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第18話:小遣い稼ぎ

 一応、彦丸は言い訳を考えていた。

 これはつまり、お小遣い欲しさに目が眩んだ結果である。

 厳密には近い将来、学費の払えない未来を危惧してのこと。ほんの数時間前にカリーナにそのような未来の可能性を揶揄されたため、理由としては理にかなっている。

 だからこれは、決して、自分が堪えきれなかったわけではない。

 そう。あくまで、計算に計算を重ねた、必要なことなのだ。


「って、誰に言い訳してんだって話だよな」


 無論、それは自分に対して。

 与えられた学生寮を無断で抜け出した後ろめたさや、数日前の覚悟を早々無駄にしてしまった今の自分に対するものである。


「なるべく早めに戻らねぇと。万一バレたら大変だ」


 無断で学生寮を抜けだした彦丸は、夜の城下町を一人降っていた。

 身に纏うは彦丸のデフォルト装備である学生服。但しこちらは現在所属している学園のそれではなく、地球で着用していた黒一色のものだ。最初は目立つので止めておこうと思ったが、公爵家救出の際、カリーナは彦丸が学生であることをその服装から予測していた。ということは、今の彦丸の服装はこの世界でも割と一般的なのだろう。


「ま、ぶっちゃけこれ以外に服がないわけだけど」


 身元を隠したいので、クフェルト王立魔法学園の制服は使えない。

 ならば残る選択肢は、この旧学生服のみだ。寝間着という手段もあったが、あちらは肌着そのものであり生地が薄く、この時間帯に外を彷徨くには適していない。


 さて、今回の用件はひとつ。

 建前として扱っている金銭的都合も、真剣に考えた末のものだ。

 一人暮らしを続けてきた彦丸は家計というものをそれなりに理解している。だからこそ彦丸はまず、金があることよりも、金を稼ぐ手段の確立を検討した。

 その結果、真っ先に思い浮かんだのはカリーナから教わったギルドの存在。

 依頼斡旋所であるそこは国家公認の機関であり、何でも老若男女がお気軽に利用できる場所とのこと。夕食後、腹ごなしに図書塔で本を読んで調べたが、どうやら一般市民用の依頼や冒険者志望向けの依頼、或いは現役冒険者に宛てられた依頼など、様々に分類されているらしい。特に一般市民向けの依頼は例えば庭の草むしりや、時期によっては雪掻きなどといった内容もあるらしく、端金とは言え幾らでも金を得る手段が存在する。妥協すれば今日中にでも食事一回分くらいは稼げるだろう。


 最も、先述の通り、彦丸の金銭的都合はあくまで建前にすぎない。

 今回学生寮を無断で脱出したその真の目的は、ストレスの発散だ。


「相変わらず、酒臭ぇな」


 幸い彦丸は方向音痴ではない。数日前に登録したギルドに迷うこと無く到着した彦丸は、漂うアルコール臭に顔を顰めながら受付の元へと歩いて行った。


「こんばんは」

「はい、こんばん――ああっ! あ、あのときのっ!?」

「うーっす、久しぶり」


 気の抜けた挨拶に、目の前の受付嬢は目を瞬かせる。

 確か……公爵家を救助した後、報酬金を渡してくれた人だ。膨れ上がった麻袋の中身を気にしていたからついあっさりと見せてしまったが、今となって後悔する。当時はまだ、楽園の正体を知らなかった頃だ。


「取り乱してるとこ悪いけど、ちょいと良いか?」

「あ、はい! ど、どうぞ……」

「依頼を受けたいんだけど、事情があって、今後から依頼を受ける際は素性を隠したいんだ。理想としては別名義で新規登録して使い分けたいんだが……頼めるか?」

「申し訳ありません。ギルドカードは一人一つが原則となってますので」


 彦丸の財力に慄いているのかは知らないが、受付嬢は懇切丁寧にわけを話す。

 ギルドカードは、所有者のギルドでの活動内容が簡潔に表示される仕組みとなっている。依頼の受注回数や、稼いだ報酬金の総計。活動開始時刻や特別な功績など、名誉なものがある中、そこには依頼を失敗した回数など、所有者にとって不利となる情報が記載されることもしばしばある。


 当然、身の入っていない活動を延々と繰り返していけば、ギルドカードは自らの首を絞めるものと化す。カードの提示は依頼の受注には必須だ。特に、重要な依頼であれば重要な依頼であるほど、依頼主と直接やり取りを行う場合がある。そのときに提示したカードの内容があまりに酷ければ、依頼主に受注を認められないわけだ。


 そこで、狡猾な者はこう考えた。

 別名義で新しく登録してしまえば、これまでの不手際を全てリセットできる……と。

 詰まるところ、自らの犯した失敗を目に見えない位置へと持って行き、新しく作製した傷なし汚れなしのカードを提示することで、あたかも自分が全うな存在であるかのように振る舞えるのである。

 ギルドはこれを防ぐために、先のような原則を設けたとのことだ。


 被害件数は多数。過去の話とは言え、一時期ギルドの信用はガタ落ちした。

 立て直したのも数年前のことであり、今では現役の他にも、新規登録者のために色々とサービスを行っているらしい。中の雰囲気こそ無法地帯のそれだが、これでも国の公式施設だ。潰えるわけにはいかないのだろう。


「参ったな……」


 人の出入りが多いギルドに長時間の滞在は危険だ。

 これ以上手間取るならば早々に他所を当たった方が良い。しかし、今の彦丸の身分ではギルド以外に宛がないのも事実だ。正体を秘匿でき、尚且つ正当な仕事を与えられるという都合の良い斡旋所は、彦丸のファンタジー脳でもここしか思いつかない。


 八方塞がりか……これは一度撤退するのが吉かもな。

 などと諦めながら溜息を吐いていると、彦丸は受付嬢が自分を見つめていることに気づいた。注視してみれば、何やら期待しているように見える。

 まさか、と思いつつ、彦丸は口を開く。


「……この前の報酬金、実は使い道がないんだよな」


 嘘だ。使い道なんて考える余地もないくらい、切羽詰まっている。

 しかし、そんな嘘に目の前の彼女はわかりやすいくらい引っかかってくれた。身を乗り出して瞳を逸らさない受付嬢に、彦丸は鼻白む。


「そ、そうですか。ところで……さ、最近、ギルドが経済的に困窮しているんですよねぇ。ですから、そ、それをどうかするためには、原則なんて二の次かも……」

「そりゃ大変だな。まあ頑張れ」

「ええっ!? ちょ、ちょっとタナカさん!?」


 思った以上にからがいがいのある相手に、彦丸は笑う。

 彦丸に裏切られた今、自らの行いが露見することを恐れてか、受付嬢の顔はサッと青ざめた。それを見て満足した彦丸は、そっと彼女に耳に口を近づけた。


「冗談だ。……後日、払いに来る」

「……十万です。それ以下は受け付けませんので」

「いや、ちょっと高くねぇか?」

「迷惑料です」


 あー、と唸りながらガシガシと髪を掻く。

 まあこれも、親密度と引き換えに、と考えれば安いものだ。

 見た目からして、年齢は二十代前半か。声は若々しく、またスタイルも胸を除けば良いものだ。接待業を任されているだけあって、容姿は全体的に整っている。好感度を上げておいて損はない。というか単純に、男として好かれたい相手である。


「それで、偽名の方はどうされますか?」

「そうだな……」


 目立たないように然りげ無く渡された用紙とペンを受け取り、彦丸は考える。

 どうせだから格好良い名前を付けたいものだが、これが中々思いつかない。

 いや、どちらかと言えば、思いつくがそのどれもがいまいちピンと来ないものばかりだ。格好良い名前であるのは最優先だが、かと言って自分の境遇と的外れな名前を作るのは節操が無い。


「じゃ、これでどうだ」


 慣れない万年筆で不細工な文字を書く彦丸。

 それを終始見つめていた受付嬢は、彦丸がペンを置くと同時に首を傾げた。


「これは、何て読めばいいんでしょうか?」

「ん? アルファベットは読めないのか」

「あるふぁべっと?」

「ああ、いや。何でもない」


 言語翻訳に関しては彦丸もまだ知らないところが多い。この辺りは駄女神にでも質問しない限り答えを得れないだろう。次に会えるのかどうかすらわからない相手だが。


「フォルテシモだ」

「ほ、ほるてしも?」

「違う。フォルテシモだ」


 イタリア語で「非常に強く」。

 日本でまともな教育過程を受けているならば、音楽の教科書で一度は見たことがあるだろう。楽譜に記載されるこの意味は、音楽用語でも「極めて強く」である。


「あの、それともう一つ。この両脇に書かれている記号はなんですか?」

「十字架のことか。これは欠かせない」

「はぁ」


 キーボードで「ダガー」と打てば変換できる特殊な記号だ。本来の用途は確か、亡人に対して扱われたものだったと記憶している。


「よくわかりませんが、取り敢えず彫ってきます」

「センスないなぁ」


 なにか言いたげな様子を見せながらも責務を優先する受付嬢。

 やがて、カウンターの向こうから出て来た受付嬢から受け取った新たなギルドカードには、彦丸の希望した偽名が刻まれていた。


 ホクホク顔でそれをポケットに仕舞い、彦丸はカウンターから離れて掲示板を見る。相変わらず乱雑に張られた依頼書を、適当に流し読んだ。

 空き時間を利用してギルドの利用案内書を確認してみたが、どうやらギルドにはランクと呼ばれるものがあるらしい。簡単に言えば、依頼達成数や特定の人物による評価の指標だ。これが優れているものであれば、ランクは上昇し、逆に劣っていれば、ランクは低い。つまりは、ギルド内における自分の「株」である。

 ランクはカードを直接提示する手間を省くために設けられた制度の一つであるため、そこには依頼受注の可否もまた左右される。信用の足りる優秀な者にして欲しい依頼もあれば、猫の手でも借りたい依頼だって存在するということだ。当然、低ランクは信用も実績も少なく、受注できる依頼にも限りがある。


 降順でAからEの計五つのランクの内、登録時のランクは最低のEと定まっている。従って今の彦丸のランクはEであり、受注できる依頼は必然と限られた。

 公爵家救助とは別の、初めて正当な手順を踏んで受ける依頼。だが同時に、今の彦丸は無断で学園から脱走した状態だ。時間に余裕はなく、連鎖的に精神にもゆとりが消えている。なるべく早く終わりそうな、それでいて簡潔な依頼内容を選択した。

 画鋲で貼り付けられていた依頼書の一枚を手に取り、受付に持っていく。


「これ、頼む」

「えーっと、悪餓鬼ゴブリンの討伐依頼ですね。では契約金をお支払い下さい」

「はいよ」


 依頼書に記されている通り、契約金の銅貨五枚を受付に渡す。

 契約金の量から察せられるように、この依頼の報酬金はあまり多くない。しかし今回はストレス発散と、後は金を稼ぐ手段の確立がしたいだけだ。両者とも条件を満たせる討伐系の依頼であれば、正直何でも良かった。


「確認しました。いってらっしゃいませ」

「ああ。また来るよ」

「お待ちしてます」


 彦丸を、ではなく、十万メルを、だろう。

 言外のその言葉をしかと受け止めた彦丸は、討伐対象である悪餓鬼ゴブリンを倒すべく、依頼書に記されていた場所――キュリアの森へ出向いた。


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