25話:私、本当に大好きだったの
キラの繰り出す拳をテルは剣で弾いていく。
二人の攻撃がぶつかる度に周囲が重い衝撃で震える。
<《サイクロンキラー》>
<《タイフーンキラー》>
テルの周囲に黒い霧が竜巻のようにうねりながら集まり、同じように白い霧がキラの周囲にも集まる。
互いの霧をぶつからせながら二人の武器がぶつかり合う。
キラはオオヌサを勢いよく振ってテルを後ろへ飛ばし、すぐにカードを使って追撃する。
<《ブロッサムキラー》>
キラを中心に桃色のキラキラ輝く粒子が一斉に広がっていく。
テルは粒子を一瞥するとカードを使う。
<《ミストキラー》>
テルの周囲に黒い粒子が現れた。
キラの技と違い、黒い粒子はテルの周囲に漂っているだけだ。
次の瞬間、粒子が一斉に爆発した。周囲が爆発の影響でボロボロに崩れる中、テルは無傷で立っていた。
キラの技が爆発するタイミングで自分の技を同じく爆発させることで、テルは爆発をやり過ごしたのだ。
「キラ……」
テルは剣を構えると、キラに向かって接近する。
キラもオオヌサを振って応戦する。
<《イリュージョンキラー》>
<《フラッシュキラー》>
テルは十人程に分身するも、オオヌサから広がる閃光によって消されてしまう。
剣とオオヌサがぶつかり合い、二人は至近距離で睨み合う。
「どうして分かってくれないの…貴女を殺さないと、私は」
「絶対後悔する……今私を殺したら、テルは後悔する!」
キラの語りにテルは反発する。
「そんな訳ない。母さんのためにも私は……」
「いいの……?」
テルはキラが何を言いたいのか分からなかった。
キラは膝蹴りをテルの腹に叩き込み、テルをひざまづかせる。
「今、お母さんの側にいなくていいの……?」
テルはハッとしてキラを見上げる。
キラはテルに手を差し延べた。
「早く……今お母さんに会わないと、それこそ後悔するよ」
キラはテルを引き寄せるとカードを使った。
<《サモンキラー》>
エターナルドラゴンが現れ、ユカリ達の周囲に向けて光弾を発射する。
アキラ達が混乱している隙にキラはテルを引き連れてゲートを潜る。
アキラやフウヤがこれを機にゲートを潜って帰ろうとしている中、マリスは考え事をしていた。
「あの力……もっと見た方がいいわね」
マリスはキラ達のエターライトを警戒していた。
偵察することを計画すると、マリスも避難した。
ゲートを潜って元の世界に戻ると、キラは辺りを見渡した。
テルは暫く呆気に取られていたが、やがてキラの手を振りほどいた。
「何のつもり!?」
「ああでもしないとテル、話をしてもくれないと思ったから…」
キラはそう言った瞬間、黒の高級車が目の前に止まり、中から執事が出て来た。
「じいや?」
「お願いします」
キラはテルを執事に引き渡した。
執事はキラに頭を下げる。
「ありがとうございます、キラ様」
そして、素早く車に乗り込む。車に乗せられたテルは執事とキラに抗議した。
「ちょっとじいや、何考えてるの! 一体キラと何を……」
「私は、やめないから」
キラは車の窓越しにテルに話し掛けた。
「私はジュエラーを殺さないし、人を守るためにモンスターを倒す。そのためだけに戦うことを曲げたりしない」
「まだそんなことを……」
「だから……お母さんに会って」
テルはキラが何を言っているのか分からなかった。
その時、キラはハッキリと告げた。
「私は自分を絶対に曲げない……だから、テルの願いは叶わない」
「キラ……」
キラはテルに背を向ける。
すると、車が進み始めた。
「私はモンスターを倒す……テルはよく考えて。自分が何をしたいのか。お母さんの本当の気持ち」
「待っ」
テルが話そうとする前に、車が動き出してしまう。
テルは執事の肩を叩いて車を止めるよう頼む。
「じいや、戻って。キラを殺さないと、私」
「奥様が会いたがっております」
「…………え?」
テルは一瞬、何を言われたのか分からなかったがもう一度聞き返した。
「母さん、が?」
「意識を取り戻されたのです……もう長くはないそうです」
フウヤは疲れた体を休めようと河川敷でねっころがっていた。
目を閉じて寝ていると、隣に誰かが座って来た。
「こんにちはー」
「……はぁ」
隣に座ったのはユカリだった。
どうしてこうもこんな奴と会わなければならないのか。
フウヤは逃げようとも思ったが疲れていたため、諦めてやり過ごすことにした。
ただ聞き流すのも退屈だ。
気晴らしに会話をしてみることにする。
「お前……最初に人を殺したのはどんな状況だったんだ?」
「あれは……いつだったかなぁ。クラスの子と喧嘩してねー」
ユカリは自分の過去を語り始めた。
クラスでも浮いていたユカリはある一人に因縁を付けられたらしい。
「気付いたら家庭科室の包丁で刺しちゃってた。その時ね………気持ち良かった」
ユカリは鼻歌を歌いながらスキップし始めた。
「言葉にならないんだよなぁ。あの快感。何か良い表現ない?」
「俺に聞くな」
フウヤはげんなりしそうになった。
どうしてユカリの狂った感性に付き合おうなどと考えてしまったのだろう。
「何で人を殺して楽しいんだよ。俺にはそれがわかんないよ」
「フウヤ君は絵を描くのが好きでしょ?他の人もゲームだったりスポーツだったり……私はそれが人殺しなだけ。たのしーよー!」
ユカリはフウヤに飛びついてバタバタ跳びはねた。
フウヤは呆れて物を言う気もなくしてしまった。
「お母様!」
テルは母親に駆け寄って手を握った。
母親の手から伝わる力は微弱で、もう長くはない。
しかし、昔から変わらぬ温もりがテルの手から心へと広がる。
「テル……良い友達を持ったわね…」
「……え?」
テルは母の言葉に驚いた。
母親は、最後に娘に伝えるべきことを話し始めた。
キラは背後からモンスターの放つ光弾を受け吹っ飛んだ。
モンスターはその巨体をカサカサと動かしてキラに近付く。
《ディフェンスキラー》
キラはモンスターが繰り出すいくつもの足を盾で防ぐ。
キラが対峙しているのは、巨大な蜘蛛型のモンスターだった。
《バーストキラー》
口から吐き出された糸を宝石で足止めしながら、跳んで回避する。
キラに迷いがない訳ではない。自分の選んだ道が本当に正しいのか迷ってはいる。
ただ、それでもキラはテルに人を殺して欲しく無かった。
他の人にも、ジュエラーだからといって人殺しをさせたくない。
たった一人で、辛いとしても、戦いをやめるよう言い続けるしかない。
それで泣き言も言わない。
「私は、自分で選んだから」
もう、キラは立ち止まらないと決めた。
正しくても、間違っていても、泣くだけでは解決しないから。
《オフェンスキラー》
キラはドラゴンヘッドの口から巨大なダイヤモンドを発射し、モンスターを押し返す。
マリスは物陰からキラの戦いを観察していた。
キラのエターライトの力を詳しく知るためにも、直に目撃しなければ意味がない。
「さぁ使いなさい……あの力を」
あのモンスターは契約を狙える大物だ。一人で倒すのは容易ではない。
出来るとすれば……
<《エターライト》>
キラの体が光に包まれる。
そして、エターライトに進化したキラが現れた。
「……」
<《スラッシュキラー》>
オオヌサの先端から桃色のビームが飛び出し、刃となる。
キラはオオヌサを振り回し、モンスターの足を切断していく。
<《エレメントキラー》>
キラの両腕に白い光が纏い付き、キラはモンスターの顔目掛けて跳び上がる。
「うおおおおおおお!!」
キラの拳が叩き込まれると、モンスターの体はゴロゴロと転がっていく。
キラはすかさずトドメのカードを使う。
<《ファイナルキラー》>
ダイヤドラゴンが空間を裂いて現れ、その姿をエターナルドラゴンへと変える。
そして、バイクのような姿に変形して滑走を始めた。
キラはバイクに飛び乗ると、アクセルを全開にする。最高速度でモンスターにぶつかり、モンスターの硬い皮膚が砕ける。
エターナルドラゴンはバイクから元の姿に切り替わり、キラを頭に乗せたまま極太レーザーを発射した後に、強力な光弾を何発も吐き出す。
何発もの攻撃を喰らい、モンスターはビクビクと痙攣する。
するとモンスターは口から糸を吐いて、繭を作ってその中に閉じこもった。
キラはモンスターの頭から飛び降りた。
エターナルドラゴンはキラを飲み込むかのように突進する。すると、エターナルドラゴンの体が白い粒子になり、キラを包み込む。
粒子のブーストを受けたキラはゴゴゴゴと轟音を立てながらモンスター目掛けて両足で蹴りを繰り出した。
「ダアアアアアアアアアアッ!!!」
光に包まれたキラが繭にぶつかると、凄まじい爆発が周囲に広がった。
煙が晴れると、必殺技の威力で出来たクレーターに悠然と立つキラの姿が視認出来た。
「……ありゃとんでもないわね」
マリスは戦闘が終わったことを確認すると退散した。
キラは脅威に値すると改めて再確認し、対策を練り始める。
「じいやさん」
キラは病院に駆け込むと執事を見つけ、話し掛けた。
テルがどうなったか心配だった。
「お嬢様は屋上です。もう、大丈夫でしょう」
キラは一安心すると、あることに気が付いた。
何故か、病室が静かなのだ。医師が出入りしてもいない。
「あの、テルのお母さんは……」
「……………」
執事は、黙って首を横に振った。
屋上に吹く風は爽やかだった。
下に広がる町並みが心を潤してくれそうだ。
そんな風の中、キラはテルの隣まで歩み寄る。
テルはキラが隣に来た所で口を開いた。
「私、本当に大好きだったの……お母様といる時間が、私の全てだった」
テルは母親の最後の言葉を思い出していた。
『テル…私は、貴女を産んで本当に幸せだったわ。ありがとう』
『私、私、まだお別れしたくない』
母親は泣きじゃくるテルの頭をそっと撫でる。
『キラちゃんはね、人一倍優しくて、間違えやすい子よ……貴女が隣で支えてあげなくてどうするの? あの子は、今も戦っているんでしょう?』
テルにはどうして母親がそれらを知っているのか分からなかった。
執事が話したのか、キラが話したのか。
『貴女を産んでから、貴女を産むまで……どちらも、幸せだったわ。もう、何の後悔もないわ』
『そんな……私は、もっとお母さんと居たい! もっと居たいよ!』
『私ばかり見ていては駄目……もっと周りを見て。貴女の周りには、無限の可能性が広がっているんだから』
テルの涙を、母親はそっと拭う。
そして、微笑んだ。
『ありがとう』
「お母様は、本当に幸せそうだった……私は、もっと早くに気付くべきだった。お母様が、人を殺して手に入れた命を欲しがる訳ないって。本当にお母様のことが好きなら……その人生に、傷を付けちゃいけないのに」
キラは黙って話を聞いていた。
テルの語る本当の気持ちを、最後まで聞かなければならない。
「お母様を生き返らせるわけにはいかない……お母様と過ごした、あの時間に悔いはないから」
「じゃあ、ジュエラーはどうするの?」
「お母様が言ってた……私の周りには、無限の可能性があるって。でも……私、しつこく私に構ってきた誰かさんのことしかあんまり覚えていないの」
「随分と迷惑な人がいたもんだね」
テルはキラに向かって体を向けた。そして、ゆっくりと手を差し出した。
「だから、貴女の側で貴女を見せて欲しいの。貴女の可能性を、この目で見届けたい」
キラは頷いた。
テルは安堵したようで、柔らかく微笑む。
すると、突然キラがそっと両手を広げた。
テルは何なのか分からずに戸惑う。
「テル……いいよ」
「………」
「………いいよ」
テルは、自分の出した答えをキラに伝えたかった。
だから、絶対に泣きたくなかった。どれだけ悲しくても、この辛さをキラに見せる訳にはいかなかった。
でも、キラは良いと言ってくれた。
テルは反射的に、キラの腕の中へ飛び込んだ。
「キラッ!!」
「うん」
「キラ、キラァ……あああ」
「うわあぁぁぁぁぁ!!!!!!」
テルは随分久しぶりに人の胸で泣き崩れた。
キラは、黙って背中をさすってくれた。