第二話 その結果
怒濤の説明回です。
街の住人二人が反逆者として処刑された。この出来事は、フラムに住む人々を震撼させた。その上、何しろ国家反逆罪ということだったので、事は当事者の処刑に留まらず親交のあった人間全てが、仲間ではなかったのかもしくは何か情報を聞いていなかったかどうかを、徹底的に調査されることになった。
その対象には、彼らの二人の子供達もいた。
***
公開処刑が行われた次の日、ユニスは家の庭で兄のジョゼフと一緒に遊んでいた。ユニスは今よりもっと幼いころから、土遊びが大好きで、これまでにいくつも庭に動物や家を作って来た。両親がいなくなってしまってとても寂しかったが、その分兄が優しくしてくれたし、近所の人も食事を作ってくれる等、非常に良くしてくれたので、その寂しさも忘れられそうだった。ただ、昨日からずっと兄が思いつめた表情をしていて、彼女に笑顔を向けながらも時々怖い顔をのぞかせることが気になっていた。
「お兄ちゃん……お兄ちゃんのかおこわいよ? どうして?」
ユニスはようやく聞くことができた。それを聞いたジョゼフは、はっと驚いた表情になってから悲しげな顔をした。
「ごめんな。お前をこわがらせようとした訳じゃないんだ。ただ……」
ジョゼフがそこまで言った時、誰かがアイール宅の庭に入って来るような足音が聞こえた。その音に驚いて振り返った二人の目の前には、二十手前と見られる、軍服を着た背が高く若い男性が立っていた。立ち姿は昨日見た兵士達とはかなり違い、機械的なところを感じさせなかったが、服装からこの男が軍人であることは分かった。男を見たユニスは、怯えた様子でジョゼフにしがみついた。
「君達がジョゼフ・アイールとユニス・アイールだね?」
男はそう尋ねた。それを聞いたジョゼフは、また怖い顔になった。
「おれ達に何の用だよ。今度はおれ達を殺すのかよ。父さん達の子供ってだけで!」
そんなジョゼフの様子に、男は常緑樹の葉の色をした瞳を少し開いて驚きを示した後、空色の髪をかきあげて優しそうな顔をした。
「ああ、その点については安心してくれていいよ。国がこの件で君達を害することは、まずないからね」
「何でだよ?」
「まあ、親の罪に子供を巻き込むのはかわいそうだ、ていう表向きの理由の他に、権力に関わるもっと大事な理由が色々とあるんだけど……。何にせよ君達幼くて良かったね」
それでジョゼフは理解したようだった。彼は改めて尋ねた。
「じゃあ、何しに来たんだよ」
「取り調べだよ。彼らに関わる者全てが対象の、ね。まあ他の人のところはもっと下っ端がやってると思うけど。ああそうそう、僕はフィリップ・トルナード、一応王様直属の軍人だよ。階級はないんだけどね」
どうやらこの男、フィリップはそれなりに偉い人のようだ。
「お偉いさんが何でわざわざこんな子供を調べに来るんだ?」
フィリップは言うか言うまいか迷うそぶりをしたが、一つ頷いてから答えた。隠す必要はないと判断したのだろう。
「一つは、君達が彼らの子供であるということ。幼くても報復してくる可能性があったからね。そうなった場合、下っ端だと困るだろう? 僕はこう見えてもかなり強いんだ。それからもう一つは君だよ、ユニス・アイール」
「え? わたし?」
突然名前を呼ばれたユニスは驚いて、兄にしがみついていた手を離した。
「そう君だ。君が魔者ではないかという情報があってね。もしそれが本当なら、僕は仲間として君を王宮に連れて行かなければならない」
それを聞いたジョゼフは青ざめたが、当のユニスはきょとんとした。
「まもの?」
「ああ、知らないか。」
フィリップは無言で睨んでくるジョゼフのことは気にせず、ユニスに向かって答えを続けた。
「魔者とは、自然を操る、正確に言うと自然に命令できる人間のことだ。普通人間は自然に外側から干渉することしかできない。たとえば木を切ったり、水を掬ったり。だが魔者はもっと直接干渉することができる。木を切る時、ただの人間なら自分の体を使うだろう。それに対して魔者は木に対して割れるように命令するんだ。それだけで木はその人が思ったように自分から割れる。これが魔者の力だよ。でもその力は完璧なもの何かじゃあない。それぞれの魔者が操れるのは自然の一要素だけなんだ。今言った木を切ることができる人なら、その人は植物に命令できる魔者だということだ。後言っておくと、魔者は自然要素一つにつき世界に一人しかいないんだ。だから国のトップは何としても自分のモノにしようと必死に集めようとするんだ」
そこまで言い終えたフィリップに、ジョゼフはユニスを守るように立って疑問に思ったことを口に出した。
「つまりあんたもその魔者なんだな?」
ジョゼフの問いにフィリップは、ようやく彼に目を向けてその様子に軽く笑うと、ポケットから扇子を取り出して煽ぎながら答えた。
「そう、僕も魔者だよ。僕が命令できるのは風なんだ。こんな風に……」
そう言ってフィリップは何かの合図をした。その途端、今まで南向きで穏やかだった風が、急に北向きの強い風に変わった。突然のことに驚く二人を見てはははと笑い、風を止めると、フィリップは少し真面目そうな顔になった。
「まあ、こんな感じさ。さてユニス。君は何か、他の人と違って自分だけができることはあるかな?」
「おい待てよ!」
ジョゼフは叫んだ。
「あんた、取り調べに来たんじゃなかったのかよ。何でそっちのことばかり聞くんだ」
フィリップは一瞬きょとんとしたが、すぐにああと呟いて面倒そうな顔をした。
「もしユニスが魔者じゃなかったら取り調べもやるよ。国にとって重要なのは犯罪摘発よりも力のある者を集めることだからね。だからユニスに力があるのなら取り調べはなしにするんだ。……子供だし、まあいいよね」
「……ッ…………」
「という訳で、改めてユニス、君は何かできるかな?」
ジョゼフがぐっと押し黙ったのを見てから、フィリップはにこやかにユニスに向けて尋ねた。
ユニスは笑顔で頷いた。
「あのね、わたしね。穴をほったり土でおうちとか作るのすっごくとくいなんだよ」
「そうかい。じゃあちょっとやって見せてくれないかな?」
「うんいいよ!」
楽しそうに笑うと、ユニスはおうちを作る! と言って張り切って庭の土を掘り出した。
だが、そんなユニスの様子を眺めていたフィリップは、驚愕した。目の前には、明らかに子供の力ではこんな短時間で掘ることはできない深さの穴が掘られ、その分の土が積まれていた。
――これは人間業ではない……ではやはりこの子供は……
フィリップは声には出さず、心の中だけで呟いた。
そうしている内にユニスはいつの間にか、小さな家を作り始めていた。見る見るうちに出来上がっていく家は、とても精巧で子供の作品には思えないものだった。
そして、しばらくして
「見て見て! できたよ!」
と、ユニスは嬉しそうに言った。
そのあまりの出来栄えに、フィリップはほぼ確信を得たが、もしかするとただ単にこの道における天才少女だという可能性もあると考え、一応尋ねた。
「すごく上手だね。ところで、どんな風にしたらこんなに上手にできるのかな?」
その問いにユニスは、首を傾げた。
「うーん。あのね、わたしがこんなかんじにしたいなって思うと、土が自分からこんな風になってくれるんだよ。だから分かんないなー」
その答えは十分すぎるものだった。
――間違いない! この子供は魔者だ。おそらく操れるのは大地だろう。ならば決まりだ!
完全に確信を得られたフィリップは、ユニスを見てにっこりと微笑んだ。
「よし! 君は間違いなく魔者だよ。そうと分かれば僕と一緒に、首都ソワレにある王宮に帰ろう! もちろん君のお兄さんも一緒だよ」
「おうきゅう? どんなとこ?」
「いいところだよ。生活も保障されてるし。ただちょっと、訓練が今の君にはきついかもしれないけど、慣れれば大丈夫。ここにいるよりずっと楽しいよ。一緒に行くかい?」
最後の言葉はジョゼフにも向けて言った。
「うん! いく!」
まだ深く考えるには幼すぎるユニスは、楽しいという言葉で、簡単に頷いた。
だが、その様子をじっと見ていたジョゼフは、首を縦には振らなかった。
「おれは行かない。絶対嫌だ!」
とても強い拒絶だった。その勢いは、横にいたユニスが怯える程だった。だがフィリップは全く様子が変わったようには見えなかった。
「じゃあ無理にでも連れて行かなくちゃいけないな。何せ、魔者は家族ごと管理しなきゃなんない決まりになっているんでな」
それまでとは打って変わった低い声で言い放ち、一瞬で仕事の顔になったフィリップは持っている扇子を煽ぎながら小さく合図をした。煽がれて発生した風が、彼の意思によってジョゼフを襲った。
「悪いけど、君が嫌がったとしても連れて行かない訳にはいかないんだ。国のためなんだよ」
風でジョゼフの体を地面から少し持ち上げ、身動きを取れないようにしながらフィリップは言った。
その言葉に、ジョゼフの様子が豹変した。
「お前達はいつもそうやって!! 国のため国王のため! そんなもんのために父さんと母さんを奪ったくせに! 今度はおれ達をそん中に引き込むのかよ! おれは嫌だ、絶対に!」
非常に強い憎しみがこもった眼差しだった。だが見られているフィリップは、やれやれとあきれるだけで、ジョゼフに取り合おうとはしなかった。
「仕方のない子供だ……」
そう言ってフィリップはまた何かの合図をした。その途端、ビュッと音がしたと思うと、ジョゼフの右腕に切り裂かれたような傷ができていた。流れ出る血が彼の服を染めていく。
その様子を見たユニスは青ざめ、
「やめて!」
慌ててフィリップの足にしがみついた。
「お兄ちゃんにひどいことしないで!」
「ちっ」
不意打ちにフィリップがよろけた瞬間、ジョゼフを拘束していた風も弱まった。
地面に落ちたジョゼフは、フィリップを睨みつけると、そのまま立ちあがり、後ろに振り返って走り出した。それを見たフィリップは、逃がさない、とユニスを振り払って風を繰りつつ後を追おうとした。なるべく傷つけないよう配慮はしたが、ビシッと音がして今度はジョゼフの右足から血が出ていた。
そんな二人の様子に、立ちあがりよろよろと二人を追っていたユニスは悲鳴を上げた。このままでは兄が殺されてしまう、そう思った。
「いやあっ!」
――お兄ちゃんをたすけて! たすけて!! あの人から!!
強く、純粋にユニスは願った。
その瞬間、突然地面が激しく揺れだした。見ると、逃げようと走るジョゼフの手前で地面が大きく裂けていた。これには二人も驚き、はっと振り返ってユニスを見つめた。
「地震……地割れ……こんなこともできるのか……」
フィリップは茫然とユニスの元へ戻り呟いた。あまりの驚きで、ジョゼフを追うことも忘れてしまっているようだった。
その様子を見てジョゼフは、
「おれはお前らを絶対に許さない!」
そう一つ叫んで、そのまま踵を返して走り去り、見えなくなった。
***
しばらくして、フィリップは我に返った。目の前のユニスはずっと泣いている。フィリップは彼女の頭を撫で、優しく語りかけた。
「ごめんね。君のお兄さんを傷つけた。でも、もう彼はどこかに行ってしまった……。だから、君だけは一緒に来てくれるかい?」
優しい声にユニスは、
「うん……っ」
涙をぬぐいながら笑って頷いた。