第六話 バイト(2)
「素敵ねぇ」
「この浮気者!」
「大人って感じぃ」
両手を胸に組んで、宙を見つめているその姿は、まさしく恋する恋子だ。
「ドラマ、入っちゃってるよ」
「まぁた、乗り換えるよ」
「多分ね」
「もしかしたら、天秤かもね」
「それは京香でしょ」
「失礼ね! 天秤じゃなくて、両手に花ってだけだよ」
「それが天秤なんじゃない?」
という会話も、瑛子には届かないようだ。話しながら、ロッカールームに近づくとドアが開いた。中からは、髪を後ろで一つに縛り綺麗に化粧を施した二四~五歳の女性が出てきた。
「元気がいいわね」
その笑顔は、輝いて見えた。
「あ! お疲れ様です!」
一人が挨拶をすれば、残りの二人も遅ればせながら挨拶をする。
どう見ても、三人で一人前という感じだ。
「疲れたでしょ? 慣れるまではしょうがないのよね、頑張ってね」
「はい! ありがとうございます!」
「そんなに、固くならなくていいのよ。分からないことがあったら、何でも聞いてね」
優しそうな笑顔に気を良くした瑛子が突然切り出した。
「聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「副店長さんの名前、何ですか?」
夏美と京香は、瑛子の魂胆が分かり過ぎているので、度肝を抜かれた感じだ。しかも『何でも聞いて』と言われて、副店長の名前を聞くとは更に驚きだ。
しかし、女性の方はニッコリと微笑むとゆっくりと口を動かした。
「あ・ら・き・も・と・やさんよ」
「あらきもとや。どういう字を書くんですか?」
「随分詳しく知りたいのね」
と言いながら、ケイタイを取り出すとボタンを押して、メモ帳を起動させ打ち込んで見せた。
「この字ね」
「荒木素也……ありがとうございます」
「店長が……これね」
瑛子がケイタイを覗き込むが、その姿からは全く興味がないことが伝わってくる。
夏美は女性のネームプレートを確認した。
【山下】
「ありがとうございます。瑛子、行くよ!」
瑛子を引っ張って、店を後にすると悔しそうに瑛子が騒ぎ出した。
「写メっておけばよかったぁ!」
荒木素也の写真を撮り損ねたことで、多大な損失を感じている瑛子が、地団太を踏んで悔しがっている。
店内にいた時は、夏だということをすっかり忘れるほど快適だったのに比べ、店から出た今は、まるで灼熱地獄だ。それなのに、瑛子は暑さよりも写真を撮り損ねたことが悔しいらしい。
「どうせ明日も会えるから!」
そういう京香の額には、汗が光り出している。
「そうだよ。これから、毎日会えるんだからさ」
悔しがる瑛子を引っ張って、駅ビルへと入って行く。早くしないと、体が熱で溶けてしまう。