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第5話:吊り橋効果

「念のため確認するが、ソフィア・シェーステットとカリーナ・シェーステットだよな? 俺はギルドの依頼で二人の救助に来たんだけど……」


 アドバイス通り、きちんと視線で姉妹を区別していることを伝える。

 漸く思考回路を取り戻したのか、二人は開いたままだった口を閉じる。

 先に声を発したのは、カリーナ・シェーステットだった。


「あ、ありがとう。助かったわ」

「おう。どう致しまして」


 お使いに行ってくれた礼のような軽々しさを覚えてしまう彦丸の言葉に、カリーナは漸く落ち着いてきた思考をまたしても混乱させかけた。何にせよ、彦丸が二人を救ったのは間違いない。少なくとも、馬車の傍で呻いている豚よりは信用できる。


「ほら、お姉ちゃんも……」


 カリーナが背後で黙っているソフィアの腕を引き、彦丸の前に立たせる。

 振る舞いだけならカリーナが姉と見られるのも仕方ない。情報を無償で教えてくれたキアランに彦丸は心から感謝して、眼下の少女と対面する。

 ソフィアはどこか、ぼーっとした表情で彦丸に視線を注いでいた。

 混乱というより、思考を放棄しているようだ。


「……格好良い」

「へ?」

「え?」


 まさかのカミングアウトに、彦丸だけでなくカリーナも驚愕。

 頬を紅潮させたソフィアは自らの一言を訂正する気を見せず、恥ずかしそうに顔を逸らしてはちらちらと視線だけを彦丸に向けている。


「あ、あの、えと……お、お名前は、何というのでしょう?」

「ちょちょちょ、ちょっと待ったお姉ちゃん! こ、こっち来て!」


 ドタドタとソフィアを引っ張って行くカリーナ。

 置いてけぼりになった彦丸は、ソフィアの呟きの意味を考えて、ムフフと笑みを零した。まさに思い通り。吊り橋効果で恋心ズッキュンとはこのことだ。

 ソフィアもカリーナも、かなり容姿が整っている。姉の方は銀の長髪にウェーブがかかっており、妹の方はストレート。どちらも結んでおらず、腰まで垂らしている。紫の瞳も、姉の方はまん丸で可愛らしく、妹の方は少し尖り気味だ。上手いこと互いの性格を表しているその容姿に、彦丸は心の中で親指を突き立てた。


 白を貴重とした軽装とは言うが、動きやすそうなだけで露出度が高いわけではない。特にソフィアはその辺りを慎むよう心掛けているのだろう、妹とくらべても控えめな格好をしている。かと言ってカリーナの格好が無駄に肌を見せているのかと問われればそうではなく、彼女の場合は健康美を彷彿とさせるスタイルだ。


 守りたくなる小動物系のソフィア。

 気楽に接せる男勝り系のカリーナ。

 彼女たちにサンドイッチされたら……もう死んでも良いかもしれない。


「だ、だって、強いし。それに……私のこと、カリーナと間違えなかったし」


 姉妹丼を平らげる妄想を広げていた彦丸の耳に、二人の喧騒の内容が届く。

 それはそうだけど、と返事を渋るカリーナは、ソフィアの恋路に反対なようだ。まあ確かに、冷静に考えると、今日会ったばかりの男に惚れるのは少々浅慮な判断だとは思う。彦丸としては嬉しい限りなので、特に提言することはないが。


「待たせたわね」

「いや、別にそこまで待ってないけど、何か疲れてないか?」

「いつもお姉ちゃんには苦労させられてるけど、それにしたって今回は特に酷いわ」

「ご、ごめんねカリーナ」


 ウルウルと涙目になるソフィアに、カリーナが「うっ」と鼻白む。

 ウサギのようなその愛くるしさに、彦丸は抱きつきたい衝動に駆られたが、己の全神経を総動員して何とか未然に防ぐ。その目は駄目だ、反則だろう。


「……はぁ。取り敢えず、移動しましょ」

「だな。ところであの男はどうすれば良い?」

「さぁ? 好きにすればいいんじゃない」

「じゃ、放っとくか」


 願わくば、この放置プレイで黒スーツの男がMに目覚めんことを。

 ソフィアの腕を引いてあげるカリーナに姉妹愛を感じ、ほっこりとしながら彦丸は二人の後を着いて行く。いつまでも見守ってやりたい二人だ。


「あ、そっち違うぞ。兵士が待機しているのはもう少し左の方だ」

「こっちの方が近道よ。兵士には後で連絡しとくわ。勿論、あなたの報酬もね」


 なら問題はないか、と彦丸は了承の意を伝えた。

 馬の足では通れないような岩場を進み、落ち葉のカーペットを延々と踏み続ける。山道ではなく、ただの山でしかないが、迷わず突き進んでいるので道は確かなのだろう。いざとなれば彦丸がどうにかすれば良いだけだ。


「アンタ、強いのね」

「そうだな。これでも自信はある」


 ここで謙虚になられたら寧ろ嫌味だ。

 そんなことを思いながら、カリーナは彦丸の容姿に注目する。

 汚れの目立たない黒の学生服に、動きやすさを重視したスニーカー。先の剣士と比べると、とても強うそうには見えないが……事実として、彦丸はあの剣士に徒手空拳のみで勝っている。見た目に出ない強さという点に、カリーナは興味を示した。


「それだけ実力があれば、学園では人気者なんじゃない?」

「学園? いや、俺はどこにも通ってないぞ」

「でもその服、学生服でしょ?」


 あー……、と言葉を濁して、誤魔化し文句を作るための時間を稼ぐ彦丸。

 軽率だった。いや、予想はしていたが面倒臭いという理由で深く考えていなかった。服装にも気を遣うべきだと、ここにきて反省する。


「俺、今までずっと森で暮らしててさ。服は祖父が調達してくれたから、あまり詳しいことは知らないんだ。当然、世間知らずだし常識も抜けている」

「常識があったら私たちにそんな口の利き方をしないわ」


 今の彦丸は便宜上、平民にあたる存在だ。

 中世ヨーロッパ時代ではまともな戸籍はないと聞くし、不法入国者扱いされることはないだろう。とは言え、身寄りも寝床もない放浪者なことは確かである。

 そんな平民が公爵家の家系にタメ口というのは、無礼極まりない。


「でも私は、その方が気楽に話せて嬉しいですよ」


 天使のような発言だ。

 ソフィアの浮かべる朗らかな笑みに、彦丸は光を見た。


「ま、アンタは敬語似合わなそうだしね。それに、私だって恩人に頭を下げさせるような真似はしたくないわ。今までどおり、その口調でいて頂戴」

「ふむ。公爵家直々の命令だし、断るわけにはいかないな」

「そういう態度が気に食わないから言ってんのよ」

「手厳しいな」


 隣で微笑むソフィアに「何笑ってんのよ」と照れながら肘で突くカリーナ。


「しかしアンタも、森に住むなんて奇っ怪な真似するわね」

「生まれた瞬間から森にいたから、俺の意志なんて全くないさ。……それより、そろそろ自己紹介させてもらっていいか?」


 これ以上、森について追及されるのは拙い。

 嘘は重ねる程、綻びを見せるものだ。近いうちにボロが出るかもしれないと危惧した彦丸は、できるだけ自然な流れを装って話題転換を図る。


「そ、そう言えば聞いてませんでした!」


 彦丸の意図を知ることもなく、ソフィアが健気に反応した。

 話題に流れが乗ってきたところで、彦丸は間髪入れずに答えてみせる。


「名前はヒコマル・タナカ。年は十五だ」

「簡潔ね。他に何かないの?」

「そうだな……職業、無職!」

「誇れることじゃないし、その年で学生じゃなければ大体そうよ」


 的確に突っ込みに、ご尤も、と呟く彦丸。

 実は趣味や特技まで、何から何まで言おうと考えていた彦丸だが、その殆どがこの世界にないかもしれない可能性に気づいたのだ。ゲームや漫画が趣味と言ったって二人は首を傾げるだけだろうし、特技と言えば妄想だがこれは公言すべきでない。


「ちなみに家もない」

「森で暮らすのは止めたんですか?」

「ああ、やっぱり不便だからな。……何だ、森から出て来て欲しくなかったか?」

「そ、そんなことないですよっ!?」


 慌てふためくソフィアの姿にキュンと来る彦丸。

 一定の信頼を得ているからこそできる、弄り弄られの関係。ソフィアは後者にかなりの適正があると見込んで試しにからかってみたら、想像以上の破壊力と来たものだ。

 ソフィアが「違いますよ……?」と言いながら涙目と上目遣いのコラボレーションを繰り出す。止めてくれ心臓がブレイクしてしまいそうだ、と彦丸はかなり必死に堪えていた。


「お姉ちゃん困らせんな」


 首筋にひんやりとした感覚を味わい、彦丸はゾッとした。


「冗談。冗談だから」

「冗談でも困らせんな」

「ごめんなさい」


 素直に謝罪した彦丸に、カリーナがいつの間にか抜いていた剣を戻した。

 どうもカリーナは真性のシスコンであるらしい。実はキアランの話をやや半信半疑で聞いていた彦丸は、それが全て真実であることを悟る。


「ま、王都には数え切れないくらい宿があるし、住む場所に困ることはないでしょうね。森を出て真っ先に王都に来たのは良い選択よ」


 狙って来たわけではないが、折角機嫌を直してくれたので同調しておく彦丸。

 存外、森育ちという事実を疑われていないことにほっとした。


「でも、学園に通わないのは勿体ないわね。王都にある学園の寮は中々豪華よ」

「公爵家から見てそうなら、俺から見ても間違いなさそうだな」

「ええ。それに、行事を利用すれば楽園への挑戦もできるし」


 また楽園か……彦丸はそろそろ、真剣にこの言葉の意味を尋ねようと決意した。

 万が一にもそれがハーレムという意味ならば、この世界は相当な数の好敵手がいることになる。目の前のカリーナもまた然り。

 楽園とは何か。彦丸がカリーナにそう聞こうとしたそのとき、


「あ、あの! 提案があるんですけど!」


 小柄な体躯をぴょこぴょこと跳ねさせて、ソフィアが存在をアピールする。

 その紫の瞳が微妙にカリーナを責め立てているのは気のせいではない。さっきから彦丸と話しっぱなしである妹が、姉には羨ましくて仕方ないのだ。本当ならソフィアだって積極的に会話したいが、如何せん彼女にとってはこれが初恋。実は先程から幾度と無く勇気を振り絞ってきたが、殆ど直前で緊張に敗北している。


「……ぇ」


 ズイと押し退かされたカリーナが、この世の終わりみたいな顔をする。

 姉に敵意を持たれたのが相当ショックらしい。しかしソフィアは彦丸以外を見ている余裕を持っておらず、カリーナの大変な心境なぞ露知らずの状況だ。

 複雑な乙女心がやっとのことで紡ぎ出した言葉は、


「よ、よければ、私たちと同じ学園に通いませんか?」


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