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第2話:誘拐事件がお出迎え

 空に投げ出された彦丸は、空中で身体を回転させ、世界の全てを視界に収めた。

 奇声を上げながら落下する。抑えきれない興奮が全身を駆け巡る。薄くなった酸素を満遍なく肺に溜め込み、彦丸は大声で叫んだ。


「いやっほぉぉぉぉぉぉぉおぉぉおぉぉぉぉ――――ッ!!!」


 眼下には、黒々とした深い森。その周辺には草原が広がっている。少し先に見えるのは湖だろうか。どういう原理か、その上には蒼い雲が立ち込めている。

 見渡す限りの大自然は、彦丸にかつてない衝撃を与えてくれた。豆粒のような動物が彦丸の奇声に気づいて顔を向ける。得体の知れない植物が呼応するように蔓をのた打ち回す。世界が自分を迎えてくれている……なんて、都合の良い考えだろうか。


 神の加護を身に纏う彦丸は柔らかな風圧に身を包まれながら、高速で落下。視界が緑と茶で埋め尽くされた直後、連なる木々の枝葉をへし折りながら地面に落ちる。大きな音と、舞い上がる砂塵と共に、彦丸は森へ到達した。


「さぁーて、まずは探索だな」


 街へ向かう前に、森を堪能しておく。

 地球の森ならともかく、ここは剣と魔法が支配する異世界だ。見るもの全てが魅力的に移る今の彦丸にとって、この世界は巨大なテーマパークそのもの。動物、植物、果ては空気までもが新鮮に感じてしまう。


「人類最強の力ってのも、試しておくべきか」


 細かい説明は聞いてないが、彦丸には溢れ出す程の創作物の知識がある。魔法の発動工程……などと、如何にも中二病が好みそうなキーワードなら、幾らでも想像がつくものだ。それこそ、オーソドックスにイメージで魔法を行使するのもあれば、複雑な式を組んで編み出す方法まで。


「そうだな……なるべく被害が少ないもの。念力とかどうだ?」


 物を動かすだけ、と地味な効果ではあるが、まずはそもそも自らの力がどの程度なのかを判別したい。人類最強とは言え、その人類が極めて微弱であれば、連鎖的に彦丸の力も微弱なそれに毛が生えた程度のものとなる。

 手加減をすれば力量は測れない。

 彦丸は目の前に生える一本の木を、打ち上げるように全力でイメージした。


「お、おお……!?」


 ボコン、と地面が裂け、その内側から樹木の根っこが這い出て来る。

 周囲の木と絡み合うそれは、邪魔する障害物を強引に押し退かせ、焦げ茶色の土を振り撒きながらも宙へ飛び立った。

 樹木は上昇し、上昇し……まだ昇る。

 これ以上は肉眼で捉えられない、というところで、彦丸は上昇のイメージを停止。

 すると樹木は空中でピタリと停止した。


「うお、すっげぇ! じゃあ今度は――帰って来い!」


 親に従順な子のように、打ち上げられた樹木は再び大地へと帰還する。露出した柔らかそうな土に、樹木の根本がグサリと突き刺さる。彦丸の命令通り、帰ってきたことには帰ってきたが……あまりに適当過ぎる。地面が避けたままだし、樹木を持ち上げる際に他の木々の根も一緒に絡めてしまったから、殆どの木が傾いている。

 荒々しく、無残な大自然の一角がそこにはあった。


「か、感動……するけど、ちょっと申し訳なくなってきた」


 破壊してしまった自然に、彦丸は腰を折って謝罪する。

 一瞬、魔法で直せるかもしれないと考えた彦丸だったが、直感でそれは不可能であると理解する。理論上、できなくはないのだが……如何せん、イメージが足りない。


「貰い物とは言え、今は俺の力だもんな。使い方がわかるのも当然か。……しかし、今のじゃフルパワーは試せなかった」


 瞼を下ろし、意識を集中させる。

 そうして、自身の内側に眠る力を手繰り寄せると……そのあまりの絶対的な存在に、彦丸は戦慄した。ほんの好奇心で力を解放してみれば、爆発のような圧力が全身から放射状に放たれる。額に汗を浮かべ、慌てて集中を解いて目を開けば、そこには一切の緑がなく、あるのはただ、抉れた大地の姿のみだった。


「……マジかよ」


 驚愕と歓喜が綯い交ぜになり、顔を引き攣らせる。

 しかし、今ので彦丸は己の身体に備わる力の全貌を理解した。

 人類最強の力。それが意味するのは、無形の存在。

 力とは使い様によっていくらでも姿を変える存在だ。彦丸が持つ人類最強の力も例に漏れず、その全貌に形はない。車に例えてみれば、彦丸はパーツこそ一般的なものだが、チャージ可能な燃料の量と最高速度だけは他の追随を許さない性能である。


「ん?」


 ふと、後方に気配を感じて振り返る。

 そこで彦丸が見たのは、獰猛な牙を剥き出しにした四匹の獣。

 足踏みし、こちらの様子を窺っている彼らは、彦丸が過去にテレビで見たライオンが鹿を狩るときのそれに良く似ている。


「丁度良い……」


 周りの惨状を見て尚、攻め込もうという獣たちの勇気に称賛する。

 先の解放で彦丸は、己の力の全貌を……即ち、自分がどの程度の存在なのかも理解した。その上で眼前の獣と相対してみると、驚くほどに恐怖を感じない。

 未発達な歯で噛み付こうとする子犬のようなものだ。

 気が向いたら構ってやる、程度の気持ちしか湧いてこない。


「でもまあ、今の俺は気が向いてるからなぁ……」


 刹那、獣は吠え、彦丸は意識を切り替えた。

 初めての実戦において、彦丸の頭が思い浮かべるのは――無数の妄想。人生の大半を費やして積み上げてきた妄想は、東京スカイツリーよりも高く聳え立つ。

 剣と魔法のファンタジー。愛と友情と戦いに溢れた武勇伝。誇りと覚悟を胸に、血と汗と涙を流す英雄譚。夢にまで見たその世界に存在することに、彦丸は陶酔する。


「燃え尽きろッ!」


 イメージするは、灼熱の炎。

 彦丸にはそれが顕現する確信があった。無形の力に形を与えられない理由はどこにもない。謂わばこれは、万能の力なのだ。

 突如として出現する炎の塊に、獣が身を焦がす。

 決着は一瞬だった。


「ふふ、ふははははははははっ! 俺は――最強だ!」


 昂ぶる精神に拳を何度も天へと突き上げ、ひたすら歓喜を体現する。

 常人なら途中で恥ずかしくなって我に返るのだろうが、彦丸は末期の中二病患者だ。その心の辞書に、恥という言葉は載っていない。


「――さて。そろそろ街に向かうか」


 ここに落ちてくる途中、それなりに整理された舗装道路が目に入ったのを思い出す。憶測でしかないが、あれを辿れば街でないにせよ、村くらいには着く可能性がある。顎に手を添えながら、自分の落ちてきた場所、落ちてきたときの身体の向きから方向を計算。彦丸は鼻歌交じりに先へ進んだ。


 足を動かしている内に、彦丸の興奮は落ち着き、代わりに他の感情が現れた。

 先程から薄々感じていた違和感の正体がわかったのだ。

 彦丸の頭に保存されている数々の妄想話の中に、今回のような異世界転生モノは複数存在する。しかし、今の彦丸はそのいずれにも当て嵌まるようで当て嵌まっていなかった。状況的には寸分違わず同じだが、強いていうならば……心境が違う。


 思ったよりも混乱していない。思ったよりも興奮している。

 唐突に異世界に転生することになって、彦丸は「なんじゃそれー!?」と在り来りな反応ではなく、「よっしゃキタコレ!」と珍妙な反応をしてみせたのだ。


「……中二病補正?」


 仮にこの世界に、ゲームのように"スキル"などという項目があるとすれば、きっと自分にはそのようなスキルが備わっているに違いない。

 とか何とか考えながらも、彦丸は森を抜け、舗装道路へと辿り着いた。

 こうして開けた場所に出てみれば、眼前の森がどれだけ巨大なものかはっきりとわかる。駄女神に特典を与えられなかったら、遭難して悲惨な運命を迎えていただろう。


 舗装道路を歩き始め、彦丸の体感で小一時間が経過した頃。

 漸く見えてきた街の風景に、彦丸は湧き上がる興奮で疲労を吹き飛ばす。

 駆け足で向かったその先には、予想通り中世ヨーローッパ風の景観が広がっていた。


「こりゃ、すげぇな……」


 日本と違い、開放的な姿がそこにある。

 石畳に沿って進んで行くと、噴水のある広場へと出た。ここに来るまでの道のりには左右に露店が展開されており、広場には幾つもの木造のベンチが並んでいる。

 何と言っても、背の高い建築物がないところが魅力的だ。

 仰ぎ見れば抜けるような大空に、前後左右には活気盛んな人と店。

 彦丸のような新参者も、この辺りでは珍しくないのだろう。たまに視線を寄越してくる者もいるが、大抵は一瞥するだけですぐに逸らす。


 田舎……にしては華やかな。

 都会……にしてはのんびりな。

 そんなどっちとも取れない雰囲気がまた、良い。

 すっかり観光気分となった彦丸は、アテもなくブラブラと歩き回った。


「しかし、結局森の中では美少女に会えなかっ――何だあれ?」


 喧騒のような声が聞こえ、そちらを見ればバーゲンセールのように人が密集している。大通りに面しているそこは多少の人集りで通行不可にはならないが、道行く人々がその喧騒に足を止めては自ら巻き込まれていった。

 喧騒が起きるそこは、比較的丈夫そうな木造建築の建物の入り口。

 看板には"冒険者ギルド"と記されている。


「緊急依頼! 我らがエスタリカ王国シドニア公爵家の御令嬢の救助を要請します! 腕に覚えのある方は是非立候補を! 現在、判明している情報は――」


 銀甲冑を纏った兵士の簡潔な台詞にて、状況を悟る。

 エスタリカ王国とは、この国のことだろう。そこの公爵家の娘が人攫いの被害に遭ったようだ。救助対象者は公爵家の長女、次女の二名。外見の特徴としては、巷では見ない高価な装飾を身につけていると言うが、これはあまり参考にならないとのこと。人攫いの逃走経路についてはある程度の予測ができているらしく、彦丸の来た道とは真逆の方向にある山道が怪しいと兵士は述べる。


「外見は銀の髪に、紫の瞳。服は白を貴重とした軽装とのこと。街の中心部から調査をしていますが、未だ犯人の手がかりは掴めていません。交通手段は馬車を利用していることが推測されています。……情報は以上です! 何か手がかりが掴めたら誰でも構いません、随時報告して下さい。受注者は速やかに私へ声を掛けるように! 報酬は公爵家が直々に払い渡します!」


 通常、人の足は馬の足程速くはないが……この世界には、魔法が存在する。

 馬車どころか、飛行機よりも速く走れる自信が今の彦丸にはあった。

 一通り依頼内容を聞いた後、不敵な笑みを浮かべて人集りを割って入る。腕に覚えのある方とは、まさに自分のことではないか。


「立候補する」


 挙手と共に声高らかに宣言した彦丸に、兵士は説明を止める。


「協力感謝します。ギルドカードを提示して下さい」


 ところが、返ってきた言葉は彦丸の予想とは外れていた。

 大きく出た手前、歯切れの悪い返事をする。


「あー……悪い。持ってないんだ」

「では、何か個人証明できるものは……」

「……すまん。逆に聞くが、どうやったら個人証明できる?」

「そこの冒険者ギルドに登録すればギルドカードが発行されます」


 ちょっと無鉄砲過ぎたか、と反省。

 しかし兵士は面倒臭がることもなく、懇切丁寧に説明する。正に猫の手も借りたい状況なのだろう。何せ、相手は公爵家だ。爵位としては最も上であり、王族と何らかの関わりを持っているのが普通である上流階級である。


 兵士に軽く礼をした後、彦丸は言われた通り冒険者ギルドの戸を開く。

 一歩踏み込めば鼻腔に酒の匂いが流れてきたが、状況が状況なので気にする暇はない。人命救助……もとい、森では叶わなかった美少女との出会いを予期する彦丸は、初めての冒険者ギルドに対する感動を押し殺しながら受付へと向かった。



4月末までに十万文字超えたいので連続投稿させてもらいます。


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