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元勇者様はメイド長  作者: 白波
一章 魔王城は人手不足でございます
5/10

魔王様、月夜の独奏でございます

 真夜中。北へと移動し続けている(と思われている)魔王城は順調に空の旅を続けていた。

 寝室で寝ていた魔王はどこからか聞こえてきた笛の音で目を覚ます。


 独特のその音は華やかながらどこかさびしげな雰囲気を放ち、どこか懐かしい気持ちにさせた。


 魔王は上体を起こしてその曲に耳を傾ける。


 そうだ。これは過ぎ去った過去を懐かしむ音楽だ。自分はあのころとは違うと違ってしまったのだという歌だ。


「サーヤか……まぁ奴ぐらいだろうな」


 窓の外から月光が差し込んできていた。

 魔王が窓際に立てば、城壁に座って演奏しているメイド長の姿が見えた。


 軽く押して窓を開けると余計に音が良く聞こえてくる。メイド長はいったん笛から口を放し、少し間をおいてから今度は先ほどと違って静かな曲を演奏し始めた。


 そうだ。初めて彼女を見たあの日に聞いた音楽もこの曲だった。

 魔王は、勇者との出会いを思い出していた。




 *




 勇者が魔王城に乗り込んでくる半年前。

 いくらか報告は受けていたのだが、自ら勇者の姿を確認したくなりこっそりと彼女に近づいたことがあった。

 その時はちょうど、今日みたいな満月の夜で“勇者”は宿屋の屋根に座って笛を吹いていたのだ。


 思わずその曲に聞き入ってしまい、本来の目的を忘れかけたその時であった。

 不意に演奏が止まり、勇者は笛をカバンにしまった。


「きれいな満月ね」


 視線こそこちらに向いていなかったが、彼女はこちらに話しかけているように思えた。

 まさか、こちらの気配を感じたのだろうか。


「あぁそうだな」


 だが、彼女としては誰かがそこにいるという程度の認識かもしれないので戸惑いながらもその質問に答える。

 すると、勇者はこちらを見てどことなくあいまいな笑みを浮かべていた。


「そんなに気を使わずとも勝手にそっちに行くんだからおとなしく城でどっかりと構えてて待っててくれる? じゃないとめんどくさいじゃない」


 この時、疑いは確信に変わった。

 勇者は自分が魔王だとわかって話しかけているのだと


「それと“魔王様”。非常に残念ながら勇者は必ず勝つ運命にあるの。だから、遺言書はちゃんと残した方がいいわよ」


 それだけ言うと勇者は、再び演奏を始めた。

 笛を吹く彼女の表情はどこかさびしげで今にもすべてを投げ出してしまうのではないかと心配になるような顔だった。


 あれは、勇者サーヤではなく、咲弥という少女が持つ本当の顔ではないのかとそう思わせたのだ。

 魔王は、笛の音に雑音を持ち込まないように静かに魔方陣を展開して城へと帰って行った。




 *




 のちに魔王城を訪れた彼女の顔は戦いの最後の最後まで“勇者”らしい凛々しい顔でそのギャップに驚いたものだ。

 だからこそ、彼女を魔王城で働かせようなどという発想に至ったのかもしれない。


 勇者は孤独だった。魔王もまた孤独であった。


 知らない世界で右も左もわからずただ魔王を倒せとだけ言われ、ようやくできた仲間には裏切られた勇者と声をかければ何か仕出かしたのかと恐れられ、報告する者もどこかおびえていて恐怖の対象であった魔王。この二人はどことなく似ていたのかもしれない。


 だからこそ、魔王は勇者を雇おうとしたのかもしれない。だからこそ、勇者は魔王の誘いを受けたのかもしれない。

 そんなことを思い出させるような音色だった。




 *




 メイド長から命じられ選択をしていた水色の髪のメイドことアクアは、緑の髪が特徴のフーとともにどこからか聞こえてきた音色に心酔していた。


「なんだろう。初めて聞く曲なのに懐かしく感じますのー」

「私も同じかな。なんだか、仕事しなくちゃなのに聞かずにはいられない……こんな曲初めて聞いたよ」


 二人は先代の時代からこの城にいる古参の部類にはいるメイドだ。と言っても先の戦いで非戦闘員も戦線に加わりほぼ全滅。結果、この二人と魔王しか生き残らなかった。


 なんだかその曲は、自分の部下になったかもしれない者を悼み見送っているように感じた。

 二人のメイドはしばらくの間、仕事も忘れて窓の外から聞こえる音色に耳を澄ませていた。


 今夜はいつになくきれいな満月が夜の闇の中に浮かんでいた。

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