第一話 夏休み(2)
「夏でも冬でもいいから、お前ら寄り道はするなよ!」
気がつけば三人のそばに教師が佇んでいた。
「わぁ、先生ビックリだよ! 脅かさないでよ!」
瑛子が5センチほどジャンプして、驚いている。
「そうだよ! 悪趣味!」
夏美も教師に異論を投げつける。そして、それを受けたように京香が騒ぐ。
「JKの会話を聞いてるなんて、悪趣味だぁ」
最近の高校生は、教師であっても友達と変わらないのだ。
「JKってなんだ?」
「えー! 先生知らないのぉ。女子高生だよぉ」
「そんな事まで縮めてるのかぁ」
全くしょうがないなという顔をしながらも、決して不愉快だという感じではない。だからこそ、生徒もこの教師を毛嫌いしていないのだろう。
「先生、夏休みはどうするの?」
京香が団扇で扇ぎながら、教師の夏休みの過ごし方を聞いてきた。生徒としては、教師も同じように夏休みがあるのだろうと思うもので、そんな楽な仕事なら将来は教師になろうか、などと思うようだ。
「徹ちゃんは家族サービスだよね」
「お前ら、先生を名前で呼ぶな!」
「そうだよ、夏美! 名前で呼んでいいのは奥さんだけだよね」
瑛子が笑いながら突っ込みを入れてくる。
「奥さんは、名前では呼ばないぞ」
「えー! 何て呼ぶのぉ」
京香が思わず身を乗り出す。
「あなたーとか、ダーリンとかぁ?」
瑛子が甘い声を出すと、三人が一斉に「キャー!」と黄色い声をあげる。
自分たちで勝手に想像を広げて、キャーキャー騒ぐのがJKなのだろう。
「で? 先生の夏休みは、やっぱり四十日あるんでしょう? いいなぁ、教師って」
瑛子が羨ましそうに、目を細めた。
「そんなわけ無いだろ。先生は部活に出たり、二学期の準備で忙しいんだよ。お前たちの方がよっぽど羨ましいぞ」
「そうなのぉ?」
本当かなぁと言いたげに、瑛子が小首をかしげながら、右手の人差し指を頬に当てる。瑛子曰く『チョー可愛いポーズ』なのだ。
「でも先生、去年は夏休みにグアムに行ったって聞いたよ」
京香が思い出したように言うと、夏美と瑛子がまたしても身を乗り出して騒いだ。
「グアム行ったんだー!」
「国外に逃亡するほど、悪いことしちゃったんですかー?」
逃亡したなら、ここにいるはずは無いのだが、もちろんそんな成り行きは彼女たちには関係ないのだ。
「まぁ……グアムは、行ったな。しかし、逃亡はしてないぞ。逃亡したら、ここにいるはずがない」
「じゃ、亡命」
京香がボソッと呟くと。
「せっかく亡命できたのに、なぜ戻ってきたんですかー?」
と騒ぎ出す。
「もういいから帰れ! 寄り道はするなよ!」
「えー! もっと、話したいなー」
と、瑛子。
「そうそう、徹ちゃんとは四十日間のお別れだから」
今度は夏美が引き受ける。
「いいから、さっさと帰りなさい」
いい加減にしないと、徹ちゃんの愛の鉄拳が飛んできそうなので、三人は多少のフラストレーションを感じながら、カバンを手にした。
「しょうがないなー。帰るかー」
「徹ちゃんが怒る前に帰ろうー」
「んじゃねー、徹ちゃん。バイバーイ」
三人三様の言葉を残して、教室から出て行った。
教師は「全く仕方のない奴らだ」と独り言を言いながら、次の生徒へと声を掛けていく。まだ教室の中には始まったばかりの夏休みをどう過ごそうかと、楽しい計画を練っている最中の生徒が多々残っているのだ。
教室を後にしながらも、三人の口は止まらない。
「よっぽどJKが好きなんだね」
瑛子が囁くと、「えー! それじゃ、徹ちゃん変態じゃん!」と夏美。
「だって、男子には声掛けないじゃない?」
「掛けてるよ。ホラ」
京香が指差す方を見てみると、確かに男子学生にも声掛け運動実施中だ。
「頑張るねぇ」
三人はゆっくりと歩きながら、学校を後にした。