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グーリとグラー  作者: はくたく
グーリとグラー
1/5

1-1グーリとグラー

最初に謝っておく。バカなことを思いついて、申し訳ない。問題あればすぐに削除します。

「う……うーん。よく寝たな。今日もいい天気みたいだな」


 窓から差し込む朝日に照らされ、俺は心地よい眠りから覚まされた。

 秋も深まってきたとはいえ、まだ日の出は早い。本来ならもう少し眠っていたい時間だが、起きてしまった以上は仕方ない。俺は枯れ草を敷き詰めたベッドの中で、大きく伸びをした。

 見るともなく隣を見ると、ルームメイトのグラーはまだ、夢の中だ。

 着古しの青い寝間着の前をだらしなくはだけ、口からはよだれを垂らしている。

 コイツの寝ている場所までは、朝日はギリで差し込まないのだ。

 実に幸せそうな寝顔だ。寝位置決めのじゃんけんに負けたとはいえ、理不尽さにイラッとくる。

 俺はグーリ。グーリ=アミール=サマルカンド。

 人間ではない。種族は隣に寝ている、このグラーと同じフェルドラッテだ。

 齧歯類系の獣人、とでも言えば分かりやすいだろうか?

 この森に住んでいるフェルドラッテは、俺達二匹だけだ。本来は多産で個体数も多いフェルドラッテだが、捕食もされやすい。

 大型のドラゴンや魔獣によく襲われる。

 かくいう俺達の一族も、村ごと巨大鳥ラルギュースの餌食になった。

 俺とグラーは、隣同士。まだ小さかったため、瓦礫の下に隠れてなんとかラルギュースの襲撃をやり過ごしたのだ。

 瓦礫から這い出したときには、両親も、何十匹もいた兄弟も、すべて食われていた。

 鳥の食事は丸呑みだ。

 屍体はカケラも残っていない。吐き出された未消化の衣服や装飾品が、粘液にまみれてその辺に転がっていただけだ。

 吐き気を催す様な、酸っぱい臭いを放つその未消化物の塊を、俺達は、泣きながらほじくって、遺品を探し出し、家族の墓を作ったのだ。

 生きたまま、ラルギュースのノドに送り込まれていく母親の断末魔は、今でも耳にこびりついて離れない。


「起きろ。おい、起きろグラー。グラー=ヴィルヘルム=フルトヴェン!!」


「ん……? ああ、なんだグーリか。いちいちフルネームで起こすなよ……」


「お前、フルネームで呼ばねえと、起きねえじゃねえか。今日は、ドングリ拾いに行くんだろ? 早く起きろよ。遅くなると、ドラゴンや魔獣が徘徊する時間帯になっちまうぜ?」


「……そうだったな。ドングリ採って来なきゃ、冬越せないしな」


 グラーは、寝ぼけ眼でぶつぶつと呟きながら、枯れ草のベッド上に身を起こした。

 グラーのオレンジ色の体毛が、朝日を浴びてキラキラと輝く。

 俺達フェルドラッテ特有の、美しい黄金の輝きを持つ毛皮だ。

 様々な生き物に補食される、俺達フェルドラッテの生態的地位は低い。だから、毛皮は高い防御力を持つように進化した。

 といっても、物理的防御力ではない。魔法力からの完全なステルス能力。

 魔力をはじき、あるいは吸収するこの毛皮さえあれば、魔力を頼りに獲物を狩る魔獣からは、完全に隠れることが出来るのだ。

 だが、いいことばかりではない。魔法力の完全遮断のできるこの毛皮欲しさに、人間どももまた、俺達を狩る。


「ん……どうする? ドングリ、どうやって料理しようか?」


「体が慣れるまで、大量には食えねえからな。保存食にしておきたいところだ。たしか、樹液を煮詰めて作った砂糖がたっぷりあったろ、あれで煮込んで砂糖煮にしておこうぜ。渋味も誤魔化せるし、ちょうどいいだろ」


 俺達フェルドラッテの冬期間の主食、ドングリは、落葉広葉樹の堅果で、毎年大量に実る。

 この森に住む多くの生き物にとっては、大切な自然の恵みのひとつなのだが、実は毒成分の一種、タンニンを大量に含むのだ。

 むろん、俺達はそれを分解する唾液結合性酵素を持っているんだが、ヴェアバール族やシュヴァイン族と違って、常に分泌しているワケじゃない。

 しかも、体が小さいくせに、代謝が高く、体重あたりの摂取量が多いフェルドラッテは、その分、毒に当たりやすいのだ。

 だから、秋口から少しずつドングリを食べて体を慣らし、酵素の分泌量を増やして、他の食い物が尽きる真冬には、貯蔵したドングリだけで生活できるようにする。


「シイかクリでも見つかればいいんだがな…………」


 グラーがぼやく。

 クリもシイも、タンニンの含有量が少なく、糖分が多くて味もいい。だが、競争率も高いのだ。


「クリなんか、今頃とっくにヴェアバールどもの胃の中だ。あいつら、木登りできるからな。熟さねえウチにみんな食っちまう。シイは、海岸沿いの常緑樹林帯まで行かねえと無理だろ。行くには、シャーカイ地区の砂丘陵帯を通らなきゃならんが……行くか?」


「いやいやいや、とんでもない」


 グラーは顔を引きつらせて、ぶんぶんと頭を振る。

 それもそのはず。シャーカイ地区の砂丘陵帯は、海岸沿いに数キロにもわたって続く、草もまばらな乾燥地帯なのだ。上空からはラルギュースやギャイオス、ラドゥーンなどの大型鳥類が狙っている上、地中にはテレスド、バルァゴン、グドーンなどの待ち伏せ型の魔獣も潜んでいる。とても俺達二匹でたどり着けるような場所ではなかった。


「まあ、クリが全くないってワケでもねえだろうし、少しでも見つけたら、軟らかく煮てクリームにでもしようぜ? それなら、あんまし採れなくても、いろんなモノに塗ったりして、長く味わえるだろ?」


「ん……まあ、そうだな」


 グラーは力なく言った。



***    ***    ***    ***    



「ねえな。クリ……」


 グラーがつぶやいた。もうこれで何十回目だろう。

 森の中は、すでに様々な種族が収穫にやってきた後だったのだ。クリの木の下には、まだ青いイガが落ちており、もちろん、その中には一つのクリも残ってはいない。

 たまにあったと思えば、小さな穴が空いている。そのようなクリは、ゾウムシに食い荒らされて中身はほとんど残っていないのだ。

 だが、俺達が森に来たのは、冬の準備のため、ドングリを収穫するためだ。あるかないか分からない、クリを拾いに来たわけではない。

 俺はいい加減、イラッと来て言ってやった。


「クリはヴェアバールどもが食い散らかした後だろうってのは、予想が付いていたんじゃねえのか。一個でも二個でも、拾えりゃ、それでラッキーだったと満足しとけよ!!」


「そ……そんな言い方はないだろう、グーリ。オレはただ、少しでもクリが食いたいなって思っただけでよ……」


「だから!! クリはついでってことにしとけよ!! シャキッとしてドングリ集めねえと、冬を越せねえぞ!?」


「す……すまねえ…………」


 だが、すまなそうに、もそもそと呟くグラーのバスケットの中身は、虫食いのクリが二、三個と、保存にはとても耐えないタマゴタケが一本入っているだけだ。


「いいか? 二匹で暮らしている以上、俺達は運命共同体だ。だが、自分の食い扶持くらい自分で確保できねえ様なヤツに、分けてやる食料もねぐらもねえ!! まじめにやれ!! 出来ねえなら出て行け!!」


「だ……だから、分かったよう……」


 グラーは、ようやくクリを諦めたのか、ポツポツと落ちているドングリを拾い始めた。

 全くグズなヤツだ。

 のろのろとしたグラーの手元を見て、俺は叫ぶ。


「あーっ!! クヌギはやめてくれ、タンニンが多いから。粒は小さくても、コナラの方を中心にな。あと、割れたのや虫入りは、採るときにはじけよ!! 後で分別すんの、大変なんだからな!!」


 我ながら口うるさいとは思うが、こうでも言わないと、グラーは適当に量だけ採ってお茶を濁そうとするに決まっている。

 去年も、ヤツのバスケットのドングリは、半分近く捨てねばならなかったのだ。


「分かったって……いちいちうるさいんだよグーリは…………うわああ!!」


 突然、数m先を歩いていたグラーが、大きな叫び声を上げた。

 下ばかり見て歩いていた俺は、その声に慌てて顔を上げる。

 だが、繁みの向こうに消えたグラーの姿は見えない。

 しまった、敵か?

 最初に頭を過ぎったのは、それだった。

 数は多くないが、森の中には、ゴーズィラやゼトンといった、魔獣も住んでいる。

 ヤツらの動き回る時間帯は外してあるはずだが、生き物に絶対などということはない。

 こんな時間だが、動き出す気まぐれな個体がいないとも限らない。

 風向きはいつの間にか、逆になっている。進行方向が風下。まずい。これでは、敵の接近を臭いで感じ取ることはできない。

 俺は、無言で身を伏せた。

 フェルドラッテ族の毛皮は、ヤツら魔獣にとって不可視の鎧だ。こうしてしまえば、俺の姿は見えないはずだ。体臭も薄い俺達は、直接鼻を押し当てて、臭いでも嗅がれない限りは、まず見つからない。

 とにかく、息を潜めるしかない。

 あとは、ヤツらがグラーを捕食して、通り過ぎるまでやり過ごすだけだ。

 グラーには悪いが、いまさら助けに向かったところで、俺の力ではどうすることも出来ないのだ。

 だが、予想したような、地響きのような魔獣の足音も、グラーの断末魔の悲鳴も、いつまで経っても響いてこない。俺は、再び顔を上げた。

 すると、繁みがガサガサと動き、グラーの声が聞こえた。


「グーリッ!! ちょっと来てくれ。すごいもの見つけちまったぜ!!」


 どうやら、魔獣に襲われたわけではないらしい。

 ほっとしながらも、無遠慮な声を上げるグラーに舌打ちし、俺は身を起こして、そっと駆け寄った。


「グラー!! どうしたってんだ!!」


 油断はしない。声は低く、潜めている。


「これだよ!! 見てくれ!!」


「むう……何だこれは……」


 俺は、思わず唸った。

 そこにあったのは、真っ白な、巨大な卵だったのだ。


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