香の断罪イベント。私はこの時を待ってたんだよ。ゆりがわたしに助けを求める時を、ゆりが私だけを見る時を、ゆりに私しかいなくなるこの時を。やっと見つけた。愛し続けた。この子を、ゆりを。独り占めできるこの時を、手放してたまるか。唯一の懸念材料は君がほかをクリアするんじゃないかってことだったが、懸念は懸念に過ぎなかったようだしね」
「な、なによそれ」
「この子に改心なんてさせないし、この子に謝罪なんてさせないよ。この子の周りは敵だらけでいい。この子に味方なんて、私以外にいなくていい。というかいらないよ。この子にも私にも、君らなんていらない。ゆりには私だけでいいんだよ。全部全部、ゆりの為だったらなんだってするさ。ゆりの望みなら、何であろうとかなえるさ。その為にこの子を孤独にしたんだ。孤立させたんだ。悪女っぷりを加速させたんだ。甘やかし続けたんだ。ちやほやし続けたんだ。愚かでバカで、疑うことを知らない純真無垢な悪女。矛盾だと思うかい? でも真実さ。この子には、私さえいればいい。邪魔はいらない。欠片でも、私以外の人間がその心に居座るだなんて許さない。だからね、もう何もいらないんだよ。私だけでいい」
「く、くるってる!!」
「そうだね、私は狂ってる。ずっとずっと前から。生まれる前から。前の時から。ずぅっとね」
「じゃあね、愛すべき立役者たち。この子はもらっていくよ。だって、君らには必要ない、いらない子だろう?」
◇
ゆりと私は、前世でも親友だった。
ゆりは恵まれない子だった。可哀想な、不幸な子。
愛を知らず、満たされることを知らず。だからこそ貪欲で、強欲で、強奪者だった。
人から奪い、欲しがり、それで得たものでも満たされない。
可哀想な子。
でも、その頃のゆりには私だけだった。私にも、ゆりだけだった。
なのにある日突然、ゆりは私の前から姿を消した。
何故だろうか、あんなにも愛していたのに。何でもしてあげたのに。全部、全部あげたのに。
足りなかったのだろうか。
言ってくれたらいいのに。
なんだって、してあげるのに。
別れも唐突なら、再開も唐突だった。
ただ、ゆりは、物言わぬ体に成り果てていたのだけれど。
私から離れるからだ。
唯一ゆりを幸せにできる、この私から離れるから。
みすぼらしく朽ち果てて、辱められて死ぬのだ。私から離れるから。
涙は出なかった。
涙なんて出そうもなかった。
今度は、と。
今回はダメだった。この子を幸せに出来なかった。
じゃあ、次は? 次にかければいいじゃないか。きっと次がある。
根拠なんてない。ただ信じて、私は私を殺した。
◇
最初は気が進まなかった。
父が苦々しい顔で言った。
すまなそうに言った。苦しそうに言った。
「西條院百合香と友達になってくれ。そうでないとうちの会社は」
ぎりぎりと奥歯をかみしめながら、必死にそういう父に正直ドン引きしたのだけれど。
まあ、そうしないと生きていくのに支障が出るということは幼いながらに理解したから。
幼いなりに素直に頷いたのだ。
百合香に初めて会ったのは、その翌週のことだった。
ふわふわとした白とピンクのドレス。私が来ていたシンプルなワンピースではなく、まさしくお姫様が着るような。多少の着られている感はあったものの、それでもすごく似合っていた。
子供特有の細くて柔らかな髪。産毛の見える柔らかそうな頬。
「あ、あなたがわたくしのおともだちでしゅのね!」
真っ赤な顔、いっぱいいっぱいのような、照れた顔。
思い出した。
全部、前世を。ゆりを。そしてこの子がゆりだとすぐに理解した。ここが乙女ゲームの世界だということも。この子が悪役であることも。
やっぱり、次があったじゃないか。
なら今度こそ。このチャンスを無駄にしてたまるか。
「初めまして、一ノ瀬真純です。お友達に、なりましょう?」
狂ってる? 知ってる。異常? 知ってる。
だから何だ。
それでも変わらない。私の愛は。友情は。
歪んでいようと、狂っていようと。
誰が何と言おうとも。
これは愛だ。友情だ。この世で最も尊き愛だ。
誰が何と言おうとも、これが私の愛だ。
――――
一ノ瀬真純
ゆりの事以外では正常に常識人。
ただすべての中心がゆりなため基本的にとち狂ってる。
多少狂ってる自覚はあるが、全てはゆりへの愛の為。
前回ゆりが消えたのは、自分から逃げたためだと心の奥底で理解しているため、若干猫を被っている。
「次」を望み、悪役に振り回される可哀想なモブに転生した。
西條院百合香
前世名はゆり。
前回は真純からの愛の重さと異常さに気づき逃走。前世でも人から恨まれやすいたちだったため、真純から離れてすぐ殺された。
今回は真純に言いように甘やかされ、許され続けて育つ。その為実は原作乙女ゲームよりえげつないことをしていた。(後始末は真純が行ったため完璧)
転生者だが、前世の記憶は一切ない。
乙女ゲームじゃなくてもよくねとか言わないでください。
作者本人が一番思ってます
女の子のいきすぎた友情が好きです。友情です。愛情です。
この作品において恋慕はありません。