第七話 彼氏、一馬(1)
駅ビルに入ると昨日同様、エアコンが体温を下げてくれる。その冷気は、節電だと騒がれていても、極度に熱を浴びた体に気持ちが良い。
「あー、涼しい。やっぱり、駅ビルは涼しいよねぇ」
夏美が専門店の並ぶ広場めがけて歩きながら、喜びの声を上げた。
「バイトしてそのまま帰っても、家の中は暑いもんねぇ」
そうなのだ、バイト先からそのまま自宅に帰っても良いのだが、とても暑くてその元気が無いのだ。唯一、京香だけは涼しい我が家に帰れるのだが、今この瞬間にそれを口にしたら、どうなるかは分かりきっている。
「あのお姉さん、山下さんって言うんだね」
「そうなの?」
夏美が話題を提供しても、瑛子は上の空だ。
「綺麗な人だったよね。優しそうで」
京香が、よく名前覚えたねと不思議そうに夏美を見ている。
「名札見たからね」
「あぁ、名札かぁ。それにしても瑛子ってば、露骨だよね」
なるほどねっというように京香が頷き、瑛子の方に話を振った。
「え! 私の何が露骨なのよ!」
自分の動向に露骨な点など微塵も感じられない瑛子が、眉間にしわを寄せて京香を見た。
「副店長だと興味ありありって感じでケイタイ覗き込んだのに、店長の名前だと全く興味無しって感じだったものね」
「そうそう、露骨・ろっこつぅ」
夏美も同意見のようで、わけの分からないことを言いながら、大きく首を上下に動かした。
「そんなこと無いわよ!」
「じゃぁ、店長の名前覚えてる?」
意地悪そうに、夏美が突っ込む。
「え……えっと……」
目を宙でウロウロさせているが、全く思い出せない様子だ。
「ホラね」
「じゃぁ、副店長は?」
「荒木素也!」
「ね! 露骨でしょ」
そういって、大笑いするのだ。
「酷い!」
三人で大口を開けて笑っている時、背後から声がした。どこかで聞き覚えのある声だ。三人が振り向くと、高校生にしては背の高い、スポーツマンタイプで、決してイケメンではない男子が立っていた。
「ビックリしたぁ!」
「藤田じゃん! どうしてここにいるの?」
京香が親しげに藤田と呼ぶ彼は、夏美の彼氏だ。そして、三人の同級生なのだ。
「オレ、ここでバイトしてるから」
「こんな涼しいところで?」
瑛子が驚いて見せるが、自分たちも涼しいところでバイトしてきたばかりだ。
「あぁー、確かに。涼しすぎるほど、涼しいね」
「何のバイト? 働いてたらエアコンが効いてたって、動くんだから暑いでしょう?」
瑛子が偉そうに胸を張って異論を唱える。別段、汗をかくほど動いたわけではないが、そうでも言わないとプライドが崩れる。そして、仕事に慣れれば必然的に暑い思いをして働くことになるのだ。それなのに、同級生が涼しいバイトをしているのでは、あまりに不公平だ。