蛇足
読んでも読まなくとも。
『どうなった?』
「ああ、ダメだったよ。
章太郎は、やっぱり、許してなかった。」
女性―化島にメルと呼ばれた―は誰かに電話をしている。
声音は、残念そうというよりも、深い深い笑みが浮かんでいる。
『あくまで、事故死か病死っぽく見せてくれ、だそうだ。』
「下手に、強盗のせいとかになると理事長困るもんね?」
『・・・それに、メルには好都合だろう?』
「どうだろうね。」
◆◇◇ ◆◇◇ ◆◇◇ ◆◇◇ ◆◇◇ ◆◇◇
宿直室。
もう、空が白んできている頃合。
だけど、新聞配達がまだ出ていないようなそんな時間。
「な、な、なんで、裄瀬!?」
「う~ん、幾つか依頼主がいまして。
化島章太郎と妹尾舞人殺しましたでしょう、センセ?」
「!!?」
「妹尾の甥っ子からと章太郎本人から、『殺して欲しい』というのと。
何よりも、尊い“普通”を奪ったのなら、ねぇ?」
部屋の隅に追い詰められた教師と元生徒。
元生徒は、深く深く笑んでいる。
「センセ、覚めない悪夢を貴方に。」
眼をあわせ、そうつぶやく。
その瞬間、教師の精神は少なくとも、この世界から乖離した。
心臓が止まるその瞬間まで。
妹尾舞人にしたように弄び、その胴体に乗って首を絞め、絶命するまでを。
化島章太郎にしたように、夜の校舎を追い掛け回し、捕まえ窓から落とすまでを。
繰り返し、繰り返し、幻影を見てそして、体験した。
それ以外、出来ないのなら、教師はもう死んでいたのだろう。
少なくとも、ただ、その幻影の中で生きるのは、呼吸するだけの血袋なのだろう。
数時間後、書類仕事をしに来た同僚教師が、恐怖に顔を歪ませたその教師を見つけた。
まだ、温かかったが、事切れていたという。
「だって、“普通”は尊いわ。
私が手に入れれなかったかもしれないけども。
それでも、学校に行って卒業して、就職して、結婚して子どもを生むって何よりも、得難いものだわ。」