第十二話 恋に落ちた!(2)
休憩室でおしゃべりをしながら、食事をしていると荒木がやってきた。
「やぁ、忙しかったね」
テーブルを挟んで、コーヒーを飲む荒木。それを見つめる瑛子。瑛子を見つめる京香と夏美。まるで植物連鎖だ。
「瑛子ちゃんって呼んで良いかな」
「あ! はい」
(語尾にハートが付いてるよ)
(毎度の事だから)
冷静に瑛子を観察する二人は、ひそひそと内緒話だ。
「そっちの二人も名前で呼んで良いかな? その方がコミュニケーションが取り易いからね」
そう言ってニッコリと笑う。
「どうぞ、どうぞ! もう、何とでも呼んでやってください!」
自分の事でもないのに、瑛子がしゃしゃり出てくる。
「瑛子ちゃんは面白いねぇ」
「そ・そうですかぁ」
(はい、ハート二つ目ぇ)
(今日だけで何個だろうね)
「瑛子ちゃん達は、高校二年生だったかな」
「そうですぅ」
(はい、三つ目)
「クラブは何かやってるの?」
「うぅーんとぉ、帰宅部かなぁ」
「かなぁ」と言いながら、人差し指を頬に当てる。しかも、小首をかしげる仕草つきだ。
(ありゃあぁ、微妙にハートになってないね)
(珍しいこともありますなぁ)
「帰宅部か」
荒木が大きく笑って見せた。
そんなこんなで、貴重な休憩時間があっという間に過ぎた。休憩が終わると、又してもホールでテーブルを片付け、料理を運ぶ。ただ違うのは、さっきほど忙しくないので、手持ち無沙汰にぼんやりと佇んでいなくてはならないことだった。
「私、絶対にこのバイト辞めないわよ!」
佇み視線を正面に据えながら、瑛子が力説していた。
「ハートが十八個もつけば、そりゃぁ、辞めないよね」
京香が、飽きれたと言わんばかりにため息を吐く。
「聞こえるよ」
さすがに、隣に並んでいるだけに、夏美はひやひやものだ。聞こえたら、瑛子のことだ。大きな声で怒鳴りだすことだろう。平和主義者の夏美は、そんな喧嘩は見たくないのだ。
「聞こえないよ」
「どうして?」
「瑛子をご覧よ。完全に、恋の世界へ飛んでるもん」
夏美が瑛子を覗き込むと、確かに瑛子の目がハートになっているのだ。
「ひと夏の恋かぁ?」
夏美が横目で瑛子を見ながら呟いた。
「ま、相手は大人だから、どうにも発展無しだろうけどさ」
「そうかなぁ、瑛子だから分からないよ」
時計がバイト終了時間に近づいてきていた。
「もう直ぐバイト終了だぁ。疲れたぁ」
「でも、暑さは感じなかったから」
「そだね」
「ずっと三人でシフト入れるのかな」
「慣れたら、バラバラでしょ」
「だよね」
「早く慣れた方がうるさくなくていいかもしれないけど」
夏美がひそひそと、周囲に聞こえないように言うと、京香が理解したようにクックッと笑った。
店内は客の数が激減したために、寒いくらいに涼しい。こうして、ただ立っていると夏なのかどうか忘れてしまうほどだ。しかし、一度バイトが終われば、灼熱地獄の中を帰宅しなくてはならないのだ。その現実が、刻一刻とせまって来ている。
夏美は、大きくため息を吐いた。