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第4話:姉妹救出

 ゲームに関する用語で、チートというものがある。

 直訳で「ズル」という意味であるこの言葉は、その性質故にあまり本来の意味として使用されない。この場合、チートとはズルをした結果得られる性能……つまり、本来は有り得ない性能、機能に対して用いられている。


 彦丸の持つ人類最強の力とは、まさにチートそのものだ。

 駄女神から与えられた、ズルして入手した力という意味でも。

 その性能が馬鹿みたいに強大であることも。


「えーっと……取り敢えず形状は波にしとくか。薄くて、無色透明で、人に感知されないくらい微弱なものにして……後は、範囲内の情報についてだな」


 子供が紙粘土をこねくり回すように、彦丸は自身の内包する力を弄る。

 朧げにだが、この力では何が可能で何が不可能なのかが見えてきた。この世界に来たばかりの頃と比べて、より自らの手で操っているという実感を得る。


「ま、今はそこまで凝る必要もないか。――よし、完成!」


 紙粘土の形が決まったので、一思いに固めてしまう。

 そうして出来上がったテンプレートを、彦丸は早速行使した。


「――『叡智の凝望イスカンダリア』」


 如何にも中二病である彦丸が命名しそうなその魔法。

 しかし、注ぎ込まれた力の膨大さが、効果が確かであることを証明している。

 彦丸を中心に、放射状に魔力が放たれた。水面を波打たせる波紋のように、魔力は軽やかに大気を滑って樹海を潜り抜ける。その過程で――。


「……こいつらか?」


 波紋から読み取った無数の人型シルエットの内、不自然な動きをしている者が四名。

 しかも全員が同じ場所だ。ここから樹海に入って行った冒険者は誰一人として集団で行動していない。後で合流したとしても、各々の目当てのために協力するというのは得策ではないだろう。好感度も報酬金も山分けになってしまう。


「確認しないことには始まらないな」


叡智の凝望イスカンダリア』を解除し、彦丸は足に力を入れる。

 今ので大体の距離と方角は把握できた。後はそこへ向かって、一直線に進めばいい。

 脚部に熱が篭もり、血液が煮え滾る。身体が、皮膚が、筋肉が、骨が、細胞が……全てが強化されているのをこの身に感じ、彦丸は地を蹴った。


 轟音が鳴り響く。

 雷が降ってきたような豪快な音に、幌馬車付近で待機していた兵士が肩を跳ねさせた。使い切れなかった魔力の残滓が大気に漏れ、キラキラと翡翠色の粒子が散る。


「出力高過ぎるか、もうちょい抑えめに……」


 一瞬の内に鼻先まで迫る樹木を、強化された動体視力と身体能力で回避。

 二歩、三歩と続けていると音は控えめになり、魔力の無駄な浪費も軽減された。

 この調子で行けば後、数秒で目的地へ辿り着く。

 だが、まずは相手が誘拐犯か確かめねばならない。

 彦丸は目的地の手前で停止し、半身を木で隠しながら様子を窺った。


「――転送陣はまだかっ!?」


 彦丸が木陰から顔を出した途端、怒鳴り声が発せられる。

 見つかったか? と焦燥するが、どうやら人違いらしい

 落ち着いて、そこにいる四人を一人ひとりチェックしていく。

 真っ黒なスーツで身を覆っている男が、先程怒鳴った本人だ。横っ腹が出ており、スーツのボタンが今にも外れそうなくらいギチギチな着込み方をしている。

 その隣で頭を下げるのは、細身の男。和服のような袖の広い上着を肩に羽織っており、腰には一本の西洋剣を吊るしていた。キアランとはまた別種の威圧感を肌で感じるが、慌てる程のものでもない。


 最後に、そんな二人の前で腰を下ろしている銀髪の少女たち。

 角度的に彦丸から彼女たちの瞳は見えないが、銀髪という条件に加え、白を貴重とした形相という条件も一致している。片方は彦丸より少し低いくらいの背丈だが、もう一人は小学生くらいだ。キアランから聞いた身長差についても当て嵌まっている。

 これだけ一致すれば間違いない。

 彼女たちが救助対象者だ。


「気分はどうだ?」


 剣士が二人の少女に声を掛ける。

 光の輪で身体を拘束されている彼女たちは、悔しげな表情を浮かべた。

 背の高い方……公爵家次女のカリーナ・シェーステットが口を開く。


「最低」

「そう言うな。俺とて無傷ではない」


 剣士が胸元の襟を開けば、そこには赤紫の痣が存在していた。位置的に骨が数本折れていてもおかしくないが、それを苦と思わせることもなく、剣士は襟を正す。


「噂は伊達ではなかった。中々良い勝負だったぞ」

「ふんっ、不意打ちして来た癖に何がいい勝負よ」

「あのカリーナ・シェーステットに無策で挑む筈がないだろう。これは君に限らずだがな、貴族の子息令嬢というものは少々考えが足らなすぎる」


 救助対象者の二名は首に、似合わない歪な輪を嵌められていた。

 その他にも手足に枷などと、小娘二人にしては厳重な拘束が施されている。

 いざとなれば傍にある馬車で逃げるつもりなのだろう。黒スーツの男は額に浮かぶ汗をハンカチで拭き取りながら、しきりに馬車へ視線を向けていた。


「無駄口を叩く暇があれば、さっさと私たちを送ってくれ」


 黒スーツの男は言葉こそ激昂したそれだが、顔は焦燥していた。公爵家の娘の誘拐という重罪に今更怖気付いたのか、ソワソワとして立ち止まらない。


「陣は既に完成しています。後は魔力を練り上げるだけなのでもう暫しお待ちを」


 あの剣士と黒スーツの関係は、雇用主と従業員に見える。

 恐らく剣士は雇われているのだろう。共犯者というよりも、用心棒というやつだ。


「こ、これで、私は一歩、楽園に近づくことができる……!」


 黒スーツの男が漏らすその一言に、彦丸は頭を抱えた。

 またか。またしても、楽園か。どいつもこいつもハーレムを目指してやがる。

 何とも悪どい同類がいたものだ。彼と同種の人間とは思われたくない。

 彦丸はあくま王道に則った形でハーレムを作りたいのだ。そも、ハーレムとは相手から向けられる好意が重要なのだから、このような無理矢理といった形でハーレムメンバーを集めるのはハーレム道に反している。まさに邪道。いや、外道の極みだ。


「転送陣、後少しで完成します」

「おお、やっとか!」


 というかもしかして、コイツらは転送陣とやらで逃げようとしているのか?

 ハーレムとは何たるかについて淡々と思考していた彦丸は、今になって誘拐犯の意図を理解する。転送陣とは恐らく、瞬時に目的地へと移動する魔法だろう。

 ここで逃げられたら追う手段がない。

 彦丸は若干慌てて木陰から飛び出した。


「――待て!」


 彦丸が荒げた声を発した直後、そこは戦場へと一変した。

 ひぃっ、と気持ち悪い悲鳴を上げて馬車の中へ逃げる黒スーツの男。置き去りにされたソフィア・シェーステットとカリーナ・シェーステット。

 そして、肉薄する剣士。


「ハァッ!!」

「だらァ!!」


 彦丸と剣士の間で火花が飛び散った。

 剣士の振り下ろした刃に対し、彦丸は魔力の塊をぶつけて勢いを相殺させる。

 大丈夫、視えるし追いつくし痛くも痒くもない――余裕だ。


「ぬぅ!?」


 手応えのなさに、剣士は思わず距離を取る。

 負ける気が全くしない彦丸は、余裕ぶって救助対象者二名の安否を確認した。


「せィ――ッ!」


 目測十五メートルの距離を一歩で埋める剣士は、手元の銀を一閃。

 断ち切られた風は悲鳴を上げ、彦丸の耳を掠る。放たれた攻撃は紛れも無く達人の一太刀だったが、彦丸の動体視力はそれを子供のチャンバラに見せていた。

 軽々と回避する彦丸に、剣士の瞳が苛立ちに燃える。


「ふんッ!!」


 地面を巻き込んだ逆袈裟斬り。

 強烈な勢いで巻き上げられた砂粒は、斬り上げられた剣の纏う風に乗せられて彦丸へと飛来する。それは極小の弾丸の如く、剣と共に風を撃ち抜く――が、しかし。彦丸はそれすらも容易く避けてみせた。


「うわーお、今のすげぇな。砂の散弾ってやつ?」


 後方の樹木に刻まれた粒のような無数の穴に、彦丸は機嫌良くそう言った。

 まるで子供のように騒ぐその姿は、先刻までの攻防を物ともしていない。彦丸の持つ確かな実力が、正気の沙汰とは思えない行動を許している。


「ど、どうした! 早くその餓鬼を殺せ!」


 黒スーツの男が馬車に乗った状態で剣士に告げる。

 だが、剣士は最早、彦丸の目から見ても明らかに戦意喪失していた。


「……無理だ」

「な――!? き、貴様、契約違反だぞ!」

「実力の問題だ。この男、見た目こそ餓鬼だが……尋常じゃない力を持っている」


 剣を鞘に収めた剣士が頭を垂れ、直立不動で固まる。

 それを降伏と見て取った彦丸は「ふぅ」と息を吐いて、黒スーツの男を睨む。


「あらよっと」


 気の抜けるような掛け声を彦丸が放つと、光の輪が黒スーツの男を拘束した。

 探知に使った『叡智の凝望イスカンダリア』とは違い、純粋に魔力を固めただけの輪っかだ。魔法と呼べる程のものではないが、効果としては十分。

 反応が豚のように喧しいので、口も縛っておいた。


「お前はどうする?」


 次いで、彦丸は剣士に問う。

 剣を収めた彼からは威圧感を感じることもなく、自然と声のトーンが緩んだ。


「潔く立ち去らせてもらおう。これでも一家の長だ、ここで捕まりたくはない」

「うーむ。ま、別に良いんじゃね? 俺も救助以外は特に聞いてないし」

「……恩に着る」


 まるで武士のような雰囲気を醸し出す男だ。

 深々とお辞儀する姿は妙に様になっており、堅苦しさの中に誠実さを感じさせる。

 剣士は彦丸と同じように脚部に魔力を込めて、飛ぶようにこの場から立ち去った。


「後は、そこの二人だな。……ほれ」


 彼女たちを縛っていた首輪や枷が一瞬の内に瓦解。

 彦丸が枷の隙間に潜り込むように魔力を流し、内側から破壊したのだ。破片が飛び散って怪我しないように、丁寧に崩して……と、気遣いも完璧である。

 事の顛末を見届けていた筈の二人は一様に口をポカンと開けて硬直していた。


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