第三話 過去の事件今の事件
ここまでが過去編です。
その日の夜空は雲に覆われて灰色だった。少女はベッドに腰掛け、窓を開け、星どころか空も見えない夜空を見上げていた。
「はぁ、いよいよ明日かぁ……」
王宮に連れてこられてから、もう九年以上が経つ。ユニス・アイールは十五歳の誕生日を明日に控えていた。エール王国の就業可能年齢は十五歳だ。それまでは、どんな職業であれ法律で禁止されている。今までにしてきた訓練から、自分が就くことになる職業は分かっているが、周りの話を聞く限り、やはり訓練と実戦はかなり違うようだ。三歳年上で自分と同じ魔者である訓練仲間で友人のエミリーは、初めての実戦から帰って来た時、「人形を焼くのと人間を焼くのは全然違う」と言って泣いていた。
明日になったら、自分も彼女のような人殺しの日々が始まるのだろうか。細かいことはその時にならなければ分からないが、国内の状況を考えればおそらく始まるのだろう。もちろん自分が死ぬかもしれない。軍人という仕事のことを考えると、ユニスは不安と面倒くささでいっぱいになった。でも、もしかしたらあのことが分かるかもしれない。そう思うと、少し楽しみになった。
少し前から軍は、国内の反政府組織を潰すための組織になっている。それまでは、住民の平和のために街の治安を守っていたし、戦うにしても相手はルフト共和国の軍隊であった。それが今では住民を取り締まるように街を巡回し、戦う相手も国内のテロリストばかりである。まあ、ルフトと戦争をしていないのは、五年前に休戦協定がなされたからではあるが。
休戦が決まって、平和に暮らせると人々は思っていたのに、いつからこうなってしまったのだったか。おそらくエールの平穏はあの時の事件をきっかけに終わったのだろう。
そう、あれは確か二年程前のことだった。
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「陛下! 大変です!!」
それは一般兵に混ざって軍事訓練をしている、次期王位継承者であるエール王国王子ルイの様子を、現国王ニコラス七世が見に来ていた時だった。ユニスは偶々同じ訓練を受けていた。
そこへ、血相を変えた一人の伝令兵が駆け込んできた。彼は息を切らせながら、国王の下へと駆け寄って、礼を取り小声で伝えた。
「何だと! 公爵が?!」
王は話を聞き大声を上げて驚くと、王子を呼び伝令兵と三人で急ぎ足で自身の執務室へと向かった。
後で行われた発表によると、国王の親籍だったパロン公爵という人が殺害されたのだそうだ。犯行現場となった公爵の屋敷に生き残りは一人もおらず、公爵が倒れていた部屋の壁には、「我々は恨みを忘れない 王族は必ず皆殺しにする 愛の組合ヴァンジュール」と大きく書かれていたという。
国は国内にある反政府組織のほとんどを把握しているが、ヴァンジュールという組織は過激派ではあったが小さいもので、今まではこんな大きなことをするような組織ではなかったらしく、国の重鎮達を悩ませた。どうやら、統率力のある者が現れ、組織を拡大し、今回の事件を起こしたようだった。
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あの事件以来、国内ではテロが頻発し、軍はその対応に追われるようになった。彼らは国への恨みが原因で行動し、復讐のためならばたとえ死んででも、目的を果たそうとするのだという。
ユニスにはどうしてもそれが理解できなかった。国に何かされたからといって、どうして国を司る者達を殺そうとするのだろう。どうしても分からない。分からない人達を自分は明日から始末するようになるのだと思うと、嫌な気持ちになった。
そう言えば、とユニスは思った。それより前にも似たような経験があった。よく分からないことに一生懸命になっている話だった。
炎を操るエミリーが仕事を始めて三日程経った頃、夜に「眠れない」と言って、隣にある彼女の部屋を訪ねて来たことがあった。その時確かエミリーはこんなことを言っていた。
『暗い部屋に一人でいるとね。声が聞こえるの。私を呪う声が。その人達は私が殺した人達で、私のことを恨んでるの。眠っても夢の中で私が憎いってずっと言うの』
そう言って彼女はいつも持ち歩いている金属製のライターを両手で握り締めた。
それで自分は何と言ったのだったか。確か、
『何でそれが怖いの?』
と言ったのだった。
自分としては幼いなりに、大丈夫だよと慰めたつもりだった。だが、それを聞いたエミリーは元気になるどころか、急に変なものを見るような目で見つめてきた。
『ユニスは恨まれるのが怖くないの? 復讐されるのが怖くないの?』
『エミリーは何で怖いの?』
『だって……いつか私を殺しに来るんじゃないかって不安でたまらないの』
『エミリー強いんだから平気だよ!』
それで元気付けているつもりだった。でもエミリーはそれを聞いて諦めたような顔をして、「とにかく一緒に寝よう」と言って話を終えてしまった。
あれ以来エミリーがユニスにその手の相談をすることはなくなった。だからエミリーが今そのことについてどう思っているかは分からない。でもたぶん、時々何もなさそうなのに泣いていることがあるから、彼女は変わっていないのだろう。自分は今でも彼女の気持ちが分からない。そのことがとても悲しくて嫌だった。
――何で私は分かってあげられないのだろう。恨む気持ちと恨まれる恐怖を。数少ない大切な友達なのに、相談に乗ることもできない。嫌な私。私の嫌いなところ。でもやっぱり分からない……
明日になれば、彼女の気持ちが分かるようになるだろうか。友人にあんな顔をさせないで済む人になれるだろうか。
ベッドに寝そべり目を閉じると、涙が頬を伝った気がした。
*****
翌日、ユニスの誕生日は朝からずっと雨だった。だが任官式は屋内でやるはずなので、彼女は気にならなかった。
訓練服ではない正式な軍服に初めて袖を通し、ユニスは予定された場所に向かった。
もうすぐあの時のエミリーと同じになる。そうしたら彼女の境遇に立つことができるだろう。案外それで彼女の気持ちも分かるようになるかもしれない。
期待を持った彼女の足取りは軽かった。