第十二話 恋に落ちた!(1)
翌日、三人は広い店内で大汗を掻きながら走り回っていた。
「いらっしゃいませー!」
昼が近づくに従って、客の入りは半端じゃ無くなってくる。客の動きに合わせて、テーブルを片付け料理を運び、注文を取りテーブルを片付ける。そして、時々スマイル。
「何でこうも、客が来るんだろうね」
「語尾にムカつきマークが付いてるよ」
瑛子のぼやきに京香が突っ込む。店内では、子供連れの夫婦や奥様方のグループやサラリーマンでエアコンが効かないくらいだ。
「ほら! 文句言う暇があったら、動きなさい!」
相変わらず、教育担当のオバサンは手厳しい。
「はぁーい」
内心「うるさいなー」と思っても、そこは仕事だという意識が少しはあるのだ。
「いらっしゃいませー」
自動ドアが開き、生暖かい風が店内に流れこんでくる。客が座ると
「ラーメンに餃子にビールですね。ありがとうございます」
注文のほとんどが麺類ときているのだから、中華料理といっても、ラーメン屋と変わらない。
「ここって、中華料理だよね」
瑛子がコップに水を満たしながら夏美に聞いてきた。
「私が食べに来た時は、中華料理店だったよ」
「じゃぁ、何でみんなラーメンを頼むんだろうね」
「ラーメンが食べたいからでしょ」
と話していると、又しても自動ドアが勝手に開いて、新たな客が入ってくる。
「もう、入室禁止って貼り紙しておきたいよ!」
夏美がぼやくと、瑛子が大きく頷いてみせた。
「バカ言ってないの! いらっしゃいませー」
のんびりと立ち話をしていたら、オバサンに睨まれてしまった。京香は、トレイに水を乗せると、客席へと歩き出した。
バイト二日目にして、足がパンパンになるほど走り回っている。日頃、自転車で走り回っているのとは訳が違う。
「もうやだ、疲れたぁ」
瑛子がカウンターに寄りかかるように立っていると「お疲れさん」と声がした。声の方に顔を向けた途端、瑛子の背筋が伸びる。
「荒木副店長さん!」
「荒木でいいよ」
荒木が笑いながら、隣に立った。荒木の体臭が瑛子の鼻孔をくすぐる。
(きゃー! カッコいいよぉ)
「今の時間さえ乗り越えれば、後は客足も引くからね。もう少しだから、頑張って」
「は・はい!」
それだけ言うと、荒木は厨房へと消えていった。
「何を話してたのかなぁ」
その声で我に返ると、京香と夏美が隣に並んで立っていた。
「別に……何も話してないわよ」
「お昼食べてきていいってよ」
京香を挟んで隣に立っていた夏美が、絶好のタイミングで関係ないことを口走る。
「夏美ぃ。あんた、今の話の流れを聞いてた?」
「はん? 知らないよ。休もうよ、休憩室でご飯食べていいってさ」
「ダメだ、夏美はご飯で頭がいっぱいだ」
京香がため息を吐くと、瑛子が「夏美だからね」と頷いている。
「失礼だね! あんた達! いいよ、私はご飯を食べに行くから!」
「ご飯って、何食べてもいいのかな?」
急に瑛子も空腹を感じたらしく、会話に乗ってきた。
「どうなんだろう……。それ、聞いてないや」
「じゃぁ、聞いてからじゃないとダメなんじゃないの?」
「そうだね」
結局、ぼそぼそと立ち話をしているところへ、山本が優しくサポートしてくれたので、ゆっくりと休憩に入ることが出来たのだが、この調子で一つ一つがなかなか先に進まない。
その光景を、眉をひそめながら見ているのが、オバサンなのだが、どうやら山本の方がオバサンより立場が上のようで、文句を言われることはなかった。