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グーリとグラー  作者: はくたく
グーリとグラー
3/5

1-3カステラづくり

 巨大鳥の離陸は、凄まじい突風を伴う。俺達を、隠れている繁みごと吹き飛ばさんばかりの勢いで、親鳥は飛び立っていった。

 秋とはいえ、日差しはまだ強かった。のどの渇きと毛皮を焼く、太陽光線に、そろそろギブアップしようかと思い始めた頃である。

 昇った朝日が、中天に近くなる昼前、ようやくラルギュースの親鳥は飛び立ったのだ。

 すっかり消耗したグラーが、俺の隣で、大きく溜息をついた。


「ふう……い……行った……みたいだな?」


 昨日、ヴェアバールどもが食われてから、俺達は一言もしゃべっていなかった。

 むろん、一切飲まず食わず。ふだん、おしゃべりのグラーが、約二十時間近く黙っていたのだから、大したものだ。


「よく頑張ったな。グラー。これで、作戦は第二段階に入ったことになる」


「第二段階?」


「これから、俺は調理用具を取りにいったん戻る。おまえは……そうだな、あの卵が二つくらい、すっぽり入るくらいの大きさの穴を、卵のすぐ脇に掘っておいてくれ」


「穴ぁ? どうすんだよ、そんなもん」


「説明している時間はねえ。いいか? あの卵が二個入るくらいの穴だぞ? いや、もう少し大きくてもいい。それと、万が一ラルギュースが帰ってくるようなら、黙って伏せてろ。俺に気は遣うな」


「だだだって、いいのかよ? あいつ、じっとしてたら見えないんだぜ? グーリが食われちまったら、俺、どうすりゃいいんだ!?」


 グラーは、おろおろとした声で言った。

 ったく、俺がいなけりゃどうしようもねえってのか。仕方のないヤツだ。


「そんなヘマはしねえよ。ヤツの手口は分かったからな。分かってさえいればどうってことはねえ」


「そそ……そうなのか?」


「いいからさっさと穴を掘れ。俺が帰ってくるまでに掘り上げておけよ」


 そう言い捨てると、俺は、まだ何かもごもごと言っているグラーの方を振り向きもせず、住処へ向かって駆け出した。

 作戦は始まったのだ。すべてを親鳥が帰ってくるまでに仕上げておかなくてはならない。一秒だって無駄には出来ない。


 自宅の一番奥の物置に飛び込んだ俺は、ドラゴンの皮を引っ張り出した。

滅びた俺達の村に伝わる、大切な宝。

 成獣のドラゴン一体分の皮なぞ、滅多にあるものではない。

 この皮は、燃えず、剣を通さず、水はもちろん、強い酸でも、あらゆる毒も通さない。


「穴、空いてねえだろうな……」


 俺は念入りに裏表を確かめた。これほど丈夫なドラゴンの皮でも、食い破る害虫はいるからだ。穴が空いているようなら、補修しなくては使えない。


「…………大丈夫みたいだな」


 俺はドラゴンの皮を風呂敷代わりにして、調理道具と材料を詰め込んだ。

 調理道具とは言っても、いつも使っている、みみっちいフライパンや泡立て器なんぞ、使い物になるわけがない。

 丸太、長い板、ロープ、それと泡立て器代わりにと、庭に生えていたクロモジの木を折り、葉を払って枝だけにした。水瓶、砂糖、穀物の粉、ふくらし粉…………材料はどれも、とっておきの非常食だ。

 これだけの資材をつぎ込んで、もしできあがったカステラが他種族に売れなかったら、俺達は冬を待たずに死ぬことになる。

 これはひとつの、大きな賭けなのだ。


 風呂敷包みを作り上げた俺は、それを小さな荷車に積み込んだ。

 この荷車も、滅びた村の財産だった。荷車と言っても、木製のささやかなものだ。とてもあの卵を運ぶ事は出来ない代物だが、この程度の道具や材料を運ぶには充分だ。


 俺は荷車を引っ張って、急いで卵のところへとって返した。

 あらためて往復してみると、近い。

 こんなに住処の近くに、あんなヤツが巣を作ったのでは、どのみち俺達は生きてはいけない。グラーが卵を見つけたのは、まさに僥倖と言うべきだろう。


「う……うひゃあああ!!」


 荷車を引いてくる俺の姿を見て、グラーが情けない悲鳴を上げる。

 まったく、貴様が驚いてどうする。


「何驚いてやがる。俺だ。俺だ。」


 俺は、周囲に垂らしておいたドラゴンの皮をめくって顔を見せてやった。


「なな……なんだグーリか。ドラゴンかと思ったぜ……どうしたんだよ。これ……あ、まさか!?」


「そうだよ。村の宝のドラゴンの皮さ。」


「な……なるほど。こうやって近づいてくれば、ラルギュースもドラゴンだと思って手出しして来ないな……」


「そういうことだ。だが、それだけじゃねえ。こいつは、大事な調理道具なのさ。おい。穴は掘れたのか?」


「ん? ああ、見てくれ。こんなもんでどうだ」


 自慢げにグラーが示した場所には、たしかに広い穴が出来上がっている。

 素手で掘ったのだろうが、さすがの馬鹿力だ。このパワフルさだけは、コイツには敵わない。


「まあ、いいだろう。じゃあ、こん中に石を敷き詰めて、落ち葉と枯れ枝、丸太なんかの燃料をありったけぶち込め」


「えええ? そんなことしてどうすんだよ?」


「いいから、言われた通りやれ」


 少し時間が経ちすぎた。作戦開始から、すでに一時間以上が過ぎている。

 昨日は、親鳥は五時間以上巣を空けていたが、今日は二時間で帰ってくるか、三時間で帰ってくるかも分かったものではないのだ。

 昨日の惨劇を思い出すと、首筋が寒くなるが、ここまで来たら後には引けない。

 とにかく、親鳥の帰還までに、作戦をあと二段階進めておく必要がある。

 俺達は、河原へ下りて石を集めて穴に敷き詰め、そこへ周囲から落ち葉や枯れ枝などをうずたかく積み上げ、火を付けた。

 ここ数日雨は降っていない。乾いた落ち葉は、あっという間に勢いよく炎を上げて燃えだした。


「おいおい。フライパンも鍋もないのに、こんなに火をつけちまってどうすんだよ?」


「黙って見てろって。こっからは、時間との勝負だぜ。おい、グラー。穀物の粉と砂糖、ふくらし粉を、ふるいに掛けてよく混ぜておけ」


「お……おう……」


 状況がつかめないまま、グラーはもごもごと返事をした。

 俺はその間にロープと丸太を組み合わせて、かき混ぜ機を自作する。原理は、丸太を上下させることで、軸に絡みついたロープが回転力に変え、それを軸に縛り付けたクロモジの枝に伝える仕組みだ。回転力を支える支点はドラゴンの皮。

 要は、巨大な火熾し道具である。摩擦にも火にも強いドラゴンの皮あればこそ使える道具だ。

 三十分もすると炎は収まり、たき火は熾火となって静かに燃え始めた。


「今だ。おい、そっち持て」


 俺はグラーと二人で、ドラゴンの皮を熾火の上に広げ、穴をすっぽりと覆い隠した。

 これでようやく、ボウル兼フライパンの準備が出来たことになる。


「よし、卵に穴を空けろ」


 まだよく理解していないグラーは、きょとんとした顔で卵を思い切り殴りつけ、そのまま無言でうずくまった。


「…………俺は時々、お前が羨ましくなるよ」


 俺は大きく溜息をついて言った。

 これだけ何も考えないで生きていたら、さぞや幸せなことだろう。


「こ……こんな痛ぇのの、何が羨ましいんだよ!!」


「いや、まあ、だが少しは頭を使えよ。普通の鳥の卵の殻でさえ、おでこで割ると痛ぇだろうが。これだけの卵なら、厚みは数メルチあるだろう。手で割れるわけないだろ」


「…………痛ぇ」


 よほど痛かったのか、それとも悔しいのか、グラーはそれ以外の言葉を失ってしまったかのように呻いている。


「まあいいや。少し休んでろ。これからたくさん働いてもらうんだからな」


 俺はそう言うと、手に持った石で、卵の下部を力一杯叩いた。

 数回、思い切り叩き付けて、卵の表面にようやくヒビが入る。グラーを振り返ると、まだ踞っていた。よくもこんな物を素手で叩いたものだ。

 俺は、卵の殻が、ドラゴンの皮のフライパンの中に落ちないように、ゆっくり注意しながら卵の欠片を取り去っていった。

 外の卵殻を取り除くと、その下には薄皮――――いわゆる卵膜がある。

 これまた、常識外れに分厚い卵膜をナイフで切り裂くと、中から透明の美しい白身がこぼれだしてきた。


「グラー。もう痛みは取れただろ? 卵の中身を掻き出してくれ」


 そう言うと、渋々立ち上がったグラーは、ぶつくさ言いながら、木を削って大きなヘラ状にしたものを卵の穴に突っ込んだ。

 何度か中をこね回すうちに、黄身が破れたのであろう。黄色いどろっとした液状の中身が、一気にドラゴンの皮の中へ落ちていった。


「かき混ぜるぞ。手伝え」


 俺は、先ほど自作したかき混ぜ機の、丸太の一方を持ってグラーに指示した。


「ちくしょう。こうなりゃなんでもやってやるぜ!!」


 グラーが、もう片方の丸太の端を持って叫ぶ。


「ようし、その意気だ。じゃあ、思いっきり上下させるぞ」


 モタモタしていて卵に火が通ってしまったら、オムレツになってしまう。

 俺達は、猛烈な勢いで丸太を上下させ始めた。

 予定通り、軸は高速で回転し、それに合わせてクロモジの枝も回転する。卵はあっという間に泡立ち、きめの細かい白っぽいものに変わってきた。


「も……もういいんじゃねえか?」


 張り切りすぎたグラーは、息も絶え絶えといった様子だ。どうも、程度ってやつを知らんのである。


「ん。じゃあ、さっき混ぜておいた粉類と、水を入れるぞ」


 粉はかき混ぜながら、少しずつ足していく必要がある。

 俺達は何度かに分けて、粉を投入し、かき混ぜ機が重くなると水で伸ばした。

 その水のおかげで、ずいぶん粘りは少なくなったが、それでも、卵だけの時に比べると、相当な重さだ。

 まあ、この程度のものが練れないようでは、カステラなど出来っこないのだが。


「うぐ……はあはあ……ひい……」


 俺もグラーも、力尽きてへたり込んだ。滝のような汗が、体中から滴る。

 考えなしに、フルパワーで丸太を上下させ、生地をかき混ぜ続けていたグラーは、もはや指一本も動かせない、といった様子である。


「よくやった。これでとりあえず、今日の仕事は終わりだ。」


「今日のぉ!? どういう意味だよ!? あと一時間もすりゃあ、親鳥が戻ってきちまうんだろ? 今日中にすべてやんなきゃ……」


「いや、すべては最初っから出来ないんだ。だから、俺達はここで寝るんだ。」


「ハァ!? なんだって!?」


 度肝を抜かれた表情のグラーに、俺は作戦の全貌を話した。

 この生地の上に、残ったドラゴンの皮を敷き、土を被せて放っておけば、熾火と熱された石の余熱で、カステラは焼き上がる。

 だが、これだけの量だ、一時間やそこらで焼き上がるわけがない。少なくとも数時間。

 出来れば、十数時間は欲しい。

 だから、俺達はこのまま隠れて、やり過ごすのだ。今、空になったばかりの卵の中で。

 そうして、明日、カステラが焼き上がるころ、再び親鳥は飛び立つ。土を取りのけ、良い香りが漂えば、ヴェアバールやシュバインどもが臭いに釣られてやって来る。

 そうして俺達は、クリを手に入れるのだ。

 話を聞き終えたグラーは、ガクガクと震え始めた。


「ばばばばばバカなこと言ってんじゃねえぞ!? 卵の中に、だって!? そんなの、見つかったらいっぺんに食われちまうじゃねえかよ!!」


「そうだな。そうなったら、一巻の終わりだ」


「何冷静に言ってんだよ!? 俺はなあ!!」


「聞け!! グラー!! グラー=ヴィルヘルム=フルトヴェン!!」


「な……何だよ……?」


「危険なのは分かってる。リスクは承知の上だ。だが、卵が空だと分かれば、ヤツはどんな行動に出る? 」


「そりゃあ…………どうなるんだ?」


「まず間違いなく、空の卵を抱くのをやめて、臭いをたどって俺達を追ってくる。大切な卵を奪われたんだ。きっとしつこいぞ? せっかくのカステラが焼き上がる明日の朝、俺達はこの世にはいない……ってわけだ」


「う……でも、それは明日になったって同じじゃねえか?」


「同じじゃねえ。明日はいろんな種族がカステラを買いに来る。どいつが犯人かなんて、親鳥にわかるもんかよ。覚えているか? 昨日、三匹のヴェアバールが食われたろ?」


「あ……ああ……」


「さっき、ちょこっと寄ってよ。ヴェアバールのおさにカステラの件と、三匹が食われた経緯、話しておいた」


「じゃ……じゃあ……まさか」


「そうよ。ヴェアバールどもは執念深いからな。きっと親鳥を仕留めに来るぜ? 今夜か、明日の朝かは、わからねえけどな。ラルギュースとヴェアバール、どっちが勝とうと関係ねえ。俺達は卵の中で逃げおおせて、カステラを売りさばくってわけだ」


 この作戦に穴はないはずだ。万が一ヴェアバールが来なくても、親鳥が飛び立ってから、カステラを売って逃げればいい。

 怯えた表情のままのグラーに、俺はにやりと笑って見せた。


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