第六話 バイト(1)
バイト初日は接客のイロハから教えられた。『いらっしゃいませ』から始まって、オーダーのとり方やテーブルのセッティングなどなど。どれもこれもが、初めてのことで楽しいやらびっくりだわ。
「ファミレスなんかも、こんな感じなのかなぁ」
夏美がつぶやくと、後の二人も同じ事を考えていたらしく、大きく頷いて見せた。
それにしても、店内の涼しさがありがたい。こんなに涼しい環境で適当に注文を取るだけで、お金がもらえると言うことに三人はガッツポーズしたいところだ。
「接客なんて、チョロイよねー」
瑛子が小声で囁く。まだ、一人も接客についていないと言うのに、もうベテランのようなことを言っている。
「そうだよね。お水だして、注文取ればいいわけだから。そんなに大変だとは思えないなぁ」
夏美も瑛子に同感のようだ。さすがに、高校二年にもなって、バイトをしたことが無いだけに、世の中を甘く見ている。
「じゃぁ、あのお客様のオーダーを取ってきてちょうだい」
教育担当のオバサンが、偉そうに三人に向かって言うと。
「はーい」と三人が一斉に動き出す。
「ちょっと! 三人でオーダー取りに行ったら、お客様がびっくりするでしょ! 一人でいいのよ!」
それならそうと、始めから言ってくれれば良いものをと、ブツブツ言いながら、誰が行くかでもめてると。
「そんなことでもめてないで、あなたが行きなさい!」
と、京香が指名を受けた。お客に言われたものをハンディに登録するだけのことなのだから、ケイタイが大好きな三人組には朝飯前というところだ。
次から次へと、教育担当から指示を受け、さすがの三人も殊勝な顔で仕事に臨まざるを得ない。
言われたことをメモし、元気に返事をする。親がそんな姿を見たら、目を丸くして驚くことだろう。
「三人とも仲良しだね」
十一時から三時までの忙しい時間を動き回って、やっと終わったとホッとしながらバックヤードへ向かうと、背後から声を掛けられた。
三人が同時に振り向くと、そこにイケメンの副店長が立っていた。
思わず瑛子に視線が行くと、しっかりと瑛子の瞳がハートになっているではないか。
京香がボソッと夏美に囁いた。
(ラブラブ光線全開だね)
「どう? 初日だけど、仕事の方はできそう?」
二人の内緒話を全く無視して、副店長が続けてきた。
「はい! 全力で大丈夫です」
訳の分からない日本語を並べている瑛子だ。
(今、語尾にハートマーク付いてたよね)
又しても、副支店長に聞こえないように囁きあう。
「明日も頑張ってね」
「はい」
三人が元気に挨拶すると、副店長が姿を消した。