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28話:キラのいない町

その日は違和感とでも言うべき感覚を感じる者が少数だがいた。


アキラもそんな感覚を感じる一人だった。

いつもの町並みも人の気配もどこか味気ない。


「あいつも、そんな頻繁に戦っている訳じゃないんだがな」


キラも毎日モンスターと戦っているはずもなく、修学旅行の日数ほど顔を見ないことはざらにある。

しかし、旅行に行っていて、この町に確実にいないとなると……何故だか、酷く物騒に思えた。


「キラ……お前は、やっぱり凄いよ」


キラがいなければ、ジュエラー同士の戦いが中断することはまずない。

だから、戦うとしたら今なのだが……何故か、アキラはフウヤを倒しに行く気にならなかった。




「…………」


「つまんないねー」


お前がいると尚更な、とフウヤが愚痴を言わなかったのは慣れというもののおかげだろう。

ユカリは不機嫌な表情で頬をプクーっと膨らませる。


「ダイヤちゃんがいないとやる気が出ないよー。フウヤ君も遊んでくれないし」


本人がいる時は戦いを強要され、いなければ脱力される。つくづく倉四季キラという少女は不幸だと思う。


フウヤは自分の肩に乗っかったユカリの顔を眺めた。

整った顔立ち、だと思う。

これで中身が凶悪殺人犯なのだから世界というものはどうしてこうも惜しいことになるのだろうか。


……そういえば、何故自分はユカリの容姿を気にしたのだろうか?


(まぁ、どうでもいいか)


フウヤはどうでもいいことと切り捨てた。

自分の事となると客観的になれていない辺り、フウヤもまだまだ大人でないのかもしれない。




タツヤが立ち止まると、隣を歩いていたカツヤも足を止めた。


「どうしたんだい?」


「……姉さんは、サッカーが好きでしたね」


「そうだね」


タツヤの目線の先には、スポーツショップのサッカーボールが置かれてあった。

昔の思い出がふつふつと沸き上がり、その表情に悲しみが紛れていく。



「本当なら、士守ミナミから士防ミナミになるはずでした」


「分かってる……ミナミを幸せにするためにも、必ず勝とう」


カツヤはそうタツヤに告げた。

自分も悲しいが、姉を失ったタツヤの方が悲しいに決まっている。


絶対に願いを叶える。

二人の誓いはぶれることはない。




「ん……」


マリスの口から甘い声が漏れる。

リリーは構わず再度唇を押し付けた。舌を交わしながら、服の上から優しく胸を揉みしだく。


「痛く、ない?」


「うん……でもお姉ちゃん、今はお姉ちゃんが嫌々攻めてるって設定なんだからそんなノリノリじゃ駄目だよ」


どうしてこの子はこんな無茶ばかり言うのだろう。

二人で肌を重ねる、それを嫌々出来るはずがない。姉も妹も、互いを愛しているのだから。


「マリス、今日はお母さんとお父さん、帰って来るからね」


「……邪魔だなぁ」


両親とマリスの力関係は完全に逆転していた。

学校にも行かず毎日姉と過ごすなどという行為を見逃しているのはマリスがジュエラーの力で両親を脅しているからだ。


それでもマリスが両親を決して傷付けないのは最後の良心なのかもしれない。

リリーはこれらの状況を深く考えるのが嫌いだった。正しくは、恐れているのかも。



「マリス」


「んっ」


リリーは、マリスと今日だけで何度目か分からないキスをした。

この交わりに救いがあるとすれば、それは両者の間に愛があるということだろう。それだけが、せめてもの救いなのだ。




「ごきげんよう」

「ごきげんよう」


何度も何度も別れの挨拶をして、クランは学校から下校する。


かなりの進学校で、その優秀さは地域でも折り紙付きだ。

だが、この学園も完全ではない。


(いじめに不正、非行……どうしてこんな学園だけで絶えず問題が起こるのやら)


学力低下や社会性の欠如は、これらの二の次だとクランは考えていた。

正さなければならないが、正直いくらでも改善の方法はある。


ただ、いじめなどの犯罪は起きた時点でアウトだ。

いくら厳しく取り締まっても、効果はない。

それどころか、厳しくすればするほど問題が表面に出なくなり、より陰湿な手口になっていく。


「結局は、犯罪を犯してしまう心理をどうにかしなければならないのだ」


クランの持論だった。

問題を取り締まる機関というものは存在そのものが問題根絶の妨げになる。

機関の存続のため、結局はある程度の段階まで行くと問題を無くさず生かそうとする連中が必ず出て来るのだ。


「なら、最初から問題が起きなければいい」


差別や犯罪。

食料問題や民族対立などの問題が一切起こらない世界になれば、誰もが幸せな人生を送ることができる。


それを本当の幸せじゃない。と言う連中はいるだろう。

その通りだが、現状を考えれば余程マシになるだろうと思う。

多くの人は努力して得る幸せよりも自堕落な平和を選ぶものだ。

今の世の中より堕ちることはないと思うが。


「倉四季キラ……」


クランは思わずキラの名を呟いた。

どうにかしてキラを引き入れられないものかと真剣に考える。


最初、クランは誰かと協力するということは微塵も考えなかった。

だからひたすらジュエラーと戦わずにモンスターを狩って力を蓄え続けていたのだ。


それでも念のため観察をしていたら、キラを見つけたのだ。

正直に言えば、強い人間ではない。意志も力もあまりない弱い人間だ。


ただ、異常なのだ。

あれだけ人に優しいのに、心の奥では酷く平等に命を扱う人間はなかなかいない。


命を平等に扱う奴は大抵冷たい…というより、どこか諦めているのだ。

だから、全てを対等に扱える。



しかし、キラは何も諦めていない。

友達は大事にするし、家族は心の底から愛している。

それでも、彼女の天秤では全てが平等だ。

敵も犯罪者も友人も自分も、全てが一つの命だと思っている。


それは優しいなどというものでなく、ただひたすら異常なのだ。

どこに犯罪者と家族を平等に扱う奴がいるのか。


「彼女なら、きっと分かってくれる。誰も傷付かない世界を望んでいるはず」


それは彼女の願望だったが、同時に彼女が一人の人間であり、人並みの欲を持っていることを意味する。

確かにクランとキラは似ている。二人とも命を平等で尊いものと見ている。



ただクランとキラは、やはり決定的に違う。

クランは全ての命は平等だと思っているから、大多数の為に極小数を犠牲に出来る。

キラは、全ての命は平等だから多数の為にでも小数を犠牲にしてはいけないと考える。例え、3人を殺さなければ残り1万人を殺すと言われても決して答えられない人間なのだ。



それ程彼女が異常であることを知る者はほぼいない。

誰もがよく分からないまま、彼女の異質さに引き込まれるのだ。



キラは今この町にいない。

ただ、彼女の信念は、いつでも誰かの心を揺らしている。

決して曲がることはなくても、彼女の思いは届いているのだ。

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