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グーリとグラー  作者: はくたく
謎の客
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2-1雪

 翌朝。

 まだ暗い川べりを、俺達は疲れた体を引きずって歩いていた。

 夜のうちにずいぶんと流されたらしく、卵が倒木に引っ掛かって止まった場所からは、二ストゥンデン近くも歩いて、ようやく巣のある場所へとたどり着いた。

 朝靄に紛れ近づいていくと、木々の燃えた焦げ臭い臭いと、血臭が鼻をつく。

 だが、物音一つしないところを見ると、なんらかの決着はついたものらしい。


「どうやら……ヴェアバール達は全滅したみたいだな」


 そこここに、ぺしゃんこに踏みつぶされた黒い毛皮の戦士が転がっている。

 内臓が口から飛び出ている者、恐怖の表情を貼り付けたまま下半身を引き千切られている者……様々な死に様を晒してはいたが、彼等は原型を留めているだけ、まだマシな方と言えた。


「うわ……グーリ、この白いの……」


「ああ、未消化物ペリットだな。ひでえもんだ」


 粘液質に包まれた一抱えほどの物体は、ヴェアバール達の衣服と、骨と毛、そして彼等の身につけていた装飾品で出来ていた。その中にヴェアバールの頭領が身につけていた、耳飾りと思しきものを発見して、俺は深くため息をついた。


「ったく……あいつらもバカだな。欲をかいて自分たちより強い相手に挑むからこうなる……」


 そうは言ったものの、あの時彼等が来てくれなかったら俺達もどうなっていたか分からない。そう思うと複雑な心境ではあった。


「あ……あのオス親……まだいるんじゃねえかな?」


「どうかな……その可能性は低いと思うけどな」


 俺は、おそらくオス親はもういない、と踏んでいた。

 メスを殺され、卵も無くなった巣にオスが一羽で残っていたってどうしようもないからだ。

 そもそも、オス親のあの黒い羽毛は夜の闇に溶け込むためのものであろうから、日の昇る頃にはどこかに姿を隠さなくてはならない。力だけでいえばラルギュースより強い生物もたくさんいるのだ。用のない場所に目立つ格好で、いつまでもいるとは思えなかった。

 俺は、その推測をグラーに言った。


「じゃ……じゃあ、前の日の夜にオス親が来なかったのは?」


「来てたんだろうさ。俺達が気がつかなかっただけで」


 グラーは『ひっ』と軽く声を出して息を呑む。


「たぶん、闇に紛れて周囲を警戒するんだろう。昨夜はオスが帰るのが少し遅かった。それだけだ。オスは完全夜行性、メスは究極の擬態……あんなのがこの森で繁殖しはじめなくてホントに助かったぜ……」


 実際、卵が孵っていたらどうなっていたかと考えると、背筋が寒くなる。

 雛が生長する間、鳥が餌を食べる量は何倍にも増えるのだ。そうなった場合に、俺達が無事に冬を越せたとは思えなかった。

 オスが生き残っている以上、手放しでは喜べないが。


「お、グーリ!! カステラ、大丈夫そうだぞ!! 焼けてるぜ!!」


 巣の側まで来ると、森は丸焼けになっていた。

 オスがいないと踏んで安心したのか、完全に警戒心を無くしたグラーは、カステラを埋めた場所を早速掘り始めている。


「美味い!! すげえ美味いぜ!! なあ、グーリ!!」


 いきなりガツガツとかじりついているグラーを、しかし今度ばかりは強く注意する気も起きなかった。

 なにしろ、大冒険の末に勝ち取ったカステラだ。

 まずは俺達で腹一杯食おう。

 それでも、冬の食料と交換するくらいには、充分な量が残るはずだから。



***    ***    ***



「うひいいい!! 寒いと思ったら雪だぜ!!」


 戸口に出たグラーが、情けない声を上げた。

 俺達は今、大木に空いた大きな“うろ”を改装した家に住んでいる。

 あの大きなカステラは、ヴァッシュベーア族の商人にまとめて買い取ってもらった。

 それだけでも充分に冬を越せるだけの食料に化けたが、ヴェアバール達の遺品となった装飾品や武器もペリットから洗い出して丁寧に磨いておいたおかげで、いい金になった。

 俺達はその金のほとんどを支払って、この住みかを譲ってもらったのだ。

 何しろ、ラルギュースのオスは死んでいない。まさかとは思うが報復に来ないとも限らないからだ。それに俺には、ヤツに限らずどうも森の中の様子が変わりつつあるように思えてならなかった。

 ああいう大型天敵だけでなく、見たことのない小さな生き物も増え始めている。よく分からないが、どこかで何か大きな変化があったのかも知れない。

 それならやはり、住みかを安全なものにしておくに限る。

 この新居に越してきて二ヶ月経ったが、快適すぎるくらいのいい家だ。外で雨が降ろうと、風が吹こうとまったく聞こえない。生きた大木で出来ているから、ラルギュース級の敵が来ても小揺るぎもしない。逆に外の様子が分かりづらいのが難点だが、それは小さな窓をいくつか空けることで解決していた。


「おーい。グーリ!! すげえぞぉ!! 一面真っ白だぁ!!」


 窓から、グラーが脳天気に雪の中を駆け回っているのが見える。

 

「うかつに出るなよ!! 敵に足跡見つけられると厄介だぞ!!」


 俺は、とにかく春までおとなしくここに引き籠もろうと決めていた。

 俺達がここに暮らしていることは、譲ってくれたヴァッシュベーアの商人以外には、今のところ知られていないはずだ。食料は充分にあるのだ。水は樹皮を伝って来る雨水が、室内に溜まるようになっている。危険な外に出る必要は全くないのだ。

 ラルギュースは執念深い。とにかく春までここに籠もろうと、俺は考えていた。


「だーいじょうぶだよぉ!! グーリは用心深すぎるんだよ!! ちょっと散歩に行こうぜ!!」


 冗談ではない。

 散歩など何の得にもならないどころか、危険を増すだけの行為だ。

 ましてや、足跡がくっきりと残る雪上では、追跡されたら逃げられない。もしもこの家が敵に発見されるようなことがあれば、放棄しなくてはならないことになるだろう。


「バカを言うな!! 戻ってくるんだ!!」


 叫んで思わず外に飛び出した俺は、首筋にひやりとしたものを感じて、反射的に横へ飛んだ。

 その瞬間。何かが大きく地面を抉った。

 薄く積もった雪を吹き散らし、数十センチ近く空いた穴から土飛沫が舞う。


「な……!?」


 雪上に飛んだ土飛沫を背景にして、ようやくそいつの姿が確認できた。

 恐るべき保護色。羽毛も、脚も、嘴も、トサカすら白い真っ白な巨鳥。その形態は、まさしくあのラルギュース。


「換毛しやがった……のか?」


 俺は直感的に理解していた。コイツはあの時のオス親だ。

 季節に応じて羽色を変える鳥は珍しくない。

 今は冬。獲物の少ないこの時期には、黒い姿は目立つ。闇夜だけ活動していたのでは餌が足りない。だから、純白に羽色を変えて昼でも獲物を探す習性があるに違いなかった。

 的を外したラルギュースは、鳥特有の無表情で頭を振りながら、左右の目で交互に俺を観察している。ああやって距離を測っているのだ。

 後頭部が引き攣るような感覚。そうだ。これが恐怖ってやつだ。だが、慌てたら本当に終わりになる。俺は無理やり冷静になるため、自分の頬をひっぱたいた。

 さっき一撃目を避けられたのは偶然に近い。だが、このまま棒立ちでいれば確実に食われる。

 確率は低いが、家のドアに飛び込むしか助かる道はない。

 そう思って身構えたその時、風を切る鋭い音と共に飛び込んできたのは、グラーの乗るソリであった。

 あのラルギュースの卵の殻を利用して、荷物運びのために作ったものだ。


「グーリ!! オレにつかまれぇ!!」


 すれ違い様、グラーは俺の手をしっかりと握って持ち上げた。

 ソリの中へ転げ込む俺の背中の毛を、ラルギュースの嘴がかすめていく。

 俺達の家になっているカスタニエンの木は、ちょっとした斜面に立っていたから、勢いさえついてしまえば、ソリは勝手に谷筋の方へと滑っていく。

 地響きを立て、立木をへし折りながら追ってくるラルギュース。だが、いかに素早いラルギュースといえども、林の隙間を縫って追いつくことは簡単には出来ない。そのまま谷底へたどり着いた俺達は、すぐにソリを放棄して川に飛び込んだ。

 水に飛び込めば臭いは追えない。

 そのまま一気に急流を流れ下り、立ち上がったのは川幅が広く、浅くなってからだった。


「あ……危なかったな。グーリ」


 冷たい川の中をジャブジャブ歩きながらも、得意げなグラー。俺のピンチを救ったと思っている様子のグラーの顔を、俺は平手で打った。


「いて!? なな……何すんだよグーリ!?」


「バッカ野郎!! おまえが不用意に外に出なけりゃ、あんなヤツに見つかりゃしなかったんだ!! 外で大騒ぎしやがって!!」


 そう言って俺は、グラーの頭を今度はげんこつで殴った。


「ごご……ごめんよぉ……」


 グラーの顔がいつも通り情けなくなる。

 だが、本当を言えばグラーのせいばかりとは言えない。ヤツは俺が外へ出た途端に襲ってきた。つまり俺達の住みかを知っていて、待ち伏せしていたように思える。

 俺達が二人いることを知っていて、全員外へ出るまで待っていたと考えた方が自然だ。そのくらいの知能はラルギュースにもある。

 住みかは外から完全にカムフラージュしていたつもりだが、夜行性のラルギュースは本来、視覚よりも嗅覚が発達している。

 俺達の臭いを覚えていて、ここまで追ってきた公算の方が高いだろう。


「すす……捨てるって、あの家を!?」


 急な俺の提案に、グラーは蒼くなって首を振った。


「そうだ」


「でも……寒いじゃないか。食料は? 寝るとこはどうすんだよ!? 冬を越せないぜ!?」


「今晩にでも食われたいなら、お前だけ戻れ」


 冷たく言い放った俺の顔を見ながら、グラーはとうとう泣き出してしまった。


「せっかく……家が手に入ったのに……食料も……ぜんぶ……」


「泣くなバカ。そんなことより、今夜のねぐらを探さねえと、どっちみち死んじまうぞ」


 俺達は用心のため、五ストゥンデンも川の中を歩いた。

 川の水は凍り付きそうなほど冷たかったが、臭いで追いつかれないようにするためにはそうするしかなかったのだ。

 そこから更に川沿いを歩いて下る。視界が開け、川の合流地点まで来てようやく俺達は森の外れの草原へと進路を変えた。


「ど……どこに行くんだよぉ?」


「このままじゃ凍死しちまう。近くにフェルドヘイスの村があったはずだからな」


 フェルドヘイスは俺達フェルドラッテとよく似た種族で、耳と足が長い以外はほとんど変わらない。

 性質は穏和で臆病。余所者はなかなか受け入れてくれないが、幸いなことに近くの集落には知った顔もいる。俺達と違って肉や魚は食べないから食事は期待できないが、一晩くらいは泊めてくれるだろう。


「すげえな……真っ白だ」


 グラーがぼそりと呟いた。

 俺達が歩き続けている間も雪は降り止まず、森外れの草原は一面の雪に覆われてしまっていたのだ。フェルドヘイスの住む集落は、この草原を越えた先だ。


「おれ……もう歩けねえよ…………」


 突然、グラーがそう言って膝を突いた。

 雪の草原は、思った以上に歩きづらかったのだ。あっという間に膝まで積もってしまった雪に足を取られ、予想の十分の一も進んでいない。そして、吹き付ける風は容赦なく俺達の体温を奪う。


「バカ。もう少し頑張れ。こんなとこで死にたいのかよ!?」


「そんな……こと……いってもさ……」


 グラーが目を閉じかけている。まずい状態だ。

 俺はグラーの頬を何度も引っぱたいたが、ぐんにゃりとしたまま左右に頭を振るだけで反応がない。


「くそッ!! どうしたらいいんだよッ!!」


 俺は雪原のど真ん中でグラーを抱え、途方に暮れて叫んだ。


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