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火事


…ほんとくだんない。

机に頬杖をつきながら、申し訳程度に広げられている教科書に視線を落とす。

「天目山でな、ここで武田勝頼が…」

日本史の授業中。

黒板にチョークを走らせる音と、教科書やノートをめくる音が響く教室。

私は隠そうともせずに欠伸をした。

日本史は嫌いだ。

過去のことを知って何になるんだ。

過去から学ぶとかみんな言うくせに、結局失敗を繰り返してる人だっている。

そもそも戦国時代とか馬鹿みたいじゃんか。

みんな、世界を手に入れようとして。

でかい戦やっていろんな人殺して、結局自分も死んでいく。

こいつらから何が学べるんだよ。

まだこいつら戦国武将やらよりも休み時間に教室のすみでわあわあやってる男子たちの方が頭いいだろ。

「…辺、田辺!」

うるさいなぁ。

熱血指導がうざい、日本史教師の声が聞こえる。

このままにしておいても、黙ってくれそうにはないな。

ため息を吐き、顔を上げる。

クラス全員が私の方を見ていた。

先生が目の前にいる。

「…なんですか。」

私がそう言うと。

先生は大きな声で説教を始めた。

「お前な田辺!

授業くらい真面目に聞け!

せめて、指名されたことには気づけ!」


…ほんとうっさい。


「わかりました。

次からは指名に気づくようにします。」

真面目に答えたつもりだったのだが。

私の言葉を聞いた先生は大きくため息をついた。

「…次から指名されたことぐらいには気づけ。」

叱る気もなくなったのか、黒板の方へ戻って行った。

結局諦めるなら、そもそも話しかけて来なければいいのに。

もう一度欠伸をする。

白い文字でみちみちの黒板の上を見れば、時計の長針は授業終了の30分前を指していた。


…だる。


やっぱり日本史の授業は退屈だ。


部活には入っていないから、授業が終わって、ホームルームが終わったらすぐに帰る。

帰り道。


…よし、誰もいない。


私は、すぐ隣にあった公園のフェンスに足をかけた。

フェンスは少しだけみしっと音を立てた。

そのままフェンスを踏み台にして隣の塀に登って、よく猫がやっているように、塀の上を歩く。

危険なやつとして何回か学校に通報されたが。

吹っ切れてどうでも良くなった。

少し行くと、塀の上のこの道は途切れる。

3メートルほどある塀と塀の間。

少しだけ勢いをつけて飛ぶ。

向こう側の塀の縁を掴んで登る。

私に気づいて、塀にとまって一休みしていた鳥たちが飛んでいく。

私を見ると、人間も鳥も逃げるのだ。

別に私は不良ではないし、怖いと言うわけではないのだろうが。

ただ、話しかけづらいのだろう。

「『元』天才」には。


塀の上をしばらく歩いて、いつもの曲がり角で塀の上から飛び降りた。

玄関の扉を開ける。

「あら莉華、お帰りなさい」

リビングでテレビを見ていた母さんがこちらを向く。

「ん、ただいま」

私はリュックを下ろしながら返事をする。

「そういえば今日肉じゃがよ、莉華の好きなやつ」

母さんは私が学校でどんなことをしているか知らないのだろう。

昔は罪悪感を感じていたのだろうが、今はそんなものも感じなくなった。

「お弁当と水筒、出しておかないと洗わないわよー」

母さんのそんな言葉を聞き流しながら、私は階段を上がった。


自分の部屋とは、普通の人は落ち着ける場所なのだろう。

普通の人は。

でも、きっと私は普通じゃない。

自分の部屋が嫌いな時点で。


私は自分の部屋の扉を開ける。

1番最初に目に入るのは、棚に並べられたたくさんのトロフィーや賞状。

だが。

トロフィーは並べ方が無造作だし、賞状の入った額縁も埃かぶっている。


田辺莉華。

小さな頃からアスレチックで遊ぶのが好きだった。

それを見た両親が軽い気持ちで莉華にパルクールと言うものを教えた。

6歳の時に初めて出場した、スピードを競う大会。

有名なスクールに通っているわけでもない。

完全に独学なのに。

初出場の大会で、第二位と圧倒的な差をつけて優勝。

中学生の時に出場したジュニアの全国大会でも優勝。

周りの人からは「天才」と呼ばれた。


でも、人生とはそんなにうまくいくものではない。

高校に入ってから、思うようにタイムが伸びなくなった。

小さな頃は楽に突破できた障害物も、なぜか難しく感じてしまって。

全国大会にも行けなくなり。

そのまま、今に至る。

パルクールはもうやめてしまった。

唯一の強みだったパルクールをやめた。

それは大きなことだった。

そもそもパルクールがよくできるだけで、頭がそんなに良いわけでもない。

高校も、偏差値はそこまで高くない、同じ中学から何人も行くような高校に進学した。

勉強だって、今までまともにしてこなかったのだ。

高校3年生の今、進路には悩まされている。

それに。

高校には、自分の過去を知っている人もいる。

だから、周りが、学校が嫌いなのだ。

小学校から同じ男子に「やい、『元』天才!」と言われた時は、どれだけ苛立ったか。


…私、やっぱり話かけにくいんだよな。


自分でもわかっている。

授業だって真面目に受けない。

感情が表に出ない。

人と積極的に関わろうとしない。

あまり話しかけやすい人ではない。

私はため息を吐く。


…ほんと、めんどくさい。


その時、下の階から母さんの声が聞こえたような気がした。

「莉華ー?

私ちょっと出かけてくるから、肉じゃがの火、見ておいて!」

「はーい」

適当に返事をする。


…あーあ。


妙に気鬱なこの感じ。

何とかならないのかな。


ぱちりと、音が聞こえた気がした。

なんだろ。

火の音に似ているが、キッチンの火の音がここまで聞こえるはずがない。


…気のせいか。


私はそう思って、スマホに手を伸ばす。

いつもこうだ。

現実から目を逸らして好きなことをしてしまう。


…なんか臭い。


ぱちっとした音が聞こえてからしばらく。

変な匂いがする。

何の匂い?

記憶をさかのぼれば。

お母さんが肉じゃがの話をしていた。


…あ、肉じゃが!

焦がしちゃったかも!


まずいと思って、自分の部屋の扉を開けてキッチンへ向かおうとする。

階段を降りようとした時。


…なに、これ。


視界いっぱいに映ったのは、燃え盛る炎だった。

観葉植物にも火がついて。

近づくのも無理なくらいに熱い。

火事だとはわかる。

逃げなきゃ。

わかっているのに。

怖くて。

足が動かない。

突然、視界がぼやける。

その場に膝をついた。

頭がくらくらする。


…あれ、私…。


そのまま、視界が暗く染まり。

何が起きたかわからないまま、私は意識を失った。


はじめましての人ははじめまして!

ぴちゆう。です!

趣味程度しか投稿していないので、投稿頻度がすごく低いですが、読んでくださるとうれしいです!

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