5話:新しい風
「マリコ、トモコ、空いてる席あった?」
キラは隣の友人達にひそひそ声で話し掛けた。
今日は図書館で勉強しようと友達と一緒に来たのだ。
日曜の昼過ぎだからか、席はどこも一杯だった。
「どこかないかなー」
「キラ、あそこ三つ空いてるよ」
マリコがとある席を指差す。
確かに三つの席が空いている。
「じゃあ、あそこにしよう」
キラ達は席に座って本を開き始めた。
キラは席に座った途端、誰かが隣に座っているのに気付いた。
(まあ、殆ど満席だし当然だよね)
そう思ったのだが、目線を下ろすと視界の隅で揺れる長髪がちらついた。
どこかで見た藍色の髪だ。
「・・・え?」
「・・・?」
隣の人と目が合った。
そこにいたのは・・・・・
「に、二宮さん!?」
キラは思わず声をあげて立ち上がった。
ガタッと椅子は音を立て、隣にいたマリコとトモコは驚いた。
周りの視線がキラに集まる。
テルはキョトンとしていたが、相手がキラと分かると目を逸らし、荷物を纏めて足早に去って行った。
「あ、待って!二宮さん!!」
キラも慌ててその場を去って行った。
「おーい、荷物ー」
トモコは荷物を置いて去って行ったキラに呼び掛けたが、キラはもう去ってしまっていた。
「待って、二宮さん!」
図書館の入口付近でキラはテルを呼び止めた。
テルはいらつきながら振り向いた。
「何?」
「いや、あの・・・」
キラは言葉に詰まった。
そもそも何故テルを追い掛けたのか自分でも分かっていなかった。
「い、いい天気だね!」
「・・・・・」
テルは無言でキラの隣を通り過ぎる。
キラは咄嗟にテルの腕を掴んで引き止めた。
「私・・・やっぱりジュエラーとは戦わない。モンスターを倒すために戦う」
「なら、私は容赦はしない。今すぐにでも貴女を殺す」
そう言ってカードデッキを手に取るが、キラは動かない。
テルは不審に思って動きを止めた。
「私、二宮さんが人を殺せるとは思えない」
テルはキラの急な発言に面を喰らう。
キラは続けて話し続ける。
「なんだか、二宮さんは無理して殺すって脅してるみたいで」
「知った風なこと言わないで!」
テルが大声で割り込んだため、キラはビクッと体を震わせる。
テルはキラから目線を逸らしたまま何か呟く。
「私は殺さないといけないの・・・」
「私は、貴女と戦いたくないよ」
テルはキラを睨みつけ、二人は長い間見つめ合う。
やがて、テルはそこを去ってしまい、キラは一人ぽつんと佇んだ。
キラは河川敷を歩いていた。
もう勉強に集中出来る気がしなかったため、二人に断りを入れて帰ることにした。
「二宮さん・・・」
思い返しても頭に浮かんでくるのはテルのことだった。
どうにかして彼女と戦わないようにすることは出来ないだろうか。
「何とかならないかなぁ」
そう呟いた瞬間、
「えっえっえっ!?」
足を踏み外し、斜面になだれ込む。
が、転倒する前に誰かの背中にぶつかって、転がらずに済む。
「・・・・・おい」
誰かの声が聞こえる。
ぶつかってしまった人だろう。
キラは急いで立ち上がり、相手を見た。
キラの視界に、パレットが張り付いた悲惨な絵が映り込む。
「ご、ごめんなさい!」
キラは何度も何度も頭を下げる。
相手が深いため息を吐いたので、キラは相手の様子を伺った。
男はライトグリーンの短髪を掻きむしり、やがて口を開いた。
「・・・反省してるならいい。どの道失敗作だったからな」
「え、そうなんですか?」
キラは意外に思った。
かなり上手に出来ていると思うのだが、どうやら男は気に食わなかったらしい。
その時、キラの頭にキーンと高い音が響いた。
「・・・・・モンスター!」
キラはモンスターの出現を察知し、その場から立ち去った。
男は暫く動かずにいたが、やがて踏み出し始めた。
キラはある程度走った後にゲートを見つけ、カードデッキを突き出した。
ポーズを決め、デッキをバックルに差し込む。
「変身!」
キラはダイヤモンドに変身し、ゲートを通り抜けた。
辺りを見渡すと、蟹のような人型のモンスターが屋根の上に潜んでいた。
モンスターはキラに気がつくと、キラに飛び掛かって来た。
キラはバックステップで回避し、カードを引いた。
《アームキラー》
キラの両手に武装が装備され、モンスターを殴りつける。
吹っ飛んだモンスターはすぐさま起き上がり、キラに向けて泡を発射する。
キラはカードを引いてセットする。
《ディフェンスキラー》
キラの周囲を光の竜巻が囲み、泡を防ぐ。
《オフェンスキラー》
電子音声が響いたかと思うと、竜巻の中から巨大なダイヤが飛び出しときた。
モンスターは避けようとしたが間に合わず、ダイヤを背中に受けて吹っ飛ぶ。
竜巻は納まり、中から右手に竜頭を装備したキラが現れる。
キラはモンスターに接近し、右手のドラゴンヘッドで殴り飛ばす。
モンスターはまたまた耐え切れず、大きく吹き飛んだ。
その時、キラの視界に何かが写り込んだ。
どうやらゲートが出現しているようだ。
そして、ゲートの向こうには先程の男が立っていた。
「あの人、どうして・・・」
キラは何故あの男がゲートの前に立っているのか分からなかった。
うろたえた様子が無い所から、この世界に関する知識があるようだ。
「もしかして・・・・・」
「アイツは、五階堂フウヤ」
キラが振り向くと、そこにはアキラが変身した姿で立っていた。
アキラは彼のことを知っているようだ。
フウヤはデッキをゲートにかざし、竜巻の様な軌道で腕を引き、構える。
「変身!」
デッキをバックルに差し込み、姿を変える。
全身を纏う装甲は緑色の輝きを放ち、肩や頭には竜巻型の飾りが付けられている。
変身が終わると、両腕を上から下へ振るう。
すると、淡い緑色のムチが現れる。
フウヤはゲートをくぐり、こちらの世界に入って来る。
フウヤの視線がキラとアキラに向けられる。
「そして、ジュエラーとしての名は・・・・・エメラルド」
アキラの説明を聞き、キラは再度フウヤを見つめた。
フウヤはモンスターとこちらを交互に見る。
その瞬間、アキラはいきなり飛び出し、フウヤに特攻する。
「アキラさん!?」
「五階堂、覚悟!」
フウヤはムチを振るい、アキラと戦い始めた。
キラが戸惑っていると、後ろから誰かが声を掛けてきた。
「驚かなくていいでしょう。ジュエラーって、ああいうものよ」
「二宮さん・・・」
キラが振り返るとそこにはテルがいた。
もっと話そうとしたが、モンスターが突撃してきたためキラは体を押されていく。
テルはカードを引き、剣に挿入する。
《ファイナルキラー》
「えっ!?」
キラがモンスターを蹴っ飛ばすと同時に、テルが必殺技を発動する。
そして、紫の刃は一直線に進み、モンスターを貫いて爆散させる。
しかしテルの技は止まらず、キラに向かって真っ直ぐ向かって来る。
キラはこれは事故ではなく、テルがモンスターと一緒に自分も倒そうとしていることを悟った。
キラの目に、迫り来る紫の光が焼き付いた。