19話:ターニングカード
テルは川の流れをぼんやりと眺めていた。
全てを忘れ、普通に生きることができたらどれ程幸せなのだろう。
いや、それでは本当に幸せになることはできない。
あの人を忘れたら、私は私としていられなかったのだから。
だからテルは、自分の中の領域にあの人以外の人物が立ち入るのを嫌った。
「キラ……」
テルはキラが嫌いだった。いや、嫌いになろうとした。
だって、知らず知らずの内にどんどん自分の中にあの子が入って来るのを感じていたから。
「馬鹿みたい」
自分を嘲笑すると、石ころを拾って川に投げ捨てた。
その時、何者かがテルの隣に近付いて来た。
テルはその人物の名を口にする。
「ルビー……」
「お前の宝石は何だ?」
隣に立ったゴウカが威圧感に満ちた目をテルに向ける。
テルは自分のデッキを取り出して答えた。
「アメジスト」
「アメジスト……か。散り逝く者の名だ。覚えてやろう」
ゴウカも自分のデッキを取り出してテルと睨み合う。
ジュエラーが出会った今、言葉はいらない。
ただ、戦うのみ。
【変身!】
テルとゴウカはそれぞれアメジストとルビーに変身し、ゲートに突入した。
ジュエルワールドに入ると、テルはゴウカに切り掛かった。
ゴウカは腕の装甲で剣を受け止めるとテルを殴り飛ばした。
「くっ…」
テルはデッキからカードを引き抜くと剣に差し込む。
《マッハキラー》
テルは高速で移動し、ゴウカを翻弄しながら隙を突いて切り付ける。
しかし、ルビーの装甲はジュエラーの中でもトップクラスに硬いため、あまりダメージを与えられない。
ゴウカは胸の差し込み口にカードを差し込み、カードを使用する。
《グラビティキラー》
すると、ゴウカの周囲数メートルの重力が強くなり、テルのスピードが遅くなる。
そしてゴウカは思いっ切りテルを地面に叩き付けた。
「………っ!」
血を吐きながらも諦めず、テルは次のカードを使う。
《イリュージョンキラー》
テルが分身し、ゴウカを数人で取り囲む。
ゴウカは慌てずにカードを使う。
《クエイクキラー》
「ぬおおおおお!」
ゴウカは地面を思いっ切り殴り付けると、全方位に紅色の衝撃波が伝わる。
テルは分身もろとも衝撃波に呑まれ、地面に倒れた。
ルビーのカードは一撃一撃が強力なため、数回攻撃を受けただけでも大ダメージとなる。
「……っ」
「まだ諦めんか」
ゴウカは未だに自分を睨むテルに呆れて溜息をつく。
「だが、これで最後だ!」
そうして、ゴウカがカードを使おうとした瞬間だった。
《オフェンスキラー》
虹色のビームがゴウカを襲い、ゴウカは弾き飛ばされる。
そして、キラはダイヤドラゴンにゴウカを足止めするように手で命じ、テルを抱えた。
「逃げるよ!」
素早くゲートを潜って脱出し、キラが脱出するとダイヤドラゴンも何処かへ消えて行った。
ゴウカは誰もいなくなったことを悟ると、舌打ちをついた。
ジュエルワールドを脱出し、その場から離れるため歩き続け、二人は公道に出た。
「ここまで来れば大丈夫かな」
キラは周りにゴウカがいないことを確認すると安堵した。
そして、テルに話し掛ける。
「テル、大丈夫?怪我とか……」
だが、キラが喋っている途中でテルがキラを突き飛ばした。
キラは突然の事に動揺する。
「どうして貴女は……貴女は…!」
テルはキラに激昂しようとしたが、突如鳴った携帯の音に動きを止めた。
携帯を取って応答する。
「もしもし…ええ、ええ……!」
通話の途中でテルの顔色が急変し、携帯を閉じるやいなや何処かへ走り去ってしまった。
キラは突然なことに呆気に取られた。
「じいや!」
テルは通路に佇んでいるじいやに縋り付く。
じいやはテルを宥めると暗い顔を浮かべた。
「じいや、母さんは……母さんは!?」
「奥様は……とりあえず、山は越えました。ひとまずは安心です」
テルは母の無事を知ると安心して椅子に座り込んだ。
そこへ、誰かがやって来た。
テルは来訪者を睨みつける。
「キラ……!」
テルは椅子から立ち上がるとキラの目の前まで近寄る。
「聞いたのね」
「………うん」
テルはキラの胸倉を掴むと壁に押さえ付ける。
そして、まるで指で押さえていた蛇口から水が吹き出すかのような勢いで語りだした。
「分かったでしょう!? 私は母さんを助けたい! だから、アンタが戦いを止めてたら母さんの容態が悪化して死ぬのよ!! アンタは!そうやって!皆の!願いを土足で踏みにじってるのよ!!」
キラを反対側の壁にたたき付けると、テルは走り去って行った。
キラは暫く俯いて動かないでいたが、じいやがキラの隣に座って話し始めた。
「お嬢様は、ずっとお母様の為に戦って来ました」
キラは顔を上げてじいやを見る。
「奥様はお嬢様が幼い頃から一緒に遊ばれていました。ですから、お嬢様は大変奥様を慕っておりました」
じいやはどこと無く上を見つめた。
その顔は懐かしい物を見ているようだった。
「それが数年前、奥様は重い病気を患ってしまわれました」
「じゃあ、テルはお母さんの病気を治す為に……」
「はい。戦っております」
キラは自分を嘲笑して薄く笑った。
「じいやさんも、私がテルの邪魔してるの、嫌だったんですよね」
「いいえ」
キラはじいやの意外な発言に唖然となる。
この人は、何を言い出すのだろう。
「お嬢様に聞かれたら怒られると思いますが……私には、お嬢様にとってキラ様と奥様。二人とも掛け替えのない存在だて。そう思っているのです」
テルは屋上に出ていた。
他には誰もおらず、一人で風にあたっていた。
そこへ誰かがやって来た。
テルは背後に現れた球体に向かって話し掛ける。
「何か用?」
「おいおいぃ、つれねぇなぁ」
現れたのはケセランだった。
ケセランはテルの目前に移動する。
「早速だが、お前に良いものをやる」
すると、テルの前に光り輝くカードが現れた。
テルはそのカードを手に取る。
「これは……?」
「これはこの戦いの行方を左右する…………」
「エターライトだぁ!」