第九話 招待状(1)
翌日も夏を誇示するように、執拗なまでの暑さが襲ってきていた。あまりの暑さの為に温度計を確認する気にもならない。
扇風機を最大にしても体のいたるところから汗が流れる。
せめて風が吹いてくれれば良いのだが、全くと言って良いほど吹いていない。
太陽はギラギラと執拗なまでに照りつけ、外に出れば一瞬にして真っ黒焦げになりそうだ。
「アヅイ……」
アイスを口にくわえながら畳に大の字に横になる。しゃべるつもりも無いのに言葉がもれる。
「どうしてうちはエアコンを使わないんでしょうね!」
と、吠えてみる。すると、返事など欲しいわけでもないのに、返事が返ってくる。
「電気代が掛かるからさ」
声の主を確認しなくても、それが誰なのかは分かり過ぎる程だ。
「来る時は連絡くらいしてよ!」
仕方なく起き上がると、そこには藤田一馬が立っていた。
「だらしねぇなぁ。女だろ? 少なからず」
一馬の額からは、汗の筋が流れている。
「多分ね。でも、今は両性類ってことで」
「両性って……それもありか」
そう言うと、大きく開け放った窓を背に座り、無造作に置かれていた団扇を手にした。
夏美がニッと笑うと、部屋から出て行った。出て行ったかと思ったら、直ぐに戻ってきて一馬の目の前にアイスキャンディーを差し出す。
一馬がそれを「サンキュー」と軽く言いながら、受け取る。どう見ても恋人同士とは思えない、さっぱりとした距離感だ。
「で? 今日は何の用?」
「どうせ勉強してないんだろうと思って、教えに来た」
「家庭教師なんて頼んでないし」
夏美が眉間にしわを寄せて否定すると、
「慈善事業だから、気にするな」
と優しいことを言ってくれるが、とどのつまりは暇なだけなのだ。
「そっちが気にしろよ!」
「毎年の事だから。ほら、宿題終わらせるぞ!」
「夏休みに入ったばっかりで、何で宿題やるわけ? 信じらんないよ!」
夏美の感覚では、夏休みの宿題というものは、夏休みが終わる直前に始めて、新学期間際に終わっていれば良いというものだ。その逆に、一馬はさっさと終わらせて、心置きなく夏休みを楽しもうと考える。ここまで考え方の違う二人が、よくも別れないものだと、さすがの夏美も毎年この時期になると、疑問に思うのだ。
「最初に終わらせておけば、後が楽だろ」
「とか言いながら、うちの親に何か言い含められてない?」
一馬の視線が夏美に向けられ、バカにしたようにため息を吐く。
「そのため息止めろって!」
「お前さぁ、毎年同じこと言ってるよな」
「そうかなぁ……」
確かに言ってるが、毎年思うのだから仕方がない。
「オレが来なかったら宿題やらないだろ?」
確かにそうだ。暑い中一人で宿題などやるはずが無いのだ。それを知っている一馬が毎年宿題をやらせに来ている訳だ。
「バイトは?」
「今日は遅番だから、気にするな」
「疲れるから、家で休んだ方がいいよ」
「お前と違って、オレはタフガイなんだよ」
「タフガイねぇ……タフガイ……タフガイ……」
「なんだよ」
「うん?……タフガイ……多分……害が無いの略語かな……と」
「……」
しばしの沈黙。
次の瞬間すばやい教科書パンチが夏美の脳天を直撃した。
「痛いよ!」
「ググレ・カス!」
「分かってるよ、本当の意味は。多分」
「ホラ、やるぞ!」
ボケと突っ込みで騒いでいると二人のケイタイが同時に鳴った。お互いにケイタイを確認すると、同じ差出人からのメールだった。