魔王様、どちらへ行かれるのですか
端の方からでは向こうに座っている人間が小さく見えるほど長細いテーブルのまさに端と端に座っている魔王とメイド長は互いに無言で食事をとっていた。
普段なら多少の談笑もあるのだが、例の事案を提案するタイミングを計っていた魔王はジッとメイド長を見つめるのみである。
「どうされましたか?」
「いや。なんでもない」
この二人にかわされる会話と言えばそれのみで皿とナイフやフォークがぶつかる音が嫌に響く。
「私の顔に何か?」
「いや……そうではない。ただな……」
「ただ?」
食事の手を止めてこちらを見ているメイド長は凛としていてどこか美しい。
普段からこうであればよいものを……
一瞬、思考が脱線しかけるが数少ないチャンスだ。
魔王は必死に言葉を選びながら話し始めた。
「いやな……そなたも感じていると思うが魔王城は人手不足だ」
「改めて聞かなくても存じあげております」
「そこでだ。新しく人を雇おうと思っておるのだ」
「なるほど……具体的にはどうされるおつもりですか? まさか、優秀で聡明な魔王様においてノープランなんてことはございませんよね」
メイド長は水色の髪が特徴的なメイドが居れた紅茶を飲みながらにこやかに笑顔を浮かべていた。
ここで言葉に詰まってしまうことが多いのだが、今回ばかりはそうはいかない。
魔王がパチンと指を鳴らすとテーブルの上に大きな魔方陣が描かれた羊皮紙が出現した。
「これは転移魔方陣ですか?」
「そうだ。ただ、この城をあの世界からこちらの世界に飛ばした時に魔力を消費しすぎたからな。別世界への移動や瞬間移動ができるわけではない」
「ではどうされるおつもりですか? 移動できないのでは人里までの移動は相当な負担になると思われますが」
メイド長のいうことはもっともだ。
この城はなるべく人目を避けられてなおかつ見通しが良い場所に移動させようとしたためにとてつもなく広い平原のど真ん中に立っている。
人里までは、馬を使ってもひと月はかかり、途中に険しい山脈や危険な森林地帯を抜けなければならない。そう考えれば転移魔法なしで複数人を連れてくるというのは不可能に近い。
「誰が地上を行くといった。瞬間移動できないだけだ。元々、この城は浮遊城としての機能も備えておるからわずかな魔力で簡単に空を移動できる。それを利用して人を集めるのだ」
「なるほど……この城にはそのような機能があったのですか……つまり、これはそれを動かすための魔方陣ということでよろしいでしょうか?」
「そうだ」
食事を下げさせ、テーブルの上にはメイド長が飲んでいる紅茶しか残っていない。
魔王はテーブルの上に上がると魔方陣の中央に立った。
「魔王様。机の上に立つのは少々行儀が悪いかと思われますので床でやってくださいますか?」
「仕方ないであろう。起動装置はここしかないのだ。目をつむってくれ」
実際はそうではないのだが、こうでもしないと雰囲気が出ない。
どこか納得していないような表情を浮かべるメイド長を横目に見ながら両手を天井に広げて魔力をそこに集中させる。
呪文を唱えているうちに足元の魔方陣が青白い光を放ちはじめ、その外周に沿って魔王の周りに天井まで届くような光の壁が形成される。
直後、城ががたりと大きく揺れどこぞのメイドの叫び声が聞こえた。
「外を見てみろ」
光が失われると同時に魔王は窓を指した。
なぜか机の下に入っていたメイド長は窓際に立つと信じられないものを目にしているかのように目を丸くさせていた。
「どうだ。これこそが私の力だ」
「はい。さすが魔王様でございます。して、どちらに向かわれますか?」
現在、魔王城は空を目指して上昇している最中だ。
城があった平原は大きな穴を開けていたのだが、その穴すらだんだんと小さくなっていく。
やがて平原すべてを視界に納め、平原を囲んでいる山脈すらも遠ざかって行った。
「そうだな。大きな町へ向かおう」
それだけ言うと魔王は魔方陣の上に戻り、北へ針路をとった。
なんとなく東の空を見れば雲は真っ黒でどこか不気味だった。
「洗濯物は早く済ませた方がよさそうね」
メイド長は魔王に一礼して食堂から退室していった。
さすがのメイド長も気づいていなかったのだが、この時城は魔王の操作ミスであらぬ方向へと進んでいたのだった。