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若紫

作者: ともとも.com

よく来たな。

元気にしていたか?


そうか。


何、お蘭の事を知りたい?

お前、お蘭に気があるのか?

まぁ良い。

特別に茶飲み話に話してやろう。




お蘭の生家は父の代に織田家に仕え始め、俺の跡目相続や尾張の国取りに尽力してくれた。その功績で俺が城持ち大名にしてやった。

お蘭はその城で生まれ、大名家の子息として育てられた。

まだまだ童の頃に初めて会ったが、すでに同じ年頃の子供より数段上の美童ぶりだった。

父親の可成が討死したのは、お蘭が六歳の頃だった。

当時は浅井・朝倉と合戦中で、包囲されつつあった俺を逃がす為に無理に城から撃って出ての死だった。

城と所領の管理は当座、可成の遺臣達に命じた。

正室のえいは出家し、新たに建立した菩提寺に篭るようになったらしい。


戦が一段落して岐阜城に戻った後、金山城に上使を遣わせた。

出家したえい、次男の勝蔵、家老の各務兵庫への出頭命令だ。

森家の嫡男は既に討死していた故、次男坊を呼び出した。

森家の一行は直ちに来た。

そこで勝蔵は俺が烏帽子親になり元服させ、長可と名前を改め、若干十三歳で森家の当主とした。

森家は本拠である金山は所領安堵したが、可成が護り討死した近江の宇佐山(坂本)は返上させた。

その時にお蘭の出仕も言い渡した。

さすがに六歳は幼すぎるので、十歳になればと言う猶予付きにした。

その時に俺はこう言った。

「三男の乱丸を俺の小姓に召し上げる。ただし、十歳までは森家に預け置く。精進させよ」

以降、森家ではお蘭は俺からの預かり物と云う扱いになったらしい。


勿論、それまでも勉学や武芸の基本は学んでいただろう。

だが、俺の一言でそれらは英才教育というべき物になったそうだ。

あらゆる学問、武芸、馬術は勿論の事、行儀作法、立ち居振る舞い、舞踊、楽器、立花(生け花)、茶道など、ありとあらゆる教育を受けたと言っていた。

気が付けば、出仕までの四年の猶予はあっという間に過ぎていた。

お蘭が十歳になった春、出仕の催促に羽柴秀吉を遣わせた。

まだ幼さを残しながら、凛とした美しさに驚いたらしい。


直ちに出発の用意が整えられ、お蘭は翌月には安土へ居を移した。

そして、5月12日。

城を空けていた俺の帰城を待っての初出仕となった。

「美濃、金山城主・森長可が弟、乱にございます。

幾久しくお願い申し上げまする」

「乱、面を上げよ」

俺の言葉を受けてお蘭が顔を上げた。

俺の想像を超える美童ぶりにまじまじと見つめてしまったのを覚えている。

お蘭は恥ずかしくなったのか顔を伏せた。

ガタン!

俺は立ち上がり、お蘭に近付いた。

細い顎に手を掛け、伏せた顔を上げさせた。

「幼き頃も随分と可愛らしい童だったが、美しく育ったなぁ。

やっと綻んだ蕾がこれから更に咲いて行くのを楽しむとしよう。

これよりお前は俺のものだ。

俺の為だけに生き、仕えよ。

三左が付けた名は乱だったな。

俺の側仕えには向かぬ名だ。

城での呼び名は蘭としよう。

お前の新たな名は蘭丸だ。

俺からはお蘭と呼ぼう。

いいな」

「畏まりましてございます」

そう言って平伏する所作がなんとも言えず美しかった。

「仙千代、小姓部屋へ連れて行け」

俺はお蘭を小姓頭の万見仙千代に預けた。

俺は結構忙しいのだ。

いつまでも新入り小姓を構っている時間がなかった。

後で仙千代から面白い話を聞いた。

俺の前を下がったお蘭は廊下の角を一つ曲がった時、立ち止まってしまったそうだ。

身体の芯から震えが起こり歩けなくなり、無意識に強く自分の身体を抱き込んでいたらしい。

家臣たちが居並ぶ中で堂々と挨拶できる豪胆さに驚いた後だったので、その様子に仙千代が呆れたと言っていた。


普通の者は誰か重臣の推挙で小姓に上がる。

が、お蘭は俺自身が命じて小姓にした。

大名家の子という事もあり、仙千代もいろいろ配慮したらしい。

お蘭は勤め始めた早々から頭角を現し始めた。

記憶力が並外れて良く、周囲への配慮も目を見張る物があった。

加えて、あの容姿と立ち居振る舞いである。

小姓として必要な様々を自然に、だが人の数倍の速さで身に付けて行った。

勤め始めて一年も経つと、年長の小姓より役に立つようになっていた。

俺は能力のある者は優先して使う主義だ。

お蘭を重用するようになったのは、当然の流れだろう。

だが、出る杭は打たれるものだ。

この頃から同僚達と軋轢が出来始めたらしい。

初めは幼稚な嫌がらせだったらしい。

お蘭も騒ぎ立てる程ではないと放置していたと言っていた。

それが悪かった。

嫌がらせは陰湿化していった。

俺が気付いた頃にはお蘭も精神的に疲れ、仕事に影響が出る寸前までになっていた。

俺は仙千代に事実関係を調査させると共に、お蘭を俺の側から離さないようにした。

昼は側に控えさせ、夜は寝所に呼ぶようにした。

初めは安心して眠れる場所を与えるだけのつもりが、二人だけで語らう内に愛しくなった。

お蘭の想いを確かめた上で、その身を抱いた。

仙千代の調査を受け、嫌がらせをしていた首謀者数名は職を解き放逐した。

正々堂々とした競争は歓迎するが、卑劣な足の引っ張り合いは見苦しい限りだ。

そのような輩は俺の家臣には不用なのだ。

憂いのなくなったお蘭の仕事ぶりは以前にも増して素晴らしかった。

小姓としては仙千代の次席となり、やがて仙千代同様に小姓の枠から外れた仕事をこなすようになっていた。

若過ぎる程若いお蘭だが、その天性の能力を花開かせて行った。

俺の閨に侍っているので色小姓という目で見ていた側近や武将達に一目置かれるようになるのにも時間はかからなかった。

俺はお蘭に専用の仕事部屋を与えることにした。

お蘭の扱う書状が重要性や機密性の高いものになっていたからだ。

大人数が集まり人の出入りも多い小姓部屋では何かと不都合だったのだ。

場所は小姓でもあるお蘭の利便性を考慮して俺の執務室の隣にした。

それが俺たちの結び付きを更に深めることになった。


仙千代が討死したのはお蘭が十五になった年だった。

俺は直ちにお蘭を後任に立てた。

そして、仙千代の喪明けを待ってお蘭を元服させた。

小姓衆は俺直下の組織であり、その筆頭である小姓頭は側近でも上位にある。

さすがに元服前の子供では箔が付かないのだ。

とは言え、お蘭の無粋な武将姿は見たくないので、前髪を落とすだけにした。

式の為に止む無く切った髪もすぐに伸ばすようにした。

戦には出す気がない事を告げたのはこの頃だった。

事務方として将来を期待していた仙千代の死は俺にとって誤算だった。

お蘭を同じように失くす愚を犯す気はない。

兄の長可からはお蘭の初陣について再三の願い出があったが即時却下していた。

お蘭は俺の考えを理解し、事務方として俺を支える決心をしてくれた。

今では外交の才も発揮して方々へ使者に立っている。

今も京へ遣いに出している。

武家伝奏の勧修寺晴豊とやり合っているはずだ。

公家相手に慇懃無礼に重箱の隅をつつく手腕は大したものだ。

いずれ俺の望む結果をもぎ取って来るだろう。


俺にとってのお蘭の存在意義?

織田家にとっては優秀な事務・外交担当者であり、俺個人にとっては大切な恋人だ。

誰にも譲るつもりはないし、大切に愛している。

下心丸出しで近づくなよ。

あれの全ては俺の物にだからな。


わかったな。






森乱丸について調べていたら特殊性に驚きました。本能寺で一緒に亡くなった他の小姓は生年不明、出自不明が当たり前の中、彼だけは全てが分かっていて生前のエピソードまである。生家が大名家として残った為もあるでしょうが、レアケースと感じました。その勢いで書いた話です。年齢な史実で間違いがあれば、こっそり教えて下さいませ。

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